「よくって、索引というのはね、ふわふわした思いつきでできるものじゃないのよ」
――ある校正者の心の叫び
Webミステリーズ!編集担当の国内班Iさんが、かすかに意味ありげな笑みを浮かべながらやってくると、ちょっと緊張します。この笑みは――「今度のWebミスの校正課だより、Kさんの番なんですけど」――やっぱり!
けれども、出歩くこともままならず、在宅勤務導入で会社に来る人も減っているなか、記事のネタがありません。
困ったあげく、索引について書いてみることにしました。じつは索引の校正に関わるのはけっこう大変で、そのたびに、「この大変さを記事にしてみなさんに知ってほしい」と思いつつ、文章としてまとめる難しさと、どうしたって編集者への恨み言(?)がまざるのが避けられないのではないかという恐れから躊躇していたのです。
しかし、ネタ涸れの今、ちょうど『短編ミステリの二百年5』のゲラが動いていて、このアンソロジーには人名および作品名の索引がつく。実際の作業をレポートするような形で書けばなんとかなるのではないか? 担当編集者のMくんに事情を話したら、そういうことなら罵詈雑言を浴びせてくださってもOKですよ、とにこやかに承諾してくれました。
というわけで、今回は索引の話その1です。
『短編ミステリの二百年』の巻末にはこんな索引がついています。

このアンソロジーは前半に十数編の短編ミステリを収録し、後半にその時代の作品についての評論が収録されていて、索引を見ると、作家や作品について、評論のどこに言及があるのかがわかるようになっています。5巻ではグレアム・グリーンやジェームズ・ヤッフェの作品が取り上げられています。
さて、索引の校正の何が大変かというと、一番にいえるのは、手間がかかるわりにかけられる時間が少ない、ということです。なぜ時間が少ないかというと、本文のノンブルが確定しないと索引がつくれないからです。たとえば、先ほどの画像で見ると、「『ABC殺人事件』」は444頁と463頁に出ているとわかるのですが、もし本文444頁の「『ABC殺人事件』」が出てくるところより前に赤字が入って、行が動いてしまい、「『ABC殺人事件』」が次の頁に移動してしまうと、索引に上げたノンブルも訂正しなくてはなりません。つまりノンブルが確定しない段階で索引をつくってしまうと、索引ゲラに大量の赤字(修正の指示)が入り、差し替えをする印刷所にも、赤字がちゃんと修正されているか確認する校正者にも大変な手間をかけることになります。
では、どの段階でノンブルが確定するかというと、まあ、再校以降でしょう。完成度の高い原稿でも、やはり初校ではなにかと赤字が入ります。章の変わり目で改頁(頁の途中でその章の本文が終わったら、頁の残りを余白として次章の見出しを次の頁に組む)になっていると、そこで行送りが止まってノンブルの打ちかえも必要がなくなりますが、改頁なしで追い込みだったり、図版がからんだりすると、思いがけないほど後ろのほうまでノンブルが変わってしまうこともあります。やはり索引をつくるのは、赤字が入る可能性が少なくなってからが無難です。
難しいゲラだと再校でもかなり赤くなることがあり、三校を出してみないと索引動きだせず、という事態になることも。いったいいつ赤字がおさまるのか、胃が痛くなってくる展開です。再校・三校となってくると、刊行時期がだいたい固まっている、つまり責了日(最終の校正作業の締め切り日)は決まってしまうので、校正にかけられる時間が短くなっていくのです……あいたたた!
『短編ミステリの二百年』はそういう意味では難しい条件の仕事です。訳者さんが複数いらっしゃって、原稿がいただけるタイミングもそれぞれ、入稿時には収録順も確定していないので、ノンブルが通っていません(作品ごとに、1から始まる仮ノンブルで出校しています)。関わる方が多いと当然、それぞれにご都合があり、返ってくるのが早いゲラもありますが、なかなか再校にならないゲラもあります。収録すべき作品がすべて返ってこないと、ノンブルが通らないことになります。もちろん、評論のゲラが返ってこなかったら索引のつくりようがありません。……あいたたた!
このように複数の著者や訳者がいる作品の場合、編集者としては、ばらばらに出たり入ったりするゲラの進行管理が必要です。どこかの段階でノンブルを通すことを念頭に置いてゲラを動かしていかないと、いつまでたっても足並みがそろわず、全体を通して見る機会がなかなかやってこないことになります。通しで見て初めて発見される事故もあるので、責了直前にやっとそろった、などというのは校正者の心臓に悪いです。
『短編ミステリの二百年』の何巻目だったか、ゲラの戻りがはかばかしくないうえに、出入りの動きが行き違い行き違いになったために、ほんとうにいつまでもノンブルが通らず、とうとうMくんを見かけるたびに私の頭の中で〈とーーおーーせよ、ノンブル! ノンブル!! ノンブル!!! ノンブル!!!!〉(J. S. バッハ『ヨハネ受難曲』第21曲の合唱のメロディで)という歌が鳴り響くようになりました。ちなみに原曲の歌詞は「Kreuzige !(十字架につけろ!)」。校正者としては、そんな殺伐とした気持ちになるぐらい切羽詰まった状況でした。
このように、索引の校正に関わるとなると、実際に索引のゲラが回ってくるまでにそうとうやきもきさせられることになります。しかし、索引校正にまつわる艱難辛苦はまだまだ序の口なのです。
さて、『短編ミステリの二百年5』は6月刊予定、おおよそ刊行の1か月前が責了日です。いちおう短編の収録順は決定しているそうですが、4月下旬の現在、戻ってきていない初校がまだあり、もうすぐGWに突入して印刷所もお休みになってしまいます。かなりスリリングな状況になってきました……
〈とーーおーーせよ、ノンブル! ノンブル!! ノンブル!!! ノンブル!!!!〉
(校正課K)