まるで超豪華スターたちが共演する映画のようなノンフィクション。


 というのは作家の乃南アサさんのお言葉です。

 その超豪華スターたちのような登場人物というのは、マルセル・プルースト、オスカー・ワイルド、ジャン・コクトー、ヘミングウェイ、サルトル、ボーヴォワール、ロバート・キャパ、ディートリヒ、ココ・シャネル、コルティッツ、ゲーリング、アルレッティ、イングリッド・バーグマン、サラ・ベルナール、ウィンザー公夫妻……。とても書き切れません。

 パリ、ヴァンドーム広場に面したホテル・リッツ。
https://www.ritzparis.com/fr-FR

 19世紀に開業した、その創生期から、第一次大戦、第二次大戦を経て、現在に至るまで、世界中の観光客たちの憧れの的であるこのホテルは、歴史の証人でありつづけました。というより、ここで歴史が作られたと言っても過言ではありません。
 近いところでは、ダイアナ妃とドディ・アルファイド氏の最後の避難場所にもなった、このホテル。そう簡単に泊まれる料金ではないのですが、せめてバー・ヘミングウェイに立ち寄ってみたいというのが、大方の友人たちと意見が一致するところです。
https://www.ritzparis.com/fr-FR/gastronomie-paris/bar-hemingway

 とにかく、この本は面白い。小説より面白いかもしれません。とんでもないエピソード、感動的なエピソード、驚きあきれるようなエピソード、そういったものの登場人物がすべて実在の人物なのですから衝撃的なのです。
 単行本刊行時にも書いたかもしれませんが、少女時代、「王冠をかけた恋」という言葉を聞かされ、愛する女性のために王位を捨てたというエドワード8世とシンプソン夫人の恋物語を、ロマンチックな夢物語のように思っていた私は、本書に登場する二人の行状に仰天しました。「ナンジャコリャー」とは、こういう時に吐くのが相応しい言葉ですよ。
https://www.ritzparis.com/fr-FR/hotel-luxe-paris/suites-prestige/suite-windsor
 ここで見ると、美しい物語だったようにみえてしまいますが……。

 ナチス占領時代のパリでは、ゲーリングが拠点をこのホテルにおいて、シルクのキモノをはおった彼はモルヒネに身をまかせ、美術品の略奪に明け暮れ、もう、ホテルはナチス一色の世界になっていたのかと思えば、そこには、同時に作家たちや、芸術家たちも出入りし、同居し、支配人やバーテンたちが反ナチの活動をひそかに展開していたりするのです。
  かと思えばナチス軍人の愛人となる女性たちもいました。ココ・シャネルしかり。
https://www.ritzparis.com/fr-FR/hotel-luxe-paris/suites-prestige/suite-coco-chanel

 そしてパリ解放の日、リッツを愛していた作家ヘミングウェイは、従軍記者として戦地にいたのですが、なんとしてもリッツに一番乗りしたいと、戦場カメラマンだったロバート・キャパと先陣争いを繰り広げました。そして着いてからの豪傑ぶり?! いや、なんとも……。
 そこには『カサブランカ』などで有名な美人女優イングリッド・バーグマンも登場し、サルトルのパートナー、ボーヴォワールまでもが共演するのです。
 
 人間という生き物の、かしこさ、ずるさ、愛らしさ、愚劣さ、そんなすべてが赤裸々に描かれた傑作ノンフィクションです。

 誰か映画にしてくれないものでしょうか? それでなくとも、ホテルが舞台の物語は面白いのですから、こんな贅沢なキャスティングならどれほどのものになるのか……。

 まあとにかく、お読みになってみてください。人間について考えさせられること間違いなし。などと七面倒くさいことは言いません。とてつもなく面白い一冊なのですから……。