今回は、軽やかなテイストのなかに謎解きの愉(たの)しみが詰まった作品に目を惹かれた。
雪のペンション、ギャラリーの暗闇の地下室、嵐の孤島、雪が積もった建築現場、ロサンジェルス国際空港へ向かう旅客機のなか、劇団員たちの推理劇をめぐるディスカッション、乗っ取られたバスの車内。こうした局面で和戸が遭遇した事件や謎を、居合わせた人間たちが急に冴え始めた頭で推理する展開はじつに愉しく、推理力が高いゆえに進行も小気味よい。加えて、そうしたエピソードを単に並べただけではない構成が採られており、冒頭、和戸は何者かに拉致(らち)され、窓ひとつない部屋に監禁された状態で目覚める。この状況を、これまで関わった“ワトソン力”が発動した一連の事件や謎と関係があるのでは――と考え、ひとつひとつ回想していく形になっている。
つまり、個々のエピソードが単体としてだけでなく伏線としても機能しており、監禁犯は誰なのか、どうして和戸を部屋に閉じ込めているのか、その真相究明に、自らは特殊能力の恩恵にあずかれない和戸が取り組まなければならない面白さが上乗せされているのだ。
本格ミステリで特殊能力を用いる場合、その作用と効果の扱い方は極めて重要で、慎重さを求められるが、その点にも抜かりはない。さらに和戸が自身を監禁した犯人を絞り込むためのヒントの出し方もフェアで、その誠実な姿勢にも著者らしさが発揮されている。『アリバイ崩し承(うけたまわ)ります』のテレビドラマ化で読者を大きく増やしたが、本作もまた映像向きといえる内容なので、近い将来のメディア化に期待が募る。
千田理緒『五色の殺人者』(東京創元社 1600円+税)は、第30回の節目を迎えた鮎川哲也賞受賞作。
第一に、目撃証言の謎が魅力的で素晴らしい。天藤真のある作品を思い浮かべて、つい嬉しくなってしまった。そこに凶器の消失も重なり、軽やかでスリムな印象ながら本格ミステリとしての芯(しん)は決して細くない。ロジックの手際もデビュー作としては申し分なく、折り目正しい謎解きにふさわしい贅肉(ぜいにく)のない文章には品のよさもある。勤務経験者ならではの介護施設のディテールについても好感を覚えた。
そして、こうした美点もさることながらもっとも感心したのは、ある登場人物が驚きのひと言を告げてからの終盤の展開だ。読み手の意表を突き、最後の最後まで愉しませようというその心意気やよし。特殊設定を駆使するような難易度の高い複雑な作品もいいが、このライトな味わいと明瞭な謎解きの面白さは、普段ミステリを読み慣れていない向きにも歓迎されることだろう。
まずご紹介する大山誠一郎『ワトソン力』(光文社 1500円+税)は、特殊能力を持った刑事が主人公の連作集。といっても彼自身がその能力を駆使して快刀乱麻(かいとうらんま)の大活躍をするわけではない。警視庁捜査一課に所属する和戸宋志(わとそうじ)は、刑事としては平凡ながら、なぜかそばにいるひとの推理力を飛躍的にアップさせてしまう“ワトソン力”の持ち主なのだ。
雪のペンション、ギャラリーの暗闇の地下室、嵐の孤島、雪が積もった建築現場、ロサンジェルス国際空港へ向かう旅客機のなか、劇団員たちの推理劇をめぐるディスカッション、乗っ取られたバスの車内。こうした局面で和戸が遭遇した事件や謎を、居合わせた人間たちが急に冴え始めた頭で推理する展開はじつに愉しく、推理力が高いゆえに進行も小気味よい。加えて、そうしたエピソードを単に並べただけではない構成が採られており、冒頭、和戸は何者かに拉致(らち)され、窓ひとつない部屋に監禁された状態で目覚める。この状況を、これまで関わった“ワトソン力”が発動した一連の事件や謎と関係があるのでは――と考え、ひとつひとつ回想していく形になっている。
つまり、個々のエピソードが単体としてだけでなく伏線としても機能しており、監禁犯は誰なのか、どうして和戸を部屋に閉じ込めているのか、その真相究明に、自らは特殊能力の恩恵にあずかれない和戸が取り組まなければならない面白さが上乗せされているのだ。
本格ミステリで特殊能力を用いる場合、その作用と効果の扱い方は極めて重要で、慎重さを求められるが、その点にも抜かりはない。さらに和戸が自身を監禁した犯人を絞り込むためのヒントの出し方もフェアで、その誠実な姿勢にも著者らしさが発揮されている。『アリバイ崩し承(うけたまわ)ります』のテレビドラマ化で読者を大きく増やしたが、本作もまた映像向きといえる内容なので、近い将来のメディア化に期待が募る。
千田理緒『五色の殺人者』(東京創元社 1600円+税)は、第30回の節目を迎えた鮎川哲也賞受賞作。
高齢者介護施設〈あずき荘〉で、利用者のひとりが撲殺される事件が発生する。発見したのは、新米介護士の“メイ”こと明治瑞希(めいじみずき)。そして施設の関係者である五人の老人が逃走する犯人の姿を目撃していたのだが、着ていた服の色について問われると「赤」「青」「白」「黒」「緑」と皆バラバラな証言をする不可解な事態に。さらに凶器がどこにも見当たらない謎までもが加わり、警察の捜査は行き詰まってしまう。すると、メイの同僚である“ハル”こと荒沼東子(あらぬまはるこ)が秘かに想いを寄せる青年が最有力容疑者に。ミステリ好きなメイはハルから彼の疑いを晴らして欲しいと泣きつかれ、素人探偵よろしく事件解明に乗り出す……。
第一に、目撃証言の謎が魅力的で素晴らしい。天藤真のある作品を思い浮かべて、つい嬉しくなってしまった。そこに凶器の消失も重なり、軽やかでスリムな印象ながら本格ミステリとしての芯(しん)は決して細くない。ロジックの手際もデビュー作としては申し分なく、折り目正しい謎解きにふさわしい贅肉(ぜいにく)のない文章には品のよさもある。勤務経験者ならではの介護施設のディテールについても好感を覚えた。
そして、こうした美点もさることながらもっとも感心したのは、ある登場人物が驚きのひと言を告げてからの終盤の展開だ。読み手の意表を突き、最後の最後まで愉しませようというその心意気やよし。特殊設定を駆使するような難易度の高い複雑な作品もいいが、このライトな味わいと明瞭な謎解きの面白さは、普段ミステリを読み慣れていない向きにも歓迎されることだろう。