スティーヴン・スポッツウッド作、Fortune Favors The Deadの全訳をおとどけいたします。

 一九四二年のニューヨーク・シティ。十五歳の誕生日の翌日に家出をし、そのあとの五年間をサーカス団で過ごしてきた、二十歳のサーカス娘ウィロウジーン(ウィル)・パーカーは、興行のない夜に楽な仕事で日銭を稼ごうと、工事現場で夜警のアルバイトをしています。
 ある夜、その工事現場に何者かが侵入。ウィルは雇い主の指示どおり、鉛のパイプで撃退しようと身構えるのですが、侵入者は年配のちょっと変わった女性で、言葉を交わすうちウィルは彼女のペースに巻き込まれてしまいます。
 この女性こそが、ニューヨーク・シティでガキもしかしたら国じゅうでガキ最も有名なレディ探偵、リリアン・ペンテコスト(ミズ・P)でした。彼女は、ある殺人事件を追って工事現場にやって来たのですが、ウィルの話を聞いて、その雇い主に興味を抱きます。そして、ウィルが呼びだした雇い主と対決することになるのですが、彼は拳銃を向けてミズ・Pを亡き者にしようと。
 その一件で機転と観察力を買われたウィルは、家族のように思っていたサーカス団の仲間たちと別れて、ミズ・Pの助手として働くことになり、探偵に必要な様々なことを学びます。
 そうして三年経った一九四五年の十一月、ペンテコスト探偵事務所に捜査の依頼が入ります。二週間前から新聞を賑わしている殺人事件の犯人を突きとめてほしいというのです。被害者はアビゲイル・コリンズ。彼女の夫は、昨年ピストル自殺を遂げた〈コリンズ製鉄〉の元社長アリステア・コリンズでした。
 アビゲイルは自宅で開かれた毎年恒例のハロウィーン・パーティの最中、余興の交霊会が終わった書斎にひとりでいるところを水晶玉で頭を殴られて殺害されたのですが、なんと書斎のドアにはなかから鍵が。密室殺人と聞いて、探偵小説ファンのウィルは武者震い。しかも、交霊会で 死者と交信したのは、ミズ・Pが数年前から動きを追っていたスピリチュアル・アドバイザーでした。
 パーティ客たちのあいだには、一年前に亡くなったアリステア・コリンズの霊が妻を殺害したのだという噂までひろまっている様子。誰もが怪しく思えるのに、手掛かりはゼロ。ミズ・Pは冷静に、ウィルは熱く、その真相を追うのですが……。

 とびきり有能でクールなレディ探偵と、何事にもちょっと熱くなりすぎる傾向のある元サーカス娘。なんともユニークな探偵コンビのシリーズが始まりました。ふたりの年齢差は母娘ほど。何もかもがちがっているふたりが、タッグを組んで殺人事件の捜査に挑みます。
 ウィルは無類の探偵小説ファンで、時にそのヒーローたちと自分を重ね合わせたりも。警官たちに“探偵ごっこをしている小さな女の子”扱いされるのがくやしくてたまらないという、ボーイッシュで勝ち気な女性です。
 そんな発展途上のウィルを心から信じて温かく見守るミズ・Pですが、彼女は大金持ちから法外にも思えるほどの高い依頼料を取り、そのお金を使って弱い立場にある女性たちを支援しています。
 そして、このふたりのまわりには、ぶっきら棒ながら人情味溢れるペンテコスト家の料理人兼家政婦のミセス・キャンベル、ニューヨーク市警殺人課の切れ者刑事であるレーゼンビィ警部補、秘密を抱えて図書館の地下保管室で働く元新聞記者のホリス・グレアム、検死官にもなり得る実力がありながら人種と宗教の壁に阻まれて死体安置所で夜の見張り番に甘んじているハイラムなど、味のある興味深い面々が揃っています。

 ミズ・Pは多発性硬化症を患っているのですが、これは免疫系が自己の中枢神経組織を外敵あるいは異物とみなして攻撃してしまう自己免疫疾患。原因不明の難病です。現在は治療薬の開発もだいぶ進んでいる様子ですが、本作の舞台は一九四五年。クールなミズ・Pは、病気に憤りながらも運命をそのまま受けとめ、ウィルを自分の後継者に育てようとしています。
 時に寝込んでしまうほどの症状に陥るミズ・Pを気遣い、そっと支えながら世話を焼くウィルも必死です。
 世界で三百万人以上が苦しんでいるという、この病気。さらに研究が進んで、一日も早く克服されることを祈るばかりです。

 本作がアメリカで刊行になったのは、二〇二〇年十月のこと。以来、ネットには読者からの『ウィルの親友になりたい』『シリーズ第二弾を早く書いて!』など熱い声が。アメリカの出版業界情報誌〈パブリッシャーズ・ウィークリー〉には、『女性探偵コンビを主人公にした、古典ハードボイルドの現代版ともいうべきすばらしいデビュー作。(中略)絶妙なユーモアを交えて丁寧に描かれる、ふたりの主人公のなんとも味わい深いキャラクターが、この小説を忘れがたいものにしている。スポッツウッドは、まちがいなく注目すべき作家である』と大絶賛の書評が載せられ、Bookbrowse.comも『興味を掻きたて、最後の最後まで読者をドキドキさせる密室ミステリ。たくましい女性キャラクターを描く、スポッツウッドの手腕は見事。息をもつかせぬ洗練されたミステリ。すばらしいデビュー作だ』と太鼓判を捺しています。

 本作は、ウィルが過去の事件を振り返って書いているという形をとっていて、作品のなかでは、ウィロウジーン・パーカー作『幸運は死者に味方する』となるわけですが、本物の著者スティーヴン・スポッツウッドは、受賞経験もある劇作家で、ジャーナリストでもあり、教育者でもあります。小説家としては、これがデビュー作。彼はジャーナリストとして、イラク戦争とアフガニスタン戦争の後遺症や負傷兵の苦悩について書くことに、過去二十年間を費やしてきました。そのドラマティックな記事は、広くアメリカじゅうに発信されてきたようです。
 奥さまは、ヤングアダルト向けの小説を手掛ける作家のジェシカ・スポッツウッド。日本でも二〇一三年に『魔女の花たち』が翻訳出版され、高評価を受けています。現在スポッツウッド夫妻は、ワシントンDCで愛猫と暮らしています。
 先が気になるミズ・Pとウィルのシリーズですが、第二弾のMurder Under Her Skinは二〇二一年十月にアメリカで刊行される予定。ミズ・Pとウィルの今後の活躍にどうぞご期待ください。

 本書の訳出にあたっては、大勢のみなさんにご助力をいただきました。この場をお借りして、心よりお礼を申し上げたいと思います。

二〇二一年一月
法村里絵