二〇一〇年代型
ミリタリー・スペースオペラの
最新モード

大森 望
 Nozomi OHMORI



 あの大反逆者シュオス・ジェダオが帰ってきた!
 かつて戦略の天才として宇宙にその名を轟かせながら、敵味方の区別なく百万人以上を虐殺したかどで処刑され、四百年の長きにわたり肉体を奪われていた男。しかし、ケル司令部は、異端との戦いのため、ジェダオの得がたい才能を生かすべく、人類史上最悪の犯罪者を〝黒いゆりかご〞から現世に呼び戻す。この最終兵器の依り代(錨体/アンカー)として白羽の矢を立てられたのが、数学の天才である若きヒロイン、チェリス大尉だった。ジェダオ/チェリスは、司令部の期待どおり、尖針砦の奪還に貢献(と、ここまでが前作の物語)。
 そしていま、六連合政府が隣国ハフンの侵攻を迎え撃つべく派遣した大艦隊の旗艦〈祝祭の秩序〉に乗り込んできたチェリスは、将官の記章を堂々と身につけ、「わたしはシュオス・ジェダオ」と名乗って、たちまち艦隊の指揮権を掌握する。ジェダオの目的はいったいなんなのか?
 ……と、またしても強烈な牽引力のあるシーンで幕を開ける本書『レイヴンの奸計』は、二〇一七年にソラリスから刊行されたユーン・ハ・リーの第二長編Raven Stratagemの全訳。『ナインフォックスの覚醒』Ninefox Gambit, 2016)に続く、《六連合》三部作(もしくは《The Machineries of Empire》三部作)の第二部にあたる。ローカス賞第一長編部門を受賞した前作からさらにパワーアップして、迫真の戦闘シーンはもちろん、その背後で渦巻く権謀術数まで含め、息もつかせぬストーリーテリングで物語をぐいぐいひっぱっていく。前作につづいてヒューゴー賞長編部門の最終候補に残るなど、海外での評価も高く、邦訳を待ちわびていた人も多かったはず。設定の説明を前作で終わらせていることもあって、リーダビリティは大幅に向上。エンターテインメント的にもひと皮剥けて、高まる期待を裏切らない秀作に仕上がっている。
 著者のユーン・ハ・リーは、一九七九年、テキサス州生まれの韓国系アメリカ人(名前のハングル表記は이윤하で、韓国人ぽく読むと、たぶん「イ・ユンハ」となる)。くわしい経歴については『ナインフォックスの覚醒』巻末の渡邊利道氏による解説を参照していただきたいが、幼少期は両親とともにアメリカと韓国を行ったり来たりしていたそうで、ソウルで生活した期間は合計九年におよぶとか。そのせいかどうか、韓流ドラマの愛好者で、日本のアニメも大好きだという。余談ながら、「トニカワ(「トニカクカワイイ」)観てたら、一話の中にドレイクの方程式とリーマンゼータ関数とLIGOの重力波探知が出てきた。すっかりお気に入りのアニメに!」ととつぜんツイートしたり、「“The bones of Giants” の主役二人はガンダムWのキャラのパロディが出発点」と自身のサイトで自作短編を解説したり、なかなかオタク度が高い。さらに、ゲームについてはオタクの域を超え、GMレス(ゲームマスター不要)のテーブルトークRPGを中心に、いくつかのタイトルの開発に携わっている。
 実際、《六連合》の設定には、SFやファンタジーはもちろん、さまざまなアニメやマンガ、ゲームの影響が見てとれて、グローバルなオタク文化との親和性を強く感じさせる。
 一方、作中のジェンダーの扱いは非常に現代的で、ジェダオやクジェンが錨体とする人間は性別を問わないし、セックスの対象も男女を問わない。本書には、トランスジェンダーのキャラクターや、ジェンダー・ニュートラルな三人称単数の代名詞“they”(訳文では〝彼人(かのと)〞)が使われる性別不明のキャラクターも登場する。
