〈名作ミステリ新訳プロジェクト〉2020年12月は2点同時刊行! そのうち片方、フレドリック・ブラウン/越前敏弥訳『真っ白な嘘』はこちらの記事でその魅力が紹介されています。そしてもう一冊がこれから紹介する、リッチー、ブラッドベリ他/小森収編/藤村裕美他訳の豪華アンソロジー『短編ミステリの二百年4』です。ぜひ、あわせてお買い求めください。
このアンソロジーは全6巻予定ですので、今回で折り返しとなります。書評家の小森収氏がこの〈Webミステリーズ!〉で現在も連載中の評論「短編ミステリの二百年」をベースに、純粋に面白い作品から歴史上重要な位置を占める作品まで、さまざまな短編を集めており、『世界推理短編傑作集』全5巻と作品の重複はいっさいありません。そして、8月刊の『短編ミステリの二百年3』と表紙イラストが続き絵となる第4巻の本書には、本アンソロジー企画初となる、本邦初訳作品を収録しています。
『短編ミステリの二百年4』(創元推理文庫)
「獲物(ルート)のL」ローレンス・トリート/門野集訳
「高速道路の殺人者」ウィリアム・P・マッギヴァーン/白須清美訳
「正義の人」ヘンリイ・スレッサー/藤村裕美訳
「トニーのために歌おう」ジャック・リッチー/藤村裕美訳
「戦争ごっこ」レイ・ブラッドベリ/直良和美訳
「淋しい場所」オーガスト・ダーレス/藤村裕美訳
「獲物」リチャード・マシスン/白須清美訳
「家じゅうが流感にかかった夜」シャーリイ・ジャクスン/深町眞理子訳
「五時四十八分発」ジョン・チーヴァー/門野集訳
「その向こうは――闇」ウィリアム・オファレル/直良和美訳 ☆
「服従」レスリー・アン・ブラウンリッグ/猪俣美江子訳 ☆ *本邦初訳
「リガの森では、けものはひときわ荒々しい」マージェリー・フィン・ブラウン/深町眞理子訳 ☆
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「短編ミステリの二百年」小森収
第五章 四〇年代アメリカ作家の実力(承前)
6 ハードボイルド最後の巨人
7 スピレイン旋風
第六章 ハードボイルドから警察小説へ――マンハントとその周辺
1 マンハントという雑誌
2 雑誌の時代のミステリ作家――リチャード・デミング
3 マンハントのクライムストーリイ
4 エヴァン・ハンター――通俗ハードボイルドの雄
5 警察小説の隆盛
6 エド・マクベイン――五〇年代アメリカミステリの顔
第七章 ヒッチコックの陽の下に――アイデアストーリイの流行とその受容
1 ヘンリイ・スレッサーとアイデアストーリイ
2 C・B・ギルフォードの場合
3 ロバート・アーサーの持ち味
4 アイデアストーリイへの傾斜
5 アイデアストーリイの雄――ジャック・リッチー
6 スレッサー再評価のために
第八章 隣接ジャンルの研究(1)――幻想と怪奇
1 『怪奇小説傑作集』
2 モダンホラーへの道
3 アーカムハウスという出版社
4 パルプ作家を抜け出した男――レイ・ブラッドベリ
5 ファンから作家へ――ロバート・ブロック
6 オーガスト・ダーレスと淋しい場所
7 奇妙なイマジネーションの発動――チャールズ・ボーモント
8 異色作家への道――リチャード・マシスン
9 『13のショック』のショック
10 SFから遠く離れて
第九章 再び雑誌の時代に
1 ジャック・フィニイの世界
2 「くじ」以降のシャーリイ・ジャクスン
3 不安と憂鬱がミステリに接近するとき――ジョン・チーヴァー
4 エドガー賞の殿堂(1)――「ヨットクラブ」まで
5 エドガー賞の殿堂(2)――スリックマガジンからの影響
第4巻収録作品には先に述べたMWA短編賞受賞作のほか、編者がミステリの近接ジャンルとして位置づける〈幻想と怪奇〉系の作品も含まれます。今回は収録作品からいくつかピックアップして、編集者視点でコメントしてみます。
ロバート・ターナー「争いの夜」
