『ライフ・アフター・ライフ』
ケイト・アトキンソン 青木純子 訳
 本書は、ヒロイン、アーシュラ・ベレスフォード・トッドが、幾度となく生まれては死に、その度に異なる様々な人生を生きる物語です。

 1910年の雪の晩、首に臍の緒が巻きついて生まれたためアーシュラは呼吸が出来ずに死んでしまいます。その日は大雪で、医師が間に合わなかったのでした、
 しかし、また同じ大雪の晩、今度は幸いにも医師が間に合って彼女は生を受けることになります。
 イギリスの田舎での子供時代、彼女は海で溺れて命を落とし、また別の生では、スペイン風邪で命を落とす。かと思えば、兄に投げ捨てられたリリアン編みの道具を取り戻そうとして、屋根から落ちて死亡、別の人生では、ドイツでフューラーと呼ばれる男の暗殺を企て銃撃され……さらにはロンドン大空襲で命を落とすのです。
 なんという繰り返し。いえ、繰り返しではなく書き換えということでしょうか。パリンプセストのように何度でも上書きされていく人生。

 デジャヴュとは、生き続けられなかった、今とは別の人生のかすかな名残、かすかな記憶なのかもしれません。
 そういえば、私は子供時代のほうが頻繁にデジャヴュを感じた気がします……。長く生きてしまった大人にとって、以前の別の生はかなり遠いものになっています。子供時代であれば、その前の、あるいは、そのまた前の別の人生はまだそう遠くには行っていない……。だからでしょうか、と妙に納得できるのです。
 
 ケイト・アトキンソンは、『博物館の裏庭で』(新潮社)で、ウィットブレッド文学賞(後にコスタ賞と名称変更)を受賞しました。そして本書でもコスタ賞を受賞。さらに、本書の姉妹編といわれる A God in Ruinsでもコスタ賞を受賞しています。つまり、コスタ賞を三度受賞している作家ということになります。
 小社の海外文学セレクションの一冊として『世界が終わるわけではなく』(飼い猫が、気がつくと大きくなってソファにすわりアイスクリームをバレルから食べている ! というような、なんとも独創的な話がいくつか詰まった短編集)を刊行すると、その独特の感性の虜(とりこ)になった読者は多かったはずです(現在品切れ中)。
 また、彼女は探偵ジャクソン・ブロディが活躍するミステリのシリーズも書いており、イギリスではテレビドラマ・シリーズにもなっています(小社では、同シリーズの『探偵ブロディの事件ファイル』『マトリョーシカと消えた死体』の二冊を刊行しましたが、残念ながら、こちらも現在品切れ中)。小社のケイト・アトキンソン作品はいずれも青木純子さん訳です。
 
 ループものと呼ばれる作品はいくつもありますが、アトキンソンの作品は、ひと味違う読み心地で、新しい発見がある素晴らしい読書体験になると思います。そればかりか、人生について大いに考えさせられることにもなるでしょう。
 正しく生きられるまで何度でもやりなおせたら……。そうしたら、どんなに素敵なことでしょう !

海外の書評から
◆人生の分かれ道について、夢やデジャヴュについて、そして時の壮大な企みについて深く考えさせられる小説だ。――サンデー・エクスプレス
◆もしも感動したいなら、本書をお読みなさい。もしも素晴らしい贈り物をしたいなら、お友達のために本書をお買いなさい。――ヒラリー・マンテル
◆読み終えた途端に読み返したくなる(まるで主人公の人生のように)稀有な小説。

※いくつもの人生への扉と、少女と大人の女性……アーシュラの世界を雰囲気のある作品として描いてくださったのは、牧野千穂さん。そして、魅力溢れる一冊に作り上げてくださったのは、ブックデザイナーの柳川貴代さんです。(編集部M・I)