2015年10月、北欧ミステリの帝王ヘニング・マンケルが世界中から惜しまれながら亡くなりました。享年67歳。東京創元社では、マンケルの遺作となったエッセイ『流砂』を刊行しました。マンケルの小説への思い、世界への愛が詰まった、読む人の心を震わせずにはおかない名著。刑事ヴァランダー・シリーズの読者必読の書です。こちらも是非お読み下さい。
さて、『苦悩する男』で幕を閉じた刑事ヴァランダー・シリーズですが、マンケルがオランダの書店のキャンペーン用に書き下ろした短編「手」とマンケル自身による索引〈ヴァランダーの世界〉を合わせた一冊が刊行されました。
〈ヴァランダーの世界〉は、著者自身によるシリーズ全作品の解説、人名地名解説などを網羅しています。まさにファン必携の一冊です。
●最新作 『手/ヴァランダーの世界』
「手」
2002年、ヴァランダーは50歳前後。警察学校を卒業してイースタ警察署で働き始めた娘リンダと、マリアガータンのアパートに一時的に同居している。シリーズでいえば、『霜の降りる前に』のあとの時期の話だろう。
最終刊『苦悩する男』では念願の田舎暮らしを果たし、ユッシという黒いラブラドールも飼っているヴァランダーだが、今回の「手」では、まだ田舎の家を捜している最中だ。
そんなヴァランダーに、同僚のマーティンソンが物件を紹介してきた。
なんでも、マーティンソンの妻の親戚の家で、持ち主の男性が高齢となり高齢者住宅に移ったため、売りに出されているということだった。
家はかつてヴァランダーの父が住んでいた場所から遠くないところに立っていた。伝統的なスコーネ地方の造りで、家の裏手にはリンゴの木が二本あった。裏庭を歩いていたとき、ヴァランダーは何かにつまずいた。古い農機具の一部かと思いながら表に戻り、家の中を見て回ったあと、帰ろうとしたヴァランダーだったが、何かが気になった。
裏庭で自分がつまずいたものはなんだったのだろう?
裏庭にもどり地面を探すと、まもなくそれは見つかった。地面から突き出していたのは、人間の手の骨だったのだ。
ヴァランダーは過去に遡って家の持ち主を調べ始めるが……。
「ヴァランダーの世界」
マンケル自身によるシリーズ各巻の解説、そして登場する人名地名を網羅した索引。
目次は以下のとおり。
Ⅰ 始まりと終わり、そしてその間になにがあったか?
Ⅱ クルト・ヴァランダーの物語
Ⅲ ヴァランダー、そして彼の家族と周辺の人々
Ⅳ 人物索引
Ⅴ ヴァランダーの地理的世界
Ⅵ 地名索引
Ⅶ ヴァランダーの好きなもの
Ⅷ 文化索引
北欧ミステリの帝王ヘニング・マンケルが創造した金字塔的シリーズの世界をお楽しみください。
●『ピラミッド』
北欧ミステリの帝王、ヘニング・マンケルが生んだスーパースター、イースタ署の刑事クルト・ヴァランダー。そんなヴァランダーが初めて登場したのは、ガラスの鍵賞受賞の『殺人者の顔』だが、本書はヴァランダーがまだ二十代でマルメ署にいた頃から、イースタ署に移ってから、『殺人者の顔』直前までを埋める5篇を収める。
マルメ署のパトロール警官だったヴァランダーが隣人の死の真相を調べる「ナイフの一突き」、同じくマルメの刑事課に移ったヴァランダーがクリスマス・イヴに事件に巻きこまれる「裂け目」、イースタ署の刑事課に移ったヴァランダーが出会った事件「海辺の男」「写真家の死」「ピラミッド」と、殺人課の刑事に憧れる若きパトロール警官が、様々な事件の経験を経て、イースタ署の中心的な捜査官になってゆく過程が描かれており、シリーズ読者にはこたえられない。
ちなみに、『殺人者の顔』ではすでに離婚していた妻モナとの出会い、結婚、別居が描かれているのも興味深い。
ヴァランダーの知られざる過去を知ることができる贅沢な短篇集。
●『霜の降りる前に』上下(2016年1月刊)
男は湖岸で餌をついばむ白鳥に火をつけた。炎となった白鳥が飛び上がり湖に沈むまで、一分とかからなかった。警察に通報した。そのあと男は携帯電話を湖に放り投げ、闇の中に姿を消した……。