 著者自身、トランスジェンダー男性であり、それが作品に反映されているようにも見えるが、著者インタビューによると、このシリーズを書きはじめた時点では、ジェンダーやセクシュアリティをテーマにするつもりはなかったらしい。自身がトランス男性であるからこそ、小説の題材としてはむしろ書きにくく、できれば触れずに済ませたかったという。しかし結局、『ナインフォックスの覚醒』でもトランスジェンダー的な要素が(女性であるチェリスに男性であるジェダオが宿るというかたちで)入ることになってしまったため、続編である本書では、逃げずに正面から扱うことにしたと語っている。
 結果的にそれがこのシリーズの現代性に寄与したことはまちがいないだろう。そういう時代感覚と、大量の造語が乱れ飛ぶ凝りに凝った世界設定が《六連合》の魅力であり特徴になっている。二〇一〇年代型ミリタリー・スペースオペラの最新モードと言ってもいい。
 このタイプの宇宙戦争SFが流行するきっかけは、日本でも人気を博したアン・レッキーの第一長編『叛逆航路』(赤尾秀子訳/創元SF文庫)だろう。ネビュラ賞、英国SF協会賞、ヒューゴー賞、アーサー・C・クラーク賞、星雲賞などあらゆるSF賞を総ナメにして、スペースオペラの新たな流行をつくりだした。
『空のあらゆる鳥を』の著者チャーリー・ジェーン・アンダーズは、Wired 誌に寄稿した「スペースオペラはただ復活しただけじゃない、いまが最高だ」と題するエッセイの中で、この流れに乗って人気を集めている作品として、『ビンティ 調和師の旅立ち』(月岡小穂訳/早川書房)に始まるンネディ・オコラフォーの《ビンティ》シリーズや、『銀河核へ』(細美遙子訳/創元SF文庫)に始まるベッキー・チェンバーズの《ウェイフェアラー》シリーズとともに、この《六連合》シリーズを挙げ、新鋭がこぞって宇宙SFに参入するこの傾向を〝アン・レッキー効果〞と呼んでいる。
 実際の影響関係はともあれ、『叛逆航路』のあとに『ナインフォックスの覚醒』を読めば、両者はたしかになんとなく同じ流れに属しているように見える。ジェンダーや文化的背景の描き方、政治的な時代性など、それまでの現代スペースオペラ(アレステア・レナルズ、ピーター・F・ハミルトン、チャールズ・ストロスなどの英国勢によるニュースペースオペラや、ロイス・マクマスター・ビジョルドの《ヴォルコシガン・サガ》、ジョン・スコルジー《老人と宇宙》シリーズなど)とは明らかに肌合いが違う。
 なぜ彼らが好んで宇宙冒険小説を書くのかについて、アンダーズは、いま現実世界の延長上でSFを描くとダークで恐ろしいもの(ディストピアSFとか)になりがちなのに対し、スペースオペラなら、人類がいつか星々の世界を征服するというポジティブな未来を前提にできるからではないかと分析している。
 新人作家というわけではないが、マーサ・ウェルズの『マーダーボット・ダイアリー』(中原尚哉訳/創元SF文庫)をこの潮流に含めてもいいだろう(同書の語り手のロボット〝弊機〞と《六連合》のチェリス大尉とのあいだには連続ドラマ好きという重要な共通点があるし、《六連合》でも僕扶(ぼくふ)と呼ばれる一種の自律ロボットが重要な役割を果たす)。
 ユーン・ハ・リーの《六連合》シリーズは、こうしたスペースオペラのニューモードの先頭に立つシリーズのひとつ。史上最悪の殺人者にして天才軍略家の男性の精神が、若い女性主人公の体に憑依する趣向も面白い。トマス・ハリス『羊たちの沈黙』のレクター博士とクラリスみたいな一種のバディものとも読めるし、日本の読者なら、永井豪『デビルマン』や岩明均『寄生獣』を思い出すかもしれない。しかし、SF的にいちばん目を惹くのは、暦法(れきほう)が世界の根幹を成しているという設定だろう。
 暦法力学(Calendrical mechanics)がなんなのか、一言では説明しにくいが、エキゾチック技術と呼ばれる魔法みたいな超テクノロジーを使用可能にするため、六連合が採用している数学体系という感じでしょうか。実用上は、物理法則の一部と、イデオロギー(洗脳システム)と、オペレーティングシステム(もしくはインターネットプロトコル)とを一緒にしたようなものにも見える。
