この胸の痛みほど
人生で愛おしいものはない。

廃墟の村パライソ・アルトを訪れる純粋で繊細な人々。
奇妙な天使が、彼らの最期の瞬間を見守ってくれる。

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スペイン発、美しくも奇妙な物語をお届けします。

本書『天使のいる廃墟』の舞台は、生と死のはざまにある打ち捨てられた廃墟の村、「天空のパラダイス」という意味をもつ「パライソ・アルト」です。そこには人生を諦め、命を絶とうと決めた人々がやって来ます。彼らを迎えるのは、黒いスーツにオリーブ色の帽子をかぶった「天使」の男。案山子ようないでたちで、鉤爪まである不思議な存在です。彼は、パライソ・アルトにやって来た奇妙な人々の話を聞き、「向こう側」への旅立ちを見送ります。

本書の魅力は何といってもパライソ・アルトを訪れる奇妙なひとたち。純粋で繊細な彼らは、現れた瞬間からとにかく個性的です。逆立ちで現れたうなじにコウモリのタトゥーがある少女、車に積んだ札束を燃やしたいという大物銀行家のような男、口を利かず、横笛の音色で受け答えする男……。
他にもさまざまな人物が現れますが、彼らがいったいなぜ「そう」なのか、そしてどんな生い立ちで、どのような事情でパライソ・アルトにやって来たのか。それぞれ、興味深いエピソードを抱えています。
ずっしりとした重さやしんどさを感じる事情もあれば、軽やかで明るい気持ちにもなれるほっこりする事情もあります。詩人であり作家である著者による端正で美しい文章で語られる彼らの「物語」に、胸を打たれることは間違いないでしょう。

幻想的で、現実なのかどうかも曖昧になってしまうような雰囲気の作品ですが、本書が執筆された背景には社会的な批判や危機感もあります。
パライソ・アルトは架空の村ですが、著者は、小さい頃はよくそれに似た廃村で遊んでいたものだった、そういう村はいまでもごく身近なものだと話しています。都市化が進んだ影響で、農村部の人口が著しく減少しているヨーロッパ。なかでもスペインはその傾向が特に顕著で、深刻な過疎化が進行中です。パライソ・アルトという名前は実在する廃村から取ったそうで、死のうと決めた人々が無人の村を訪れてくる構想も、実際にあった一家惨殺事件に着想を得たそうです。
その村は痛ましい出来事がきっかけとなって住人が逃げ出してしまい、5年後には無人になりました。しかし著者は、後年そこへ命を絶ちにやってきた若い女性がいたことを新聞で読み、ずっとそれが心に残っていて、本書を書くきっかけになったそうです。
単純に美しくも不思議な幻想小説と捉えることもできますが、このような社会的な事情が織り込まれた本書を、別の角度から眺めてみるのも、物語の奥行きを深める助けになるのではないでしょうか。

「死」という複雑で重い題材を扱っていますが、ユーモラスな軽やかさが漂っているところも本書の魅力です。切なさ、あたたかさ、そして何より人間という存在の純粋さを感じられる作品です。同じスペインの作家で、本書と同じ白川貴子先生が翻訳されたイバン・レピラ『深い穴に落ちてしまった』や、日常と異常の境界線を越えて異様な事態を引き起こしてしまった人々を描く短編集『10の奇妙な話』などが好きな方にもおすすめの一冊です。

このような独特で、美しくも奇妙な物語の世界をカバー装画で見事に表現してくださったのが、石川県金沢市在住の画家である若林哲博さんです。作品を深く読み込み、本の面から裏までぐるりと繋がる絵のなかに、物語のさまざまな場面や描写をちりばめてくださいました。本書のカバー装画のデータがメールで届いてそれを見た瞬間、あまりの素晴らしさに息をのんだことを覚えています。心が落ち込むことが多かったここ数か月、美しいものを見るのはやっぱり心を軽くしてくれるなーとしみじみ感じました。

天使のいる廃墟_カバー



そして素晴らしい装画を華麗にデザインしてくださったのが、next door designの岡本歌織さんです。何案もデザインラフを出してくださり、どれも素敵なので選ぶのがとても大変でした。カバーを外した表紙も、コラージュ風のデザインになっていておしゃれですし、カバーや帯に選ばれた紙もすごい! カバーに使っている紙はちょっと油絵のキャンバスみたいな肌触りで、若林さんの絵のタッチにぴったりです。ぜひ書店で手に取って、確かめて見ていただけますとうれしいです。

『天使のいる廃墟』は、6月12日頃刊行です。長く愛してもらえる本にしたいなと思って編集した作品です。ぜひご一読いただけますと幸いです。

(東京創元社S)

*海外書評など

自由で、詩的で、誠実で、神秘的で、重要な唯一無二の本だ。
〈ラ・バングアルディア〉紙

暗示的でオリジナリティに溢れた驚くべき小説だ。
〈ラ・ラソン〉紙

フリオ・ホセ・オルドバスには作家としての優れた才能がある。登場人物のひとりが「作家を偉大たらしめるのは、夢で見る銀の糸を、現実世界の針の穴にとおす腕前なんだ」と言っている。みな、間違いなくその言葉に同意するだろう。
〈ラ・ヌエバ・エスパーニャ〉紙