リンダ・ヴァランダー、まもなく三十歳。警察学校を修了して秋からイースタ署に赴任することが決まり、この夏は父クルトのアパートに同居している。同居が始まると、父娘はすぐに苛立ちを感じ、口げんかもちょっちゅうだった。父親のアパートから出るためにリンダはすぐにでも警察署での仕事を始めたかったが、始まりは九月十日と決まっていた。
久しぶりの故郷で、リンダと十代の頃の友人ふたりとの付き合いも復活した。だが、その友人のひとりアンナがいきなり行方不明になってしまったのだ。いなくなる直前にアンナは、彼女が幼いころに姿を消したままの父親の姿を見たと、リンダに漏らしていた。アンナになにが起きたのか? 心配のあまり、まだ警察官になっていないからと諫める父の制止を無視して、リンダは勝手にアンナの足取りを調べ始める。
一方イースタ周辺では、白鳥が燃やされる事件、子牛が焼き殺される事件、そしてペットショップに放火される事件と、奇妙な事件が続いていた。頭のおかしい人間の仕業なのか。動物虐待なのか。
さらに小路を探検していた中年の女性が行方不明になったとの通報が入る。そして驚いたことに、リンダのいなくなった友人アンナの日記に、その行方不明の女性の名前があったのだ。ふたりはどこかで繋がっていたのか? リンダの不安は増すばかり。そして調べているうちに、行方不明の女性が乗っていたバイクを見つけてしまった。娘の勝手な行動に父クルトは怒りを爆発させる。
人気の刑事クルト・ヴァランダーが娘のリンダと難事件に挑む。スウェーデンミステリの帝王のシリーズ第9弾。
●『ファイアーウォール』上下(2012年9月刊)
二人の少女がタクシー運転手を襲う事件が発生。19歳のソニャがハンマーで殴り、14歳のエヴァがナイフで刺した。被害者の男は瀕死の重傷を負い、その後死亡した。
逮捕された少女たちは単なる金欲しさの犯行だと自供、いっこうに反省する様子もない。
ヴァランダーにはどうしても彼女たちが理解できなかった。もしかすると、ほかに隠された動機があるのではないか?
そしてあまりにふてぶてしい二人の態度……。尋問の席で母親を罵倒し殴った14歳のエヴァに腹をたてたヴァランダーは、思わず彼女に平手打ちを食らわせてしまう。
ところがまさにその瞬間を署内に入りこんだ新聞記者に撮られ、写真をマスコミに流されてしまったのだ。味方だと信じていた署長の、そして仲間の不信に、孤立感に苛まれるヴァランダー。自分は、もう捜査の指揮をとることはできないのか。
だが、そんなヴァランダーの苦悩をよそに、事件は意外な展開を見せる。タクシー運転手殺人で逮捕されたソニャが脱走したのだ。
そして警察の必死の捜索もむなしく、彼女は変電所で死体となって発見された。
なぜ彼女は死んだのか? 単純なはずの事件が一気に様相を変えた。
一方、タクシー運転手の事件と同じころに一人の男性が現金自動支払機の前で死亡していた。病死だと思われたそのITコンサルタントの男性の死体がモルグから盗まれ、かわりにソニャとの繋がりを疑わせるものが置かれていた。
男の周辺を調べ始めたヴァランダーは、コンピュータに侵入するために、天才的なハッカーの少年の手を借りる。
若者たちの心理と、新しい時代の犯罪についてゆけず、苦しむヴァランダー。人気シリーズの転換点ともいえる第8弾。
●『背後の足音』上下
夏至前夜、三人の若者が自然保護地区の公園でパーティを開いていた。十八世紀の服装、音楽、美味しい料理、ワイン。物陰から彼らをうかがう目があるとも知らず……。
イースタ警察署に一人の母親から、娘を捜してくれという訴えがあった。夏至前夜に友人と出かけて以来、行方がわからないというのだ。旅先から絵はがきが届いてはいるのだが、筆跡が偽物らしいというのだ。
母親の熱意に動かされたヴァランダーは捜査会議を招集したが、同僚の刑事のひとりが無断で欠席した。電話をしても応えるのは留守番電話ばかりで、いっこうに連絡がとれない。几帳面で遅刻などしたことのない彼が、なぜ?
