サスペンスフルな物語に耽溺(たんでき)したい人には、アンデシュ・ルースルンド&ベリエ・ヘルストレム『三分間の空隙(くうげき)〈上下〉』(ヘレンハルメ美穂訳 ハヤカワ文庫HM 各1160円+税)を薦(すす)めたい。コロンビアの麻薬ゲリラに潜入していた捜査官と、ストックホルム市警のグレーンズ警部が協力する物語である。……と単純化してしまったが、実際には所謂(いわゆる)麻薬戦争と、ホワイトハウスを含む国際的な政治勢力の駆け引き、裏切り、陰謀が渦巻いて、ここに捜査官やグレーンズ警部個人の物語も加味されて、複雑な味わいを醸し出す。しかも展開が劇的で、読者は翻弄(ほんろう)されっぱなしとなるはずである。南米、北米、欧州を行き来する物語のスケールも極大。こちらも年間ベスト級の作品と言えるだろう。
フィン・ベル『死んだレモン』(安達真弓訳 創元推理文庫 1200円+税)では、半ば世捨て人の車椅子の主人公が、冒頭で崖から宙吊りになっている。そうなった経緯を描くサスペンス小説であり、骨子を二十六年前の少女失踪事件としつつ、それに留まらない真相と展開が用意されて読者を飽きさせない。伏線も丁寧である。ニュージーランド南島の田舎の描写もなかなか風情があり、物語の魅力を引き立てる。
サム・ロイド『チェス盤の少女』(大友香奈子訳 角川文庫 1200円+税)は、チェスの才能がある13歳の少女イリサが誘拐される小説であり、彼女と、誘拐先で出会った少年イライジャ、捜査主任の三視点から描かれる。誘拐犯と天才少女イリサの対決が主体でありつつ、イライジャの謎めいた存在感、捜査官の焦りなどが絶妙なスパイスである。また、『ヘンゼルとグレーテル』がモチーフとして頻繁に引き合いに出されて幻想的な趣(おもむき)すら生じる。そして後半では、まさかこの手のこの文章の小説でこうなると思えない、意外な展開が始まるのだ。味付けは独特だが読者を選ぶ感じはしないので、広く薦めておきたい。
最後はレスリー・カラの『噂 殺人者のひそむ町』(北野寿美枝訳 集英社文庫 1050円+税)を紹介しよう。イギリスの田舎で、町に殺人者が住んでいるとの噂が流れる。主人公はそれに巻き込まれて椿事(ちんじ)が次々に起きていく。噂の拡大とその波紋の描写は一々が実に生々しい。やがてこの作品もとんでもない展開を迎える。その意外性と、噂話(ゴシップ)拡散の描写精度と、ピンと張った緊張感が読みどころだろう。