 著者はもともと数学の素養があるが(コーネル大学で数学の学士号、スタンフォード大学で数学教育の修士号を取得)、暦法のアイデアを思いついたのは、マーシャ・アッシャーのMathematics Elsewhere: An Exploration of Ideas Across Cultures(2002)を読んだことがきっかけだったという。いわゆる〝民族数学(ethnomathematics)〞を扱った同書は、古今東西の社会や文化がそれぞれ独自の数学体系を採用してきたことをわかりやすく紹介・分析している(らしい)。
 暦法宇宙のもうひとつのインスパイア源は、ハーラン・エリスンのヒューゴー賞とローカス賞受賞作「失われた時間の守護者」(山形浩生訳/SFマガジン二〇一八年十二月号)。エリスンみずからシナリオを手がけた『新トワイライト・ゾーン』の第七話「失われし時の番人」の小説版にあたるこの中編では、ユリウス暦からグレゴリオ暦に切り替えられたときに失われた一時間が焦点になる。リーいわく、韓国に住んでいたころは、陽暦(新暦)と陰暦(旧暦)が併用され、新正月と旧正月を両方祝うのがあたりまえだったので、暦の対立というテーマに興味を惹かれたとのこと。
 当初はもっと数学ネタばりばりにするつもりだったが、パートナー(現在の夫)から、「そんなの誰も読んでくれないよ」と言われて考え直し、数学要素は最低限にまで減らしたという。数学ハードSFバージョンも読んでみたかった気がするが、現状でもじゅうぶんハードルは高いので、賢明な判断だったというべきか(実際、いくつかの出版社では、数学ネタというだけでボツを食らったとか)。
 読書歴でいうと、子供のころはピアズ・アンソニイが大好きで、それからパトリシア・A・マキリップとハーラン・エリスンとロジャー・ゼラズニイを発見し、言語実験的なSFの可能性に目覚めた。その後、ハイスクール時代にオースン・スコット・カードの『エンダーのゲーム』を読み、自分が書きたいのはこういう小説だと気がついたという。偏愛する作品として、イアン・M・バンクスの『ゲーム・プレイヤー』、ロバート・ジャクソン・ベネットのCity of Stairs、ロイス・マクマスター・ビジョルドの《ヴォルコシガン・サガ》(シリーズでいちばんのお気に入りは『メモリー』だという)、C・J・チェリイの『サイティーン』などを挙げている。
 作中の戦略に関しては、『ナインフォックスの覚醒』を書く前に、『孫子』の英訳を読み返したとも語っていて、このシリーズが日本人読者になじみやすいのはそのへんの影響もあるかもしれない。ちなみに、『ナインフォックスの覚醒』のNinefoxは、シュオス属の紋章である九尾の狐に由来するが(とくにジェダオを指す)、本書『レイヴンの奸計』のRavenは、おそらく、チェリスが母親からもらった烏(からす)のお守り(灰色の石のペンダント)を指している。
 三部作の完結編となる次巻Revenant Gun(甦った銃)は、本書の結末の九年後に幕を開ける。十七歳のシュオス・ジェダオは、年配の男性の肉体で目を覚ます。ニライ・クジェンから、おまえは戦略の天才だと告げられたジェダオは、将官はおろか、兵士としての記憶も持たないまま、巨大なモス艦の指揮を託される……。
 二〇一〇年代を代表するミリタリー・スペースオペラ三部作がどんな結末を迎えるか、二〇二二年刊行予定の邦訳を楽しみに待ちたい。

 二〇二一年七月



【編集部付記:本稿は『レイヴンの奸計』解説の転載です。】



■大森望(おおもり・のぞみ)
1961年高知県生まれ。京都大学文学部卒。翻訳家、書評家。他の編著にオリジナル・アンソロジー《NOVA》シリーズ、主な著書に『21世紀SF1000』『現代SF1500冊(乱闘編・回天編)』『特盛! SF翻訳講座』『狂乱西葛西日記 20世紀remix』、共著に『文学賞メッタ斬り!』シリーズ、主な訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、ウィリス『航路』、ベイリー『時間衝突』ほか多数。