不審に思ってアパートを訪ねたヴァランダーの目の前に、信じられない光景がひろがっていた。
長年一緒に仕事をしてきた同僚が殺された。そのあまりに無惨な殺人現場に、イースタ署の面々は言葉を失う。どうやら彼は休暇まで使って、例の若者たちが失踪した事件を一人で調べていたらしい。
二つの事件は同一犯の仕業なのか。調べ進むうちに、次第に明らかになる、同僚刑事の隠された素顔。自分はいったい彼の何を知っていたというのだろう。
捜査陣の焦燥感がつのるなか、次の犠牲者が……。
糖尿病からくる身体の不調と闘いながら、ヴァランダーは事件の真相に迫る。
現代社会の病巣を見事に描いた、北欧の巨匠、マンケルの傑作。CWAゴールドダガー賞受賞シリーズ第7弾。
●『五番目の女』上下
父親と二人のローマ旅行は思いがけず楽しいものになった。太陽の光に満ちたローマ。父親の憧れだった芸術の街。
つきあっているリガの未亡人バイバとの仲も進展させたい。郊外に家を買って、バイバと住もう。犬も飼うのだ……。ヴァランダーの想いはふくらむ。
素晴らしかったその一週間に別れを告げ、イースタ警察署に戻ったヴァランダーを待ち受けていたのは、無人の花屋に何者かが押し入ったという通報だった。
店主は旅行中で、盗まれたものは何もない。その次には一人暮らしの老人が失踪した疑いがあるとの訴え。
一見大したことがなさそうな二件の事件。だが、失踪した老人が濠の中で串刺しの死体となって発見されるにいたり、事件は恐るべき様相を見せはじめる。
これがヴァランダーを、そしてイースタ署の面々の心胆を寒からしめた奇怪な事件の幕あけだった。
無惨にも串刺しにされ殺された老人の金庫には、傭兵と思われる人物の日記が入っていた。この中に手がかりが隠されているのだろうか?
捜査を進めるヴァランダーのもとに、父親急死の報がはいる。せっかく心を通わせることができた矢先だというのに……。
だが哀しみにひたっている暇はなかった。行方がわからなくなっていた花屋の主人が遺体で発見されたのだ。長いこと監禁されたうえで殺され、森の中で木に縛りつけられていたらしい。
これはまだ始まりにすぎないのだろうか。新しい連続殺人の幕開けなのか?
現代社会の問題をあざやかにあぶり出す、北欧ミステリの真髄。CWAゴールドダガー受賞作シリーズ第6弾。
●『タンゴステップ』上下
彼は54年間、眠れない夜を過ごしてきた。
森のなかの一軒家、選び抜いたダークスーツを着て、人形をパートナーにタンゴを踊る。だが、その夜明け、ついに敵が彼を捕らえた……。
ステファン・リンドマン37歳、警官。舌ガンの宣告を受け、動揺した彼が目にしたのは、自分が新米のころ指導をうけた先輩が、無惨に殺害されという新聞記事だった。動機は不明、犯人の手がかりもない。治療を前に休暇をとったリンドマンは、単身事件の現場に向かう。
殺された元警官モリーンの住んでいた場所を訪ねたリンドマンは、地元の警察官と協力しつつも、独自に捜査を開始する。だが、調べを進める彼の前に、新たな死体が。殺されたのはモリーンの隣人だった。同一犯の仕業か、それとも……。
次々とあきらかになる、先輩警察官の知られざる顔、そして意外な過去。自らの病に苦しみ、迫り来る死の恐怖と闘いながら、リンドマンは真実を追い求める。
ヨーロッパ各国で揺るぎない人気を誇るヘニング・マンケルが、現代スウェーデン社会の闇と、一人の人間としての警察官リンドマンの苦悩を鮮やかに描き出す!
CWA賞受賞作『目くらましの道』のあとに続く、スウェーデン推理小説の記念碑的作品。
●『目くらましの道』上下
イースタ署のヴァランダー警部は、夏の休暇を楽しみにしていた。現在交際中のリガの未亡人バイバと旅行に行くのだ。幸い今年は暑く気持ちのいい夏になりそうな気配。このまま何事もなく過ぎてくれればいいのだが……
そんな平和な夏のはじまりは、1本の電話でひっくり返された。不審な女性が畑にいるという通報がはいり、ヴァランダーがかけつけてみると、農家の菜の花畑に少女いた。なにかに怯えている様子の少女は、ヴァランダーがとめる間もなく、灯油をかぶり自らに火をつけて焼身自殺。身元も自殺の理由も不明だった。
そして目の前で少女が燃えるのを見たショックに追い打ちをかけるように、事件発生の通報が入る。殺されたのはイースタで隠遁生活をおくっている元法務大臣。背中を斧で割られ、頭皮の一部を髪の毛ごと剥ぎ取られていた。
あまりに凄惨な殺害方法に、ヴァランダーらイースタ署の面々に戦慄がはしる。
だが、これはほんの手始めにすぎなかった。
ひとりめの犠牲者の元法務大臣に続いて、美術商が、さらに盗品の売人が同様の方法で殺害された。しかも犯行は次第にエスカレートし、3人目の男は生きているうちに両目を塩酸で焼かれていた。
3人の犠牲者に共通するものは? そしてなぜ3人目だけが目を潰されたのか? 犯人の目的は何なのか?
