まず翻訳から。〈名作ミステリ新訳プロジェクト〉企画よりエラリー・クイーンの第二短篇集『エラリー・クイーンの新冒険』(中村有希訳 創元推理文庫 960円+税)が出ています。

 第一短篇集と同じ「~の冒険」の題の短篇四篇の前後を、中篇代表作「神の灯」と、人気スポーツをテーマにした四短篇で挟んだ、ごった煮的な印象もする短篇集です。後半の四篇では、長篇『ハートの4』に登場する女性記者ポーラ・パリスをパートナーとしています。

 旧訳は60年以上前のものですから、さすがに新訳は読みやすいですね。細かいところに配慮が行き届いていて、「神の灯」でエラリーが家屋消失の手がかりを得るダブル・ミーニングがわかりやすく訳されていたり、「正気にかえる」でエラリーがパリスにこの原題の言葉をかける場面でその寓意(ぐうい)が補記されていたりと、旧訳との読み比べが楽しい一冊だと思います。

 国内のほうでは、新たな企画〈異色短篇傑作シリーズ〉が始まりました。ミステリの枠組みを超えてホラー・SFのジャンルにもまたがる異色短篇を復刊する企画で、第一弾は山村正夫『断頭台/疫病』(日下三蔵編 竹書房文庫 1400円+税)です。山村作品はシリーズ探偵・滝連太郎の創出以降の作品が電子書籍でいくつか再刊されてはいるのですが、新刊が出るのは没後はじめてでたいへんありがたい。洒落(しゃれ)た装丁も見どころで、同文庫で先に始まっているSFの復刊企画でも一冊ごとに凝ったデザインが採用されていますから、この企画の続刊も楽しみですね。

 収録作は大半が推理作家協会の年鑑に採られた傑作揃いです。特徴を挙げるならば、作中扱われる事件に犯意が無いということでしょうか。そのため『断頭台』初刊本の副題や帯にある、〈異常残酷〉〈異常心理〉の形容がしっくりきます。加害者はみな何かを謀るわけではなく、読者はその意志の異常性を見つめるしかないからです。集中の白眉「天使」の結末で聖域が瓦解(がかい)していくさまなどは、読むと名状しがたい感情に陥ります。あえて差別的な視点を織りこむのも読者の心を乱す巧(うま)さがあると思います。山村のこの路線の作品を読むなら、本書の出典の多くを占める『陰画のアルバム』『怪奇標本室』に、もう少しホラーに寄せた『怨霊参り』あたりをおすすめしておきましょう。

 大阪圭吉『死の快走船』(創元推理文庫 960円+税)は同文庫で三冊目になる短篇集。大阪の業績の研究はここ数年で大きく進んでいて、その成果は解説でふれられている自費出版物でまとめられています。本書はその近年の発見を反映していて、掲載誌じたいが見つからない〈弓太郎捕物帖〉を始めとして珍しい資料が多数収録された嬉しい内容です。一部〈ミステリ珍本全集〉版と重複する収録作については雑誌初出を底本とする別バージョンを収めているのもありがたいですね。

 本書は本格ミステリ作家として知られる大阪が多種多様な創作を残していることを伝える一冊なので、これから大阪作品に触れるという方は、まず先行する傑作短篇集『とむらい機関車』『銀座幽霊』を読んでいただきたいです。幸いこの二冊も新装復刊されました。