史上初の三年連続ヒューゴー賞受賞として
大きな話題をさらったのは
ご存じの方も多いだろう。

渡邊利道 Toshimichi WATANABE


第五の季節

 本作は、アメリカの作家N・K・ジェミシン N. K. Jemisin が二〇一五年に発表した長編小説The Fifth Seasonの全訳である。翌年のヒューゴー賞長編部門を受賞し、ネビュラ賞、世界幻想文学大賞、ローカス賞にもノミネートされた。続編のThe Obelisk Gate(2016)、The Stone Sky(2017)とともにThe Broken Earth(破壊された地球)三部作を構成し、そのすべてがヒューゴー賞を獲得。史上初の三年連続ヒューゴー賞受賞として大きな話題をさらったのはご存じの方も多いだろう。

 本作の舞台となるのは数百年ごとに〈第五の季節〉と呼ばれる大規模な天変地異が発生し文明が崩壊の危機に立たされる世界。超大陸スティルネスを支配するサンゼ人の帝国は、熱や運動などのエネルギーを操る能力を持つ人々・オロジェン(蔑称でロガとも呼ばれる)を訓練し従わせる体制によって文明の崩壊を防ぎ隆盛を誇っていた。献辞を見れば分かる通り、本作は災厄を呼ぶものとして憎まれ、時に虐殺の対象ともなってきたオロジェンたちを中心として、理不尽な世界と戦うものたちを描いた長編小説である。
 物語は三つのパートが交錯しながら展開する。まずオロジェンであることを隠し夫と二人の子供(息子と娘)と暮らす平凡な主婦として暮らしていたエッスンのパート。彼女ら一家は平穏に暮らしていたが、ある日新たな〈季節〉の到来を告げる巨大な地震が町を襲い、それがきっかけで能力に気づいた夫が息子を殺害。娘を連れて失踪した夫を追って、エッスンは町を出る。町の外で道連れになった、真っ白い肌の子どもの不思議な力に導かれ、彼女は迷うことなく旅を続ける。
 次いで、オロジェンを恐れる家族によって虐待同然のひどい扱いを受けて納屋に閉じ込められていた少女ダマヤのパート。彼女は家族から連絡を受けた帝国の〈守護者〉シャファに引きとられ、オロジェンの力をきちんとコントロールする訓練を受けるため首都ユメネスに向かって旅立つ。
 三つ目はそのユメネスにあるオロジェンの訓練組織フルクラムでエリート教育を受けた若い女性サイアナイトのパート。フルクラムで訓練された帝国オロジェンの階級を示す指輪を四つ持つ彼女は、海辺の町アライアで、船の障害となっている珊瑚礁を処理する命令を受ける。アライアへの旅には、導師として最高位である十指輪のアラバスターを同行しなければならない。彼と同衾し、新たなオロジェンを妊娠し出産することが、この旅のもう一つの目的なのだ。この任務を果たせば、サイアナイトには上級オロジェンに昇格する道が開かれる。しかしこのアラバスターがとんでもない嫌な男というかほとんど狂人なのだった……。

 本作の最大の特徴は、その語り口の奥深い豊かさである。どこからともなく語りかける文体で息子の死に打ちのめされる匿名の女性が三人称で描き出されるプロローグからはじまり、数百年ごとに文明が崩壊する大地の歴史というよりもむしろ神話がきわめて暗示的・象徴的な文体で悠揚と語られる。古代からの言い伝え(石伝承)や、巨大な遺物であるオベリスク、そして石喰いと呼ばれる不思議な存在についてやつぎばやに、神話と歴史が混淆する語りの中で次々と触れられていく。この部分は少々読みにくいものの、小説全体を読み解く鍵がいっぱい隠されているので、読了後にもう一度読み直すのもいいかもしれない。
 匿名の女性は「エッスン」と名前が明かされ、本編に入るとすぐさま「あんた」と二人称で呼びかけられる。視点のダイナミックな変動はここまでで、ここからストレートな物語となり一気に読みやすくなるので、冒頭部でとっつきにくさを感じてしまった読者はサラッと読み飛ばして本編に入ってもよいだろう(そして前述したように最後まで読んでから再読するのだ)。
 二人称のエッスンのパートと違い、ダマヤ、サイアナイトのパートはごく普通の三人称で語られるのだが、中年(母親)、少女、若い女性という三つの年代の視点から描かれる世界はそれぞれ感情的な色彩とでもいうようなものが違っている。また彼女らの旅の道連れとなる三人の男性は、それぞれ世界の秘密への案内人とでもいった役割を果たす。さらに、この三つのパートはそれぞれ中途で大きなシフトチェンジをして、エッスンは地下にひろがる古代文明が遺した水晶の都市に入り込むことになるし、ダマヤはフルクラムでの訓練の日々を描く一種の学園ものに、サイアナイトは超大陸から離れた島で海賊たちと邂逅するという展開になる。多様な文化や地域差、またカーストによる差別など、複雑に構築された世界で巧みに張り巡らされた伏線を結びつけ、大小さまざまな謎を提示し解明しながら物語を進めていく手際は実に見事なものだ。
 SF的なアイディアとして面白いのはまずオロジェンの力だろう。オロジェンは大地の運動を察知(地覚)し、みずからを触媒として周囲の熱や運動といったエネルギーを転送して操る能力を有する。なので彼らが力を揮うと周囲は一気に凍りついたりする。そしてそのずば抜けた力を制圧する〈守護者〉の力にも、物理的な裏付けがある。また、強力なオロジェンの力は巨大な山嶺をも揺り動かす凄まじいものだが、一応理屈が設定されており、能力の多寡によってできることやその仕組みへの理解度も異なるので、バトル要素のある超能力ものとして精彩のある場面が次々に描かれるのも本作の大きな読みどころである。他にも前述した石喰いやオベリスクといった不思議な古代の遺物にいろいろな秘密があると示唆されていて、本作ではその一端が開示されるだけだが、おそらく三部作が進むにつれてもっと秘密が明かされてゆくはずであり、それを推理・想像するのも楽しい。
〈季節〉に対抗するという帝国の安寧を支える必須の能力を有するにもかかわらずむしろそれゆえに差別され抑圧されるオロジェンたち。おそらくそこには身体的負担が大きく時には死と隣り合わせとなる危険に身を晒して、妊娠・出産という種の維持への貢献を果たしているにもかかわらず、社会的に差別・抑圧されている女性たちのイメージが重ね合わされている。本作には、随所でエロティックな場面が描かれているが、その記述もきわめてフェミニンで、まったく味気ないものから多幸感あふれるものまで、多様性に満ち、単なる図式の提示に収まらない経験的世界の豊穣さを感じさせる。