常軌を逸した連続殺人にヴァランダーらの捜査は難航する。そして4人目の犠牲者が……
CWA賞受賞の傑作。現代社会の病巣を鋭くえぐる、傑作シリーズ第5弾。
●『笑う男』
前作『白い雌ライオン』の事件で心に傷を負ったヴァランダー警部。恐ろしい記憶から、良心の痛みから逃れようとイースタを離れ、アルコールに溺れ、それでもなお立ち直ることができずにいる彼を救ったのは、かつて若く幸せだった頃、別れた妻のモナと共に滞在したことがある、デンマークの片田舎、イッランド島スカーゲンの砂浜だった。
来る日も来る日も誰とも言葉をかわすことなく、たったひとりで砂浜を歩くヴァランダー。自分の内面を見つめなおし、再構築し、癒していく、気の遠くなるような孤独な作業の末、彼がたどり着いた結論は、これ以上警官を続けることはできない、というものだった。
そんなヴァランダーのもとに、思いがけずひとりの男が訪ねてきた。友人の弁護士ステン・トーステンソンだった。共同で弁護士事務所を営む父親が交通事故死したのだが、どうも腑に落ちない点があり、彼に力を貸してほしいのだという。だが、自分自身の問題だけで手一杯のヴァランダーは力を貸すことなどできないと言って、すげなく断ってしまう。
いよいよ辞職の決意を伝えるべくイースタに戻ったヴァランダーが、新聞で見たのは、そのステン・トーステンソンの死亡記事だった。数日前、スカーゲンの海岸で話したばかりの彼がなぜ? 同僚の刑事マーティンソンに問い合わせて、ステンの死因が他殺であると知り、ヴァランダーは愕然とする。
辞職の決意などどこへやら、驚く署長、同僚を尻目に復職し、弁護士親子の死の謎を追い始めるヴァランダーだが……。
さて、シリーズ5巻目ともなると、ミステリとしての面白さ(CWA受賞作ですから)もさることながら、主人公であるイースタ署の警部クルト・ヴァランダーと彼をとりまく人々の人間ドラマとしての面白さもひとしお。
2巻目『リガの犬たち』では、事件捜査でイースタに派遣されてきたラトヴィアの捜査官が殺され、ヴァランダーはなんとその未亡人バイバ・リエパにひとめぼれ、彼女のためにとひと肌もふた肌もぬいでしまうのですが、3巻目、4巻目を経て、なんとこの『目くらましの道』ではこれまでの猛アタックが実り、めでたくバイバと夏の休暇をすごすところまでこぎつけています。
連続殺人事件の捜査を推し進める一方で、事件が長引き休暇旅行にいかれなくなるかもしれないことを、なかなかバイバに電話できないでいる。好きな女性に対しては不器用で臆病、そんなヴァランダーの姿が浮かびます。
また、1巻目の『殺人者の顔』からずっと、警官という職業を選んだヴァランダーを非難しつづける父親とはなにかと衝突をしてきましたが、巻を追うごとに、その父親との関係も微妙に変化しています。『笑う男』では、父親と仲がよかった頃のことがヴァランダーの回想にたびたび登場しましたが、父親の再婚、そしてアルツハイマー発病をへて、ようやくヴァランダーと父親の関係が修復されるのが、この『目くらましの道』です。とくにラストでヴァランダーが、画家である父親の長年の夢だった、イタリアへ共に旅立つシーンは胸をつきます。事件の重苦しさを補ってあまりある暖かさがあるのです。
もうひとり、忘れてはならないのが、ヴァランダーのひとり娘リンダ。『白い雌ライオン』では犯人に誘拐され、『笑う男』ではアルコール中毒一歩手前の父親を叱りつけと、なんだかとばっちりばかりのリンダですが、この『目くらましの道』では、小さい頃にヴァランダーの持ち帰った捜査書類や、目撃者の事情聴取をこっそり読んでいたという意外な過去が判明。家具職人になると言ってみたり、演劇に首を突っ込んでみたりと、将来についていろいろ悩み多き年頃の彼女ですが、実は2002年に刊行された『霜の降りる前に』へと至る布石が、こんなところに置かれていたとは……。
【2009年3月以前の「本の話題」はこちらからご覧ください】
本格ミステリの専門出版社|東京創元社
さて、『苦悩する男』で幕を閉じた刑事ヴァランダー・シリーズですが、マンケルがオランダの書店のキャンペーン用に書き下ろした短編「手」とマンケル自身による索引〈ヴァランダーの世界〉を合わせた一冊が刊行されました。
〈ヴァランダーの世界〉は、著者自身によるシリーズ全作品の解説、人名地名解説などを網羅しています。まさにファン必携の一冊です。
●最新作 『手/ヴァランダーの世界』
「手」
2002年、ヴァランダーは50歳前後。警察学校を卒業してイースタ警察署で働き始めた娘リンダと、マリアガータンのアパートに一時的に同居している。シリーズでいえば、『霜の降りる前に』のあとの時期の話だろう。
最終刊『苦悩する男』では念願の田舎暮らしを果たし、ユッシという黒いラブラドールも飼っているヴァランダーだが、今回の「手」では、まだ田舎の家を捜している最中だ。
そんなヴァランダーに、同僚のマーティンソンが物件を紹介してきた。
なんでも、マーティンソンの妻の親戚の家で、持ち主の男性が高齢となり高齢者住宅に移ったため、売りに出されているということだった。
家はかつてヴァランダーの父が住んでいた場所から遠くないところに立っていた。伝統的なスコーネ地方の造りで、家の裏手にはリンゴの木が二本あった。裏庭を歩いていたとき、ヴァランダーは何かにつまずいた。古い農機具の一部かと思いながら表に戻り、家の中を見て回ったあと、帰ろうとしたヴァランダーだったが、何かが気になった。
裏庭で自分がつまずいたものはなんだったのだろう?
