青山七恵の新作『みがわり』(幻冬舎 1700円+税)を夢中になって読んだ。好きなエンタメ的要素がたっぷり詰まっているうえ、書くことや読むことの深遠に迫る内容だったのだ。
マイペースな律の一人称の文章自体が面白くて読ませるのだが、さらに彼女の書く伝記の断片が挿入され、毎回テイストをがらりと変えて楽しませる。次第にゆりの人物像や姉妹の関係、さらにはゆりが本当に事故で亡くなったのか、という疑問も浮上してくるのだが、と同時に律自身の生活にもさまざまな変化が生まれ、話はなんだか奇妙な方向に。
律の作家としての矜持(きょうじ)に触れる部分は小説や伝記を書くことについてあれこれ考えさせる一方、生前のゆりを知る人の所在を調べ訪ねて情報を集める様子は、女探偵ものを読んでいるかのような味わい。律が一方的に甘えているだけの友人との関係も笑えるし、唐突なロマンスの予感は意外な結末を迎える。そして、もう、唸(うな)りまくった最終章。もちろん謎は解き明かされるが、それは単に事実が分かるというだけじゃない。「書く」という行為をめぐる真実に迫っていて、これがもう……いや、ネタバレを避けるためにはここまでが限界。読了した人とあれこれ話したい。
本書はその一人一人の発言を集めた証言小説という体裁だ。幼少期からハルを知り料亭でも働いていた女性や、彼女に融資した銀行員などさまざまな人間が登場するが、ハルについて語るということは自分の半生を語ることでもあり、そこからバブル期というものがさまざまな角度から見えてくる。
最初に登場し、その後何度も登場するのはハルと刑務所で同房だった女性。最初に明かされるのは彼女の半生で、両親が入信していた新興宗教の教えで貧しい生活を強(し)いられ、娯楽も自由恋愛も知らない少女時代を送った彼女。自分と同じ境遇の少年と恋に落ちて出奔(しゅっぽん)、自由な生活を手に入れるが、そこにはまた新たな苦悩があって……。ハルの話よりも先に語られるその半生の内容は、「自由とは何か」「豊かさとは何か」という問いを突き付けてくる。そこから自由を求めたハルの生涯、そしてバブル期の話へと読者を誘(いざな)っていく作りが巧みだ。
新人作家の遠州律(円周率?と思わせる名前がまず笑わせる)は、九鬼梗子(きょうこ)という女性から、ある依頼を受ける。なんでも律は梗子の昨年亡くなった姉、ゆりと瓜二つだそうで、その縁もあって律にゆりの伝記を書いてほしい、という。収入のためもあり引き受け、梗子に取材しながら執筆作業を開始する律だが、ゆりが住んでいたマンションの管理人など生前の彼女を知る人にも話を聞くと、どうも印象が違う。新しい情報を入手するたびに、律の書く伝記は文体も内容も変わっていくのだった。
マイペースな律の一人称の文章自体が面白くて読ませるのだが、さらに彼女の書く伝記の断片が挿入され、毎回テイストをがらりと変えて楽しませる。次第にゆりの人物像や姉妹の関係、さらにはゆりが本当に事故で亡くなったのか、という疑問も浮上してくるのだが、と同時に律自身の生活にもさまざまな変化が生まれ、話はなんだか奇妙な方向に。
律の作家としての矜持(きょうじ)に触れる部分は小説や伝記を書くことについてあれこれ考えさせる一方、生前のゆりを知る人の所在を調べ訪ねて情報を集める様子は、女探偵ものを読んでいるかのような味わい。律が一方的に甘えているだけの友人との関係も笑えるし、唐突なロマンスの予感は意外な結末を迎える。そして、もう、唸(うな)りまくった最終章。もちろん謎は解き明かされるが、それは単に事実が分かるというだけじゃない。「書く」という行為をめぐる真実に迫っていて、これがもう……いや、ネタバレを避けるためにはここまでが限界。読了した人とあれこれ話したい。
書くことが裏テーマといえば葉真中顕『そして、海の泡になる』(朝日新聞出版 1600円+税)もそう。バブル期に大阪で高級料亭を経営し投資家としても成功を収めたものの、その後個人としては史上最高額の負債を抱えて自己破産した朝比奈ハル。その直後に、見知らぬ男を殺害した罪で逮捕された彼女は、そのまま刑務所で生涯を終えた。現代になってアマチュア作家が彼女の人生を調べ始め、関係者に取材していく。
本書はその一人一人の発言を集めた証言小説という体裁だ。幼少期からハルを知り料亭でも働いていた女性や、彼女に融資した銀行員などさまざまな人間が登場するが、ハルについて語るということは自分の半生を語ることでもあり、そこからバブル期というものがさまざまな角度から見えてくる。
最初に登場し、その後何度も登場するのはハルと刑務所で同房だった女性。最初に明かされるのは彼女の半生で、両親が入信していた新興宗教の教えで貧しい生活を強(し)いられ、娯楽も自由恋愛も知らない少女時代を送った彼女。自分と同じ境遇の少年と恋に落ちて出奔(しゅっぽん)、自由な生活を手に入れるが、そこにはまた新たな苦悩があって……。ハルの話よりも先に語られるその半生の内容は、「自由とは何か」「豊かさとは何か」という問いを突き付けてくる。そこから自由を求めたハルの生涯、そしてバブル期の話へと読者を誘(いざな)っていく作りが巧みだ。
さまざまな人間が語ることでその人物が多面性を帯びてくるのが証言小説の面白さであり、ページをめくるごとにハルの印象も変わる。ただし、金(かね)の亡者(もうじゃ)と思われていた女性が実は人間味があって……などという安易な話ではなく、類型ではない女性像が魅力的。やがて殺人事件の真相も明かされるが、それとは別に、ちょっと意外な真実が明かされて……これも、ネタバレを避けるためにはここまでが限界。いやあ、面白かった。