 最後に作者について。ノーラ・K・ジェミシンは一九七二年アイオワ州生まれ、ニューヨークとアラバマ州モービルで育ち、マサチューセッツ州などを経てニューヨークに居を定める。テュレーン大学で心理学の学位を獲得。メリーランド大学の大学院に進みカウンセリングを学び修士号を取得。在学中に独学で小説の執筆をはじめたがうまくいかず、二〇〇二年に毎年秋季にマサチューセッツ州で開催されるワークショップViable Paradiseに参加。本格的に創作を学び直し、〇四年ごろから短編小説が雑誌などに掲載されるようになった。〇九年の短編「可能性はゼロじゃない」"Non-Zero Probabilities"(市田泉訳、《SFマガジン》二〇一一年十二月号掲載)は、出来事の発生確率がおかしくなっているニューヨークを舞台に、アイルランド系とアフリカ系のダブルである主人公の日常を描いた現代SFで、翌年のヒューゴー、ネビュラ両賞の短編部門にノミネートされた。一〇年の第一長編『空の都の神々は』The Hundred Thousand Kingdomsは、ローカス賞(第一長編部門)とセンス・オブ・ジェンダー賞を受賞し、ヒューゴー賞、ネビュラ賞、世界幻想文学大賞の候補となり、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞のオナーリストにも挙げられた。この作品はThe Inheritance三部作の一作目で、続編となる『世界樹の影の都』The Broken Kingdomsまでは佐田千織訳で早川書房から邦訳が刊行されたが、ネビュラ賞にノミネートされた最終巻のThe Kingdom of Godsは残念ながら未訳にとどまっている。また、一二年に刊行したThe Dreambloodシリーズ一作目となる長編The Killing Moonがネビュラ賞、ローカス賞、世界幻想文学大賞にノミネートされた。他に一八年に短編集How Long 'til Black Future Month?が、二〇年には新たな三部作The Great Citiesの第一作The City We Becameが刊行されている。長編小説は本作ふくめてどれも骨太な文化人類学的SFファンタジーである。
 作家としてもっとも精神的に影響を受けたのはオクテイヴィア・E・バトラー。他にタニス・リー、スティーヴン・キング、漫画家のよしながふみなどからも影響を受けたと言う。作品から推してもわかるように、徹底的なフェミニストであり、一三年に開催されたあるイベントでのスピーチで、アメリカSFファンタジー作家協会(SFWA)の会長候補として作家・ゲームデザイナーで極右活動家のセオドア・ビールが一定の支持を集めたことに触れ、ビールを「自称女嫌い、人種差別主義者、反ユダヤ主義者、その他数種類のクソ野郎(A selfdescribed misogynist, racist, anti-Semite, and a few other flavors of asshole)」と呼び、沈黙することは肯定するのと同じことだと述べた。結果的にSFWAを追われることになったビールは、ヒューゴー賞における反多様性運動「パピーゲート事件」の中心人物の一人となったが、本作のヒューゴー賞受賞はまさにその渦中での出来事だった。
 執筆と並行し長く心理カウンセラーとしても活躍していたが、一六年に専業作家となった。また、ボストンの作家グループBRAWLersや、スペキュレイティヴ・フィクションの批評グループAltered Fluidのメンバーである。公式ウェブサイトのURLはhttp://nkjemisin.com、ツイッターアカウントは@nkjemisin

 さて、前述したように、本作は三部作の一作目であり読み応えはたっぷりだが、本作だけではこの世界の謎はまったく解き明かされていない。続編のThe Obelisk Gateでは、エッスンと彼女の娘ナッスンの二つの視点で物語が再開され、さまざまな秘密がそこで明かされる。遠からず創元SF文庫から刊行予定なので楽しみにお待ちください。



【編集部付記:本稿はN・K・ジェミシン『第五の季節』(創元SF文庫)解説の転載です。】



■ 渡邊利道(わたなべ・としみち)
1969年生まれ。作家・評論家。2011年、「独身者たちの宴 上田早夕里『華竜の宮』論」で第7回日本SF評論賞優秀賞を受賞。2012年、「エヌ氏」『ミステリーズ!』vol.90掲載)で第3回創元SF短編賞飛浩隆賞を受賞。