ある町にどこからか現れた、
理解不能な言葉を話す子どもたち。
奇妙な子どもたちは、盗み、襲い、
そして32人が、一斉に死んだ。
みなさんこんにちは。翻訳ミステリ班の東京創元社Sです。今回は11月11日発売の単行本、アンドレス・バルバ『きらめく共和国』(宇野和美訳)にをご紹介いたします。
本書は「サンクリストバルで命を落とした三十二人の子どもたちのことをたずねられたとき、相手の年齢によって私の答えは変わる」という不穏な文章で始まります。いったいどんな作品なのか……? まずはあらすじをご紹介いたします。
1994年、緑のジャングルと茶色い川をかかえる亜熱帯の町サンクリストバルに、理解不能な言葉を話す子どもたちがどこからともなく現れた。彼らは物乞いをしたり盗みを働いたりして大人たちを不安に陥れ、さらにスーパーを襲撃した。そして数ヶ月後、不可解な状況で32人の子どもたちが一斉に命を落とした。子どもたちはどこから来たのか。どうして死ぬことになったのか。社会福祉課の課長として衝撃的な出来事に関わった語り手が、22年後のいま、謎をひもといていく──。
なんとも不思議で、不穏な気配のある内容ですよね!!
本書は、スペイン語翻訳者の宇野和美先生が、「ぜひとも日本の読者に届けたい」とわたくし東京創元社Sに企画を持ち込んでくださった作品です。内容が詳しく説明してあるレジュメをくださり、それを読んだときに「ものすごく面白そう! 好き!」と思った記憶があります。まさに、今までに読んだことのないような奇妙さを感じたのです。
著者が創造した架空の町で展開していく子どもたちをめぐる事件は、謎めいていてとてもスリリング。そして文学であると同時に、不穏さと緊迫感を味わえる良質のサスペンスのような作品でもあります。
子どもの死を扱っている作品ではありますが、衝撃的な事件に関わった語り手が、20数年後に過去を振り返って謎をひもといていくという構成のため、生々しい描写がないところもいいなと思っています。シンプルに奇妙さに惹きつけられるのです。
かわいらしさと表裏一体の子どもの暴力性など、本書がテーマとしている要素はたくさんあります。訳者あとがきでは以下のように語られています。
子どもと大人、野生と文明、ディスコミュニケーション、保護と支配、恐怖と暴力など、物語には多様な要素がいきかう。通じる言葉を持たない、言ってみれば「馴らされて」いない子どもたちを前にして、大人の市民や当局が恐怖を抱き、結果的にそれが暴力につながっていくさまは、現代のヘイトクライムをめぐる状況にもどこか似ている。
架空の町を舞台にした寓話的な物語であるからこそ、さまざまなことを考えるきっかけになる一冊ではないかと思います。
著者アンドレス・バルバは日本初紹介の作家ではなく、2014年に児童書『ふたりは世界一!』が翻訳刊行されています(こちらも翻訳は宇野和美先生です)。1975年にスペインのマドリードで生まれました。小説家のほか、エッセイスト、写真家、脚本家としても活躍しています。そして、英語やイタリア語からスペイン語への翻訳にも取り組んでおり、フィッツジェラルド、ヘンリー・ジェイムズ、『白鯨』『不思議の国のアリス』、アンソニー・ドーア『すべての見えない光』、コンラッド短編全集などの翻訳をおこなっています。コンラッドやメルヴィルの翻訳は、本書の執筆にも影響を与えたそうです。
2010年には、英国グランタ誌の「35歳以下の注目のスペイン語若手作家」22人のうちのひとりに選出されました。バルバについて、バルガス= リョサは「既に自分の世界を完全に作り上げ、彼の年齢には似つかわしくない巧みさを持っている」と評しています。
『きらめく共和国』は2017年にエラルデ小説賞を受賞しました。この賞は1983年からアナグラマ社が主催している文学賞です。未発表の作品を公募し、受賞作をアナグラマ社で刊行するという新人発掘の場となっているのですが、すでにある程度評価された作家が受賞するケースも多いようです。ロベルト・ボラーニョやエンリーケ・ビラ= マタスなど、日本でも翻訳のあるスペインやラテンアメリカの作家も受賞しており、質が高い文学を読む手がかりになると注目されている賞のひとつです。
本書の装画は原裕菜さんにお願いしました。カレン・ラッセル『狼少女たちの聖ルーシー寮』の装画を見たときからぜひお仕事をご一緒したいな~と思っておりまして、今回は、きらきらしていて綺麗でかわいいけどちょっと怖い、という印象のすてきな装画を描いていただきました!
藤田知子さんの装幀もとてもすてきです。タイトル『きらめく共和国』のところのきらきらが好き! カバーや表紙、扉にもたくさんイラストの一部を使っていただき、おしゃれでインパクト大の装幀にしていただきました。
なお、この作品はスペインの翻訳助成金による支援を受けて出版しました。手続きにあたり、NPO法人 イスパニカ文化経済交流協会(イスパJP)さんに、とってもとってもお世話になりました! ありがとうございました!!
『きらめく共和国』は2020年11月11日発売です(電子書籍同時発売)。ぜひお手にとっていただけますとうれしいです。
*おまけ
東京創元社で刊行しているスペイン文学を2点おすすめします!
・奇妙な物語がお好きなら……
『天使のいる廃墟』(フリオ・ホセ・オルドバス著、白川貴子訳、四六判上製)
人生を諦め、命を絶とうと決めた人だけが訪れる町、パライソ・アルトを舞台にした群像劇のような作品。生と死、日常と非日常の狭間にたゆたう不思議な場所と、幻のような来訪者たちを描く、美しく奇妙でどこかあたたかな物語です。文章がとにかくすてき!!
・ミステリがお好きなら……
『終焉の日』(ビクトル・デル・アルボル著、宮崎真紀訳、創元推理文庫)
1980年のバルセロナを舞台に展開される重厚なサスペンス。殺人、偽証、復讐に運命を狂わされた人間たちの悲哀が胸を打ちます。過去の複数の時点を行き来する複雑で濃厚なストーリーにどっぷりのめりこむことができます。まさに「怨讐(おんしゅう)の大河ミステリ」。骨のある小説が読みたい!という方はぜひ。
(東京創元社S)