2019年10月の第1巻刊行からおかげさまで大評判となり、順調に巻数と版数を重ねてきたアンソロジー『短編ミステリの二百年』もいよいよ佳境にはいりました。〈名作ミステリ新訳プロジェクト〉2021年6月の新刊として現在好評発売中なのが、5巻目となる『短編ミステリの二百年5』です。

書評家の小森収氏がこの〈Webミステリーズ!〉で現在も連載中の評論「短編ミステリの二百年」をベースに、純粋に面白い作品から歴史上重要な位置を占める作品まで、さまざまな短編を集めているこのアンソロジー、『世界推理短編傑作集』全5巻と作品の重複はいっさいありません。本巻の収録作品は以下の12短編となります。

「ある囚人の回想」スティーヴン・バー/門野集訳
「隣人たち」デイヴィッド・イーリイ/藤村裕美訳
「さよなら、フランシー」ロバート・トゥーイ/藤村裕美訳
「臣民の自由」アヴラム・デイヴィッドスン/門野集訳
「破壊者たち」グレアム・グリーン/門野集訳
「いつまでも美しく」シーリア・フレムリン/直良和美訳
「フクシアのキャサリン、絶体絶命」リース・デイヴィス/猪俣美江子訳
「不可視配給株式会社」ブライアン・W・オールディス/深町眞理子訳
「九マイルは遠すぎる」ハリイ・ケメルマン/白須清美訳
「ママは願いごとをする」ジェームズ・ヤッフェ/藤村裕美訳
「ここ掘れドーヴァー」ジョイス・ポーター/直良和美訳
「青い死体」ランドル・ギャレット/白須清美訳
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「短編ミステリの二百年」小森収
  第九章 再び雑誌の時代に(承前)
  6 ジェラルド・カーシュ補遺
  7 屹立する作家の肖像ACT2
 第十章 短編ミステリ黄金時代の諸侯
  1 正体不明の技巧派――スティーヴン・バー
  2 ハードボイルド派のタレント――J・D・マクドナルド他
  3 デイヴィッド・イーリイの全貌
  4 ロバート・トゥーイ1969
  5 ミステリマガジン・ライター――ジェイムズ・ホールディング
  6 ウェストレイクは光り輝く
  7 ロバート・L・フィッシュのふたつの顔
  8 ジョー・ゴアズとDKAファイル
 第十一章 007狂騒曲
  1 007登場前夜
  2 短編におけるジェイムズ・ボンド
  3 スパイが多すぎる
  4 007ブーム下の職人作家――マイケル・ギルバートを例に
  5 狂乱ブームの残したもの
 第十二章 大西洋の向こう側で
  1 ロード・ダンセイニのミステリ短編集
  2 ミステリにもっとも近いストレイトノヴェリスト――グレアム・グリーン
  3 ブリティッシュ・クライムストーリイの先駆
  4 規格外のアメリカ作家――パトリシア・ハイスミス
  5 イギリスのさらに周縁にて
 第十三章 隣接ジャンルの研究(2)――隣りのSF
  1 異色作家短篇集とSF
  2 SF作家としてのレイ・ブラッドベリ
  3 フレドリック・ブラウンのSF短編集
  4 五〇年代短編SFのエース――ロバート・シェクリイ
  5 P・K・ディックとミステリマガジン
  6 スタージョンのミステリ作家としての顔
  7 世界の中心で暴力を描いた男――ハーラン・エリスン
  8 カート・ヴォネガットJr.のころ
  9 SFと諷刺小説の狭間で――ウィリアム・テン
  10 ミステリマガジンのSF作家たち
 第十四章 パズルストーリイの命脈
  1 短編パズルストーリイの衰勢
  2 九マイルは遠すぎる――モダン・アームチェアディテクティヴの狼煙
  3 アームチェアディテクティヴの完成――ブロンクスのママ
  4 異端の本格――ジョイス・ポーターとランドル・ギャレット

後半に並ぶ4作品はいずれも、名探偵キャラクターの登場するシリーズ短編です。ニッキー・ウェルト教授、ブロンクスのママ、ドーヴァー警部、ダーシー卿……名前をあげるだけでも壮観ですね。それぞれのシリーズの、謎解きとしてのユニークな特長を指摘する評論と合わせてお楽しみください。

そのほか編集時に印象に残った作品には、巻頭のスティーヴン・バー「ある囚人の回想」があります。ミステリに多少明るい人なら「なるほどね」と見当がつく、超有名作品のパスティーシュですが、とにかく書き方が凝っていて、サゲまで含めて洒脱。じつはこの作品、雑誌掲載時にエラリー・クイーンが言及したように、アナトール・フランスの短編「ユダヤの太守」(白水社『螺鈿の手箱』やポプラ社百年文庫『城』などで読めます)も下敷きにしていて、いわば《二重パスティーシュ》なのです。骨の髄までのミステリマニアだから書けた逸品と言えましょう。

また、中盤のデイヴィッドスン、グリーン、フレムリン、デイヴィスという流れは、イギリス人作家もしくはイギリスを舞台/テーマにした傑作ぞろいで、英国短編小説好きにはこたえられないブロックとなっています。ことにウェールズの片田舎が舞台のリース・デイヴィス「フクシアのキャサリン、絶体絶命」は底意地の悪さとユーモアが渾然となった話運びと語り口が見事で、読んでいる最中頬がゆるみっぱなしでした。MWA賞受賞短編「選ばれた者」で知られる著者ですが、昨年刊行された『暗い世界 ウェールズ短編集』(堀之内出版)収録の表題作も良かったのでおすすめしておきます。

さて、このアンソロジーも次巻でついに完結いたします。最終巻『短編ミステリの二百年6』は今冬の刊行を目指して作業中です。どうぞお楽しみに!


短編ミステリの二百年1 (創元推理文庫)
モーム、フォークナー他
東京創元社
2019-10-24


短編ミステリの二百年2 (創元推理文庫)
チャンドラー、アリンガム他
東京創元社
2020-03-19


短編ミステリの二百年3 (創元推理文庫)
マクロイ、エリン他
東京創元社
2020-08-24


短編ミステリの二百年4 (創元推理文庫)
リッチー、ブラッドベリ他
東京創元社
2020-12-21