裏庭にもどり地面を探すと、まもなくそれは見つかった。地面から突き出していたのは、人間の手の骨だったのだ。
ヴァランダーは過去に遡って家の持ち主を調べ始めるが……。
「ヴァランダーの世界」
マンケル自身によるシリーズ各巻の解説、そして登場する人名地名を網羅した索引。
目次は以下のとおり。
Ⅰ 始まりと終わり、そしてその間になにがあったか?
Ⅱ クルト・ヴァランダーの物語
Ⅲ ヴァランダー、そして彼の家族と周辺の人々
Ⅳ 人物索引
Ⅴ ヴァランダーの地理的世界
Ⅵ 地名索引
Ⅶ ヴァランダーの好きなもの
Ⅷ 文化索引
北欧ミステリの帝王ヘニング・マンケルが創造した金字塔的シリーズの世界をお楽しみください。
イースタ警察署刑事クルト・ヴァランダー59歳、画家だった父がかつて住んでいたルーデルップにちかい田舎家を数年前に購入、マリアガータンのアパートを引き払い、念願の田舎暮らしを始めた。黒いラブラドールも飼い、好きだったオペラ歌手にちなんでユッシと名づけた。娘リンダも彼と同じ刑事の道を歩んでいる。
そんなある日、ヴァランダーはそのリンダから驚きの告白を受ける。実は妊娠しているというのだ。子どもの父親は投資関係の仕事をしている男性、ハンス・フォン=エンケ。二人は結婚はせず、パートナーという関係で一緒に住み、子どもを育てることに決めたという。
ハンスの父親ホーカン・フォン=エンケは退役した海軍司令官で、母親ルイースは元語学の教師で、今はコペンハーゲンに住んでいて、なかなか気さくな気持ちのいい人たちだ。
ところが、そのホーカンが失踪してしまう。朝、散歩に行くと言って家を出て、そのまま帰らなかったのだ。妻のルイースも、息子のハンスも何も心当たりはないというが、ホーカンの行方は杳として知れなかった。。自ら姿を消したのか、事故に遭ったのか、それとも犯罪に巻き込まれたのか?
ヴァランダーは、ホーカンが失踪する数日前に催した誕生日パーティで彼と話したときに、微かにひっかかるものを感じていた。昔の海軍時代の話をしながら、どういうわけかホーカンは、大きな音に過敏に反応し、不安そうな様子を見せていたのだ。
彼の失踪と海軍時代の経験になにかつながりがあるのだろうか?
時折襲い来る奇妙な記憶の欠落に悩まされながらも、娘リンダと、可愛い初孫のためにヴァランダーはホーカンの行方を追う。
北欧ミステリの帝王、ヘニング・マンケルの金字塔シリーズ、ついに最終巻!
