2019年3月に刊行され、SF界隈のみならず幅広い本読みのみなさまの間でご好評をいただいてきた酉島伝法さんの初長編
『宿借りの星』が、このたび第40回日本SF大賞を受賞いたしました!
そこで、受賞お祝い&記念企画として、まだ
『宿借りの星』を読んでいない方にもご興味を持っていただけるように、また、この作品で初めて酉島さんを知ったよ! という方にもさらに酉島作品の面白さを知っていただくために、〈20の質問〉にお答えいただきました。
●祝・『宿借りの星』日本SF大賞受賞!!
質問1 まずは、初長編にして二冊目の著書『宿借りの星』での二度目の日本SF大賞ご受賞、まことにおめでとうございます!
SNS等で読者の方々の感想を見ていると、本書が初・酉島作品という方も実は多かったようですね。そういったみなさんにむけて、改めて近況報告も含めた自己紹介をお願いします。
ありがとうございます。望外のことで、受賞の連絡をいただいたときは二度見する感じで聞き直してしまいました。
2011年に第二回創元SF短編賞でデビューしてから、人間の出てこない小説や人間の出てくる小説などを色々と書いてきました。代表作は
『皆勤の徒』で、設定資料集
『隔世遺傳』(電子オリジナル)や英訳版
"Sisyphean"(Haikasoru ダニエル・ハドルストン訳)なども出ています。挿絵を自分で描くことが多く、
『SFマガジン』では4pのイラストストーリー
「幻視百景」を連載しています。
質問2 『宿借りの星』を楽しんでくださった読者の方々に伝えたいことはありますか。こんな感想が嬉しかった!などなど。
お読みくださった皆様ありがとうございました。読み終わるのが寂しかったとか、二度目三度目を読んでいると書いてくださる方がけっこういてとても嬉しかったです。キャラクターの似顔絵や、羊毛フェルトで肉舞、編み物で風虹、和菓子で百舌、食べられる揚げ蟲などを作っておられる方もいて愉快でした。
羊毛フェルトで肉舞
編み物で風虹
和菓子で百舌
食べられる揚げ蟲
質問3 日本SF大賞はデビュー作『皆勤の徒』に続いて二度目のご受賞ですが、前回と今回でいちばん変わったと思うことを教えてください。執筆スタイルでも、好きな食べ物でも、髪型でもなんでもけっこうです。
『皆勤の徒』では、たいてい自分の部屋か喫茶店で書いていて、夜中も作業することが多かったのですが、
『宿借りの星』から昼間に川辺で書くようになりました。夜寝るの大事ですね。でも遅筆はさほど改善されていない気はします。
髪はグレーになりました。
●酉島先生ご自身について
質問4 改めておうかがいします。2010年に「皆勤の徒」で第2回創元SF短編賞を受賞しデビューされましたが、小説はいつ頃から書き始められたのでしょうか。また、新人賞に作品を応募される際、創元SF短編賞を選ばれたのはなぜですか。
デザインや絵の仕事に行き詰まりを感じた1999年頃、子供の頃に小説を書くのが好きだったことを思い出し、気分転換に書きだしました。せっかくなので好きな作品の多かった日本ファンタジーノベル大賞に送ってみたら一次選考に通り、二作目も書いて送ったらそれも一次に通り、その作品を大森望さんが『文学賞メッタ斬り』で触れてくれたこともあって本腰を入れだしたのですが、予選の波間に浮き沈みする状態がどこまでも続くばかりでした。大森さんが下読みから全部読む賞があればいいのに、と思っていたら創元SF短編賞が設立されたので、応募する以外の道はなかったです。おかげで箍を外して書けました。
【編集部注】現在、創元SF短編賞は選考委員、選考方法ともにリニューアルされています。詳しくは
こちらをご覧ください。
質問5 デビューされてから来年で10年、これまでSF以外にも純文学やミステリテイストの作品など、さまざまなジャンルでお書きになっていますね。ジャンルの違いについては意識されていますか。
様々なジャンルが混淆している、あるいはその枠組みからずれていく作品を読むのも書くのも好きなので、そういう意味では意識しています。書き分けているというよりは、イコライザー的に各要素の波形を調整している感じかもしれないです。新しい媒体から依頼されたときには、これまでとは違う波形を試みるきっかけにしますね。
質問6 酉島さんのTwitterを拝見すると、購入した本、読了した本に関する投稿が多いですが、この一年に読んだなかで「マイベストに入る!」と鼻息が荒くなった一冊を教えてください。
映画のメイキング本を読むのが好きなのですが、
『メイキング・オブ・エイリアン』は、これまでざっくり知っていた事情が隅々まで判る充実した内容で、夢中で読みました。去年読んだ中では、ルシア・ベルリン
『掃除婦のための手引き書』、エドワード・ケアリー
『おちび』、西東三鬼
『神戸・続神戸』あたりがすばらしかったです。あと
『カリブ海偽典』はかなり長い時間をかけて読んだのですが、圧倒されっぱなしでした。
質問7 最近、書斎(川)で遭遇した印象的な出来事を教えてください。
「猫の舌と宇宙耳」という、猫を飼ってはいけない世界の小説を書いていたら、連日のように猫がやってきて傍でくつろいでいました。お魚くわえたドラ猫が通り過ぎていったり、イタチがこちらを見つめていたりも。人間の両足が目に入ってこわごわ顔を上げると、堀晃先生が立っていたのには本当にびっくりしました。調べ物があって来ておられたそうです。あるときは土手の上を子連れの夫婦が歩いてきて、絵に描いたように幸福そうだなと思って見ていたら、その背後からレフ板やマイクやカメラを持った人たちが次々と現れたことがありました。ドラマの撮影だったんですね。撮影現場がだんだんわたしの坐っている場所に近づいてきて、とうとうスタッフの方に「30メートル向こうに行ってもらえませんか」と頼まれました。
質問8 『宿借りの星』にはめちゃくちゃおいしそうなパンが出てきますが、酉島さんのいちばん好きなパンは何ですか?
