2020年の年末ミステリランキングを席巻した『たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説』の前日譚、『深夜の博覧会 昭和12年の探偵小説』が待望の文庫刊行となりました。


 まだ読まれたことのない方向けに紹介していきましょう。

 副題に「昭和12年の探偵小説」とありますように、昭和12年(1937年)が舞台となっています。戦争の足音がひたひたと近づいてくる直前の名古屋が主な舞台です。実在した、名古屋汎太平洋平和博覧会(名古屋商工会議所HPより)の取材で、記者とともに東京から名古屋を訪れた那珂一兵少年。「透明人間」や「魚雷」など、博覧会会場での展示物に圧倒される様子が描かれます。実際に、著者の辻先生(当時5歳)はこの博覧会に足を運び、パビリオンを楽しんだそうです。

 博覧会の様子だけでなく、当時の名古屋市内(とくに栄周辺)の様子も非常に細かく描写されています。名古屋市内は、太平洋戦争の空襲によって焼け野原になってしまったことから、戦前と戦後では町並みも大きく変わってしまいました。ですから、現在の名古屋市内をご存じの方が読まれると、ひょっとしたら「あれ」と思うかもしれません。当然博覧会の面影も、ほとんど残っておらず、名古屋港付近にある「平和橋」(博覧会に向けて建造された橋のようです)が唯一残る建造物だそうです。

 さて、探偵役は、辻作品でもおなじみの、名バイプレイヤー・那珂一兵。漫画家への夢のため、銀座で似顔絵描きをしているところを、女性記者に名古屋行を誘われます。漫画好き、探偵小説好き、汽車好き、とまるで辻先生ご本人の若き日のような、とても味のある探偵です。那珂一兵以外にも、『たかが殺人じゃないか』でも続いて登場する人物もおりますので、ぜひあわせてお楽しみください。単行本刊行時には辻真先版の『パノラマ島綺譚』とも一部では言われた、戦前のエログロナンセンスな独特なストーリーを堪能いただければと思います。また、大矢博子さん(名古屋在住)の力のこもった解説も、読みどころです!