●『ピラミッド』
北欧ミステリの帝王、ヘニング・マンケルが生んだスーパースター、イースタ署の刑事クルト・ヴァランダー。そんなヴァランダーが初めて登場したのは、ガラスの鍵賞受賞の『殺人者の顔』だが、本書はヴァランダーがまだ二十代でマルメ署にいた頃から、イースタ署に移ってから、『殺人者の顔』直前までを埋める5篇を収める。
マルメ署のパトロール警官だったヴァランダーが隣人の死の真相を調べる「ナイフの一突き」、同じくマルメの刑事課に移ったヴァランダーがクリスマス・イヴに事件に巻きこまれる「裂け目」、イースタ署の刑事課に移ったヴァランダーが出会った事件「海辺の男」「写真家の死」「ピラミッド」と、殺人課の刑事に憧れる若きパトロール警官が、様々な事件の経験を経て、イースタ署の中心的な捜査官になってゆく過程が描かれており、シリーズ読者にはこたえられない。
ちなみに、『殺人者の顔』ではすでに離婚していた妻モナとの出会い、結婚、別居が描かれているのも興味深い。
ヴァランダーの知られざる過去を知ることができる贅沢な短篇集。
●『霜の降りる前に』上下(2016年1月刊)
男は湖岸で餌をついばむ白鳥に火をつけた。炎となった白鳥が飛び上がり湖に沈むまで、一分とかからなかった。警察に通報した。そのあと男は携帯電話を湖に放り投げ、闇の中に姿を消した……。
リンダ・ヴァランダー、まもなく三十歳。警察学校を修了して秋からイースタ署に赴任することが決まり、この夏は父クルトのアパートに同居している。同居が始まると、父娘はすぐに苛立ちを感じ、口げんかもちょっちゅうだった。父親のアパートから出るためにリンダはすぐにでも警察署での仕事を始めたかったが、始まりは九月十日と決まっていた。
久しぶりの故郷で、リンダと十代の頃の友人ふたりとの付き合いも復活した。だが、その友人のひとりアンナがいきなり行方不明になってしまったのだ。いなくなる直前にアンナは、彼女が幼いころに姿を消したままの父親の姿を見たと、リンダに漏らしていた。アンナになにが起きたのか? 心配のあまり、まだ警察官になっていないからと諫める父の制止を無視して、リンダは勝手にアンナの足取りを調べ始める。
一方イースタ周辺では、白鳥が燃やされる事件、子牛が焼き殺される事件、そしてペットショップに放火される事件と、奇妙な事件が続いていた。頭のおかしい人間の仕業なのか。動物虐待なのか。
さらに小路を探検していた中年の女性が行方不明になったとの通報が入る。そして驚いたことに、リンダのいなくなった友人アンナの日記に、その行方不明の女性の名前があったのだ。ふたりはどこかで繋がっていたのか? リンダの不安は増すばかり。そして調べているうちに、行方不明の女性が乗っていたバイクを見つけてしまった。娘の勝手な行動に父クルトは怒りを爆発させる。
人気の刑事クルト・ヴァランダーが娘のリンダと難事件に挑む。スウェーデンミステリの帝王のシリーズ第9弾。
●『ファイアーウォール』上下(2012年9月刊)
二人の少女がタクシー運転手を襲う事件が発生。19歳のソニャがハンマーで殴り、14歳のエヴァがナイフで刺した。被害者の男は瀕死の重傷を負い、その後死亡した。
逮捕された少女たちは単なる金欲しさの犯行だと自供、いっこうに反省する様子もない。
ヴァランダーにはどうしても彼女たちが理解できなかった。もしかすると、ほかに隠された動機があるのではないか?
そしてあまりにふてぶてしい二人の態度……。尋問の席で母親を罵倒し殴った14歳のエヴァに腹をたてたヴァランダーは、思わず彼女に平手打ちを食らわせてしまう。
ところがまさにその瞬間を署内に入りこんだ新聞記者に撮られ、写真をマスコミに流されてしまったのだ。味方だと信じていた署長の、そして仲間の不信に、孤立感に苛まれるヴァランダー。自分は、もう捜査の指揮をとることはできないのか。
だが、そんなヴァランダーの苦悩をよそに、事件は意外な展開を見せる。タクシー運転手殺人で逮捕されたソニャが脱走したのだ。
そして警察の必死の捜索もむなしく、彼女は変電所で死体となって発見された。
なぜ彼女は死んだのか? 単純なはずの事件が一気に様相を変えた。
一方、タクシー運転手の事件と同じころに一人の男性が現金自動支払機の前で死亡していた。病死だと思われたそのITコンサルタントの男性の死体がモルグから盗まれ、かわりにソニャとの繋がりを疑わせるものが置かれていた。
男の周辺を調べ始めたヴァランダーは、コンピュータに侵入するために、天才的なハッカーの少年の手を借りる。
若者たちの心理と、新しい時代の犯罪についてゆけず、苦しむヴァランダー。人気シリーズの転換点ともいえる第8弾。
●『背後の足音』上下
夏至前夜、三人の若者が自然保護地区の公園でパーティを開いていた。十八世紀の服装、音楽、美味しい料理、ワイン。物陰から彼らをうかがう目があるとも知らず……。
イースタ警察署に一人の母親から、娘を捜してくれという訴えがあった。夏至前夜に友人と出かけて以来、行方がわからないというのだ。旅先から絵はがきが届いてはいるのだが、筆跡が偽物らしいというのだ。
母親の熱意に動かされたヴァランダーは捜査会議を招集したが、同僚の刑事のひとりが無断で欠席した。電話をしても応えるのは留守番電話ばかりで、いっこうに連絡がとれない。几帳面で遅刻などしたことのない彼が、なぜ?