雑誌〈マンハント〉での初訳時は「男のルール」という題名でしたが、新訳にあたり原題Fight Nightに近いものに改めました。わずか10ページほどの分量で描かれるのは、ささいなきっかけで始まる酒場の喧嘩。その一部始終がなんともいえない読後感をもたらします。
ウィリアム・P・マッギヴァーン「高速道路の殺人者」
4巻収録作品で最もページ数が多い中編。三章からなり、アメリカでの初出時は一章ずつ三回に分けて連載されました。最初から最後まで全長100マイルの高速道路の上を舞台に、逃亡中の殺人者と高速を管轄する警察網との攻防を書ききった、傑作と呼ぶにふさわしい手に汗握る雄編です。
ヘンリイ・スレッサー「正義の人」
アイディア・ストーリーの名手としておなじみスレッサーは、元刑事の男が在職中に手がけたある未解決事件に決着をつけるという小品。本国アメリカでは初出の雑誌〈エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン(EQMM)〉以外どこにも再録された形跡がなく、日本でも日本版EQMMで訳されたきりという、まさに「埋もれた逸品」という表現がぴったりの一編です。
リチャード・マシスン「獲物」
不気味な呪いの人形とヒロインの命がけの闘いを描くこの「獲物」は、映画『チャイルド・プレイ』や『ジョジョの奇妙な冒険』第3部のエボニーデビル戦など、「動かないはずの人形が突然襲ってくる」ホラーの先駆作品です。今年、日本版ソフトが出たオムニバス映画『恐怖と戦慄の美女』TRILOGY OF TERRORの一エピソード「アメリア」として映像化もされていますので、興味のあるかたはご覧ください。
レスリー・アン・ブラウンリッグ「服従」
テキストが入手できなかったために『エドガー賞全集』(ハヤカワ・ミステリ文庫)への収録が見送られて以降、20世紀のMWA最優秀短編賞を受賞した短編としては唯一未訳のままでしたが、このたび本邦初訳となりました。第二次世界大戦当時の仏領アルジェリアを舞台にした、フランス人の娘とドイツ人の青年将校が主要登場人物という難しい設定の話を、猪俣美江子先生にお訳しいただきました。著者ブラウンリッグについての資料は翻訳の底本としたアンソロジーStory Jubileeの紹介文しかなく、わかっているのは1942年生まれ(執筆時は21歳)の女性でニューヨークのバーナード・カレッジに通う大学生だったこと、本編が〈リーダーズ・ダイジェスト〉主催の大学生向け短編コンテストに応募され、第二席となった作品であることくらいです。その後の消息は不明で、著作もおそらくは本編のみ。受賞時の年齢22歳は、いまなおMWA短編賞の最年少記録です(きちんと調べきれていませんが、おそらくMWAの全部門でも史上最年少)。
マージェリー・フィン・ブラウン「リガの森では、けものはひときわ荒々しい」
MWA短編賞受賞作。これのどこがどうミステリなのか、充分に説明できる自信はありませんが、きわめて洗練された短編小説であることは間違いありません。『エドガー賞全集』に付された解説では「著者ブラウンについてはまったく不明。作品もほかにはみあたらない」となっていますが、21世紀の現在ある程度経歴は判明していて、著作も複数確認されています(主に1960年代から70年代にかけて、婦人向け雑誌へいくつも短編を発表している)。特筆すべきは1951年に出版されたOver a Bamboo Fence(別題Behind the Bamboo Curtain)で、なんとこれは進駐軍として赴任した夫に従い、終戦後の日本で家族ぐるみ約二年暮らした経験を書いたエッセイで、『垣根越し』の題名で翻訳もされています(日本出版協同、1952年)。『垣根越し』は国立国会図書館の収蔵本がデジタル化されており、申請すれば同館もしくは協力館内の端末で読むことが可能です。
ここで触れていない作品も傑作ぞろいな、『短編ミステリの二百年4』は12月21日発売です。そして次巻『短編ミステリの二百年5』は2021年春刊行予定です。お楽しみに!