不審に思ってアパートを訪ねたヴァランダーの目の前に、信じられない光景がひろがっていた。
長年一緒に仕事をしてきた同僚が殺された。そのあまりに無惨な殺人現場に、イースタ署の面々は言葉を失う。どうやら彼は休暇まで使って、例の若者たちが失踪した事件を一人で調べていたらしい。
二つの事件は同一犯の仕業なのか。調べ進むうちに、次第に明らかになる、同僚刑事の隠された素顔。自分はいったい彼の何を知っていたというのだろう。
捜査陣の焦燥感がつのるなか、次の犠牲者が……。
糖尿病からくる身体の不調と闘いながら、ヴァランダーは事件の真相に迫る。
現代社会の病巣を見事に描いた、北欧の巨匠、マンケルの傑作。CWAゴールドダガー賞受賞シリーズ第7弾。
●『五番目の女』上下
父親と二人のローマ旅行は思いがけず楽しいものになった。太陽の光に満ちたローマ。父親の憧れだった芸術の街。
つきあっているリガの未亡人バイバとの仲も進展させたい。郊外に家を買って、バイバと住もう。犬も飼うのだ……。ヴァランダーの想いはふくらむ。
素晴らしかったその一週間に別れを告げ、イースタ警察署に戻ったヴァランダーを待ち受けていたのは、無人の花屋に何者かが押し入ったという通報だった。
店主は旅行中で、盗まれたものは何もない。その次には一人暮らしの老人が失踪した疑いがあるとの訴え。
一見大したことがなさそうな二件の事件。だが、失踪した老人が濠の中で串刺しの死体となって発見されるにいたり、事件は恐るべき様相を見せはじめる。
これがヴァランダーを、そしてイースタ署の面々の心胆を寒からしめた奇怪な事件の幕あけだった。
無惨にも串刺しにされ殺された老人の金庫には、傭兵と思われる人物の日記が入っていた。この中に手がかりが隠されているのだろうか?
捜査を進めるヴァランダーのもとに、父親急死の報がはいる。せっかく心を通わせることができた矢先だというのに……。
だが哀しみにひたっている暇はなかった。行方がわからなくなっていた花屋の主人が遺体で発見されたのだ。長いこと監禁されたうえで殺され、森の中で木に縛りつけられていたらしい。
これはまだ始まりにすぎないのだろうか。新しい連続殺人の幕開けなのか?
現代社会の問題をあざやかにあぶり出す、北欧ミステリの真髄。CWAゴールドダガー受賞作シリーズ第6弾。
●『タンゴステップ』上下
彼は54年間、眠れない夜を過ごしてきた。
森のなかの一軒家、選び抜いたダークスーツを着て、人形をパートナーにタンゴを踊る。だが、その夜明け、ついに敵が彼を捕らえた……。
ステファン・リンドマン37歳、警官。舌ガンの宣告を受け、動揺した彼が目にしたのは、自分が新米のころ指導をうけた先輩が、無惨に殺害されという新聞記事だった。動機は不明、犯人の手がかりもない。治療を前に休暇をとったリンドマンは、単身事件の現場に向かう。
殺された元警官モリーンの住んでいた場所を訪ねたリンドマンは、地元の警察官と協力しつつも、独自に捜査を開始する。だが、調べを進める彼の前に、新たな死体が。殺されたのはモリーンの隣人だった。同一犯の仕業か、それとも……。
次々とあきらかになる、先輩警察官の知られざる顔、そして意外な過去。自らの病に苦しみ、迫り来る死の恐怖と闘いながら、リンドマンは真実を追い求める。
ヨーロッパ各国で揺るぎない人気を誇るヘニング・マンケルが、現代スウェーデン社会の闇と、一人の人間としての警察官リンドマンの苦悩を鮮やかに描き出す!
CWA賞受賞作『目くらましの道』のあとに続く、スウェーデン推理小説の記念碑的作品。
●『目くらましの道』上下
イースタ署のヴァランダー警部は、夏の休暇を楽しみにしていた。現在交際中のリガの未亡人バイバと旅行に行くのだ。幸い今年は暑く気持ちのいい夏になりそうな気配。このまま何事もなく過ぎてくれればいいのだが……
そんな平和な夏のはじまりは、1本の電話でひっくり返された。不審な女性が畑にいるという通報がはいり、ヴァランダーがかけつけてみると、農家の菜の花畑に少女いた。なにかに怯えている様子の少女は、ヴァランダーがとめる間もなく、灯油をかぶり自らに火をつけて焼身自殺。身元も自殺の理由も不明だった。
そして目の前で少女が燃えるのを見たショックに追い打ちをかけるように、事件発生の通報が入る。殺されたのはイースタで隠遁生活をおくっている元法務大臣。背中を斧で割られ、頭皮の一部を髪の毛ごと剥ぎ取られていた。
あまりに凄惨な殺害方法に、ヴァランダーらイースタ署の面々に戦慄がはしる。
だが、これはほんの手始めにすぎなかった。
ひとりめの犠牲者の元法務大臣に続いて、美術商が、さらに盗品の売人が同様の方法で殺害された。しかも犯行は次第にエスカレートし、3人目の男は生きているうちに両目を塩酸で焼かれていた。
3人の犠牲者に共通するものは? そしてなぜ3人目だけが目を潰されたのか? 犯人の目的は何なのか?
常軌を逸した連続殺人にヴァランダーらの捜査は難航する。そして4人目の犠牲者が……
CWA賞受賞の傑作。現代社会の病巣を鋭くえぐる、傑作シリーズ第5弾。
●『笑う男』
前作『白い雌ライオン』の事件で心に傷を負ったヴァランダー警部。恐ろしい記憶から、良心の痛みから逃れようとイースタを離れ、アルコールに溺れ、それでもなお立ち直ることができずにいる彼を救ったのは、かつて若く幸せだった頃、別れた妻のモナと共に滞在したことがある、デンマークの片田舎、イッランド島スカーゲンの砂浜だった。
来る日も来る日も誰とも言葉をかわすことなく、たったひとりで砂浜を歩くヴァランダー。自分の内面を見つめなおし、再構築し、癒していく、気の遠くなるような孤独な作業の末、彼がたどり着いた結論は、これ以上警官を続けることはできない、というものだった。
そんなヴァランダーのもとに、思いがけずひとりの男が訪ねてきた。友人の弁護士ステン・トーステンソンだった。共同で弁護士事務所を営む父親が交通事故死したのだが、どうも腑に落ちない点があり、彼に力を貸してほしいのだという。だが、自分自身の問題だけで手一杯のヴァランダーは力を貸すことなどできないと言って、すげなく断ってしまう。
いよいよ辞職の決意を伝えるべくイースタに戻ったヴァランダーが、新聞で見たのは、そのステン・トーステンソンの死亡記事だった。数日前、スカーゲンの海岸で話したばかりの彼がなぜ? 同僚の刑事マーティンソンに問い合わせて、ステンの死因が他殺であると知り、ヴァランダーは愕然とする。
辞職の決意などどこへやら、驚く署長、同僚を尻目に復職し、弁護士親子の死の謎を追い始めるヴァランダーだが……。
さて、シリーズ5巻目ともなると、ミステリとしての面白さ(CWA受賞作ですから)もさることながら、主人公であるイースタ署の警部クルト・ヴァランダーと彼をとりまく人々の人間ドラマとしての面白さもひとしお。
2巻目『リガの犬たち』では、事件捜査でイースタに派遣されてきたラトヴィアの捜査官が殺され、ヴァランダーはなんとその未亡人バイバ・リエパにひとめぼれ、彼女のためにとひと肌もふた肌もぬいでしまうのですが、3巻目、4巻目を経て、なんとこの『目くらましの道』ではこれまでの猛アタックが実り、めでたくバイバと夏の休暇をすごすところまでこぎつけています。
連続殺人事件の捜査を推し進める一方で、事件が長引き休暇旅行にいかれなくなるかもしれないことを、なかなかバイバに電話できないでいる。好きな女性に対しては不器用で臆病、そんなヴァランダーの姿が浮かびます。
また、1巻目の『殺人者の顔』からずっと、警官という職業を選んだヴァランダーを非難しつづける父親とはなにかと衝突をしてきましたが、巻を追うごとに、その父親との関係も微妙に変化しています。『笑う男』では、父親と仲がよかった頃のことがヴァランダーの回想にたびたび登場しましたが、父親の再婚、そしてアルツハイマー発病をへて、ようやくヴァランダーと父親の関係が修復されるのが、この『目くらましの道』です。とくにラストでヴァランダーが、画家である父親の長年の夢だった、イタリアへ共に旅立つシーンは胸をつきます。事件の重苦しさを補ってあまりある暖かさがあるのです。
もうひとり、忘れてはならないのが、ヴァランダーのひとり娘リンダ。『白い雌ライオン』では犯人に誘拐され、『笑う男』ではアルコール中毒一歩手前の父親を叱りつけと、なんだかとばっちりばかりのリンダですが、この『目くらましの道』では、小さい頃にヴァランダーの持ち帰った捜査書類や、目撃者の事情聴取をこっそり読んでいたという意外な過去が判明。家具職人になると言ってみたり、演劇に首を突っ込んでみたりと、将来についていろいろ悩み多き年頃の彼女ですが、実は2002年に刊行された『霜の降りる前に』へと至る布石が、こんなところに置かれていたとは……。
(2007年1月5日/2020年8月27日)
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