パンはなんでも好きですが、おいしいバゲットに巡りあえると幸福です。歯ごたえのある無花果パンやサクサクのデニッシュ、オリーブパンにフォカッチャに――主食でありながらおかずの振る舞いをするパンもあり、困ったものですね。
質問9 好きな悪役を教えてください。
小説では『族長の秋』の大統領や『ブラッド・メリディアン』の人智を超えた判事が忘れがたいです。映画では『狩人の夜』でロバート・ミッチャムが演じた偽伝道師や『ノーカントリー』でハビエル・バルデムが演じた殺し屋アントン・シガーなど。
質問10 執筆と読書のほかに、日課にしていることがありましたら教えてください。
たくさんの鉢植えに水やりをします。
質問11 書店で『宿借りの星』を手に取っているひとを見かけてしまいました! さて、どうしますか?
「ズゥォワい」とつぶやく。
●『宿借りの星』について
質問12 文庫版『皆勤の徒』が発売されたときにも〈20の質問〉を記事にさせていただきましたが、その中でこのようにおっしゃっています。
「東京創元社の新刊ラインナップ説明会(編集部注:2015年に開催されました)にて、巨大な大家さんや体の弱い神様などのスケッチを披露しました。ムーミン谷と『次郎長三国志』が融合した話になりそうです。」
『宿借りの星』は↑のような作品になりましたか? また、「これは当初構想になかった」という部分があれば、(ネタばれにならない範囲で)教えてください。
概ね説明会で話した通りになったと思いますが、このときのスケッチとはだいぶ印象の変わったキャラクターもいますね(例えば、主人公は軟体動物に近く脚もなかった)。マガンダラとマナーゾに関しては、好きだった時代劇ドラマ「花山大吉」の花山大吉と焼津の半次の関係性が強くなりました。当初構想になかったのは、脱皮処の存在ですね。居候先にしたことで登場人物たちが勝手に動き出すようになり、プロットになかった挿話が増えていきました。
ラインナップ説明会の時のスケッチその1
ラインナップ説明会の時のスケッチその2
ラインナップ説明会の時のスケッチその3 質問13 『宿借りの星』には主人公のような甲殻類や、植物っぽい生き物や虫っぽい生き物などたくさんの蘇倶(ぞく)が出てきますが、酉島さんがなりたい蘇倶は何ですか。これから読む方のためにその種蘇倶の特徴も併せて教えてください。
アメーバー状のンムヌオゥル蘇倶になって、ひっそり壁に張りついてみたい気はします。あとは鎧種系の種蘇倶になって、脱皮処で脱皮を経験してみたいですね。旧い鎧殻が外れた瞬間、体験したことのない清々しさを感じるだろうと思うんです。そして剥きたての鎧殻で外をそぞろ歩いて「とてもよいお皮殻ですね」と声をかけられたい。
質問14 Twitter上で行ったキャラクター人気投票で、「ガゼイエラ」が堂々の一位を獲得しましたね。この結果はいかがでしたか。これから読む方のためにガゼイエラのキャラクター紹介もお願いします。
自分でも気に入っていましたが、まさか一位になるとは。ガゼイエラは、棘だらけの多脚からなるカドゥンク蘇倶(彼らはかつての戦争で、人間の体を一瞬の内にばらばらにしたといいます)です。見張り役として主人公たちの旅に同行しますが、脱皮処でその腕を買われて色んな種蘇倶の甲殻を剥きまくり、数ヶ月先まで予約が詰まるほどに。実は凄腕の勝負師だったり、小さな夫を体のどこかに隠していたりもします。
ガゼイエラ 質問15 『宿借りの星』には酉島文学の特徴とも言える、“造語”がたくさん出てきますね。どのようにして造語を考えているのでしょうか。ネタ帳のようなものはありますか。 また、お気に入りの造語があれば教えてください。
普段から思いついた造語は書き留めていますが、その社会や文化が滲んでくるような造語体系が必要なので、作品ごとにいちから作り上げることになりますね。
『宿借りの星』では世界の在り方がなかなか掴めず、執筆を進めながら幾度も造語を変更しました。血闘値、拳闘識、武道酒、闘分、社攻、賭々ヶ所(ととかしょ)、梵語座、卑徒刺し指、卑徒裂き指――あたりは任侠的社会にしっくりくるものになったと思います。
思い入れがあるのは、毒草の〈仆斃草〉と〈化幣草〉という、字面までそっくりな植物ですね。〈仆斃草〉はもともと〈マガンダラ毒草〉という名前だったんです。その語感の良さに、途中で主人公の名前に昇格したのでした。
質問16 『宿借りの星』の特徴として、『皆勤の徒』以上に物語と融合した挿画がありますね。大人の本でこれだけの挿絵の入った作品は珍しいかと思いますが、どのようにして絵にする場面を選んでお描きになったのでしょう。また、レイアウトでこだわったところなどはありますか。
文章とスケッチを往還しながら進めていくので、ひと通り物語を書き終わった頃には、はっきりと絵が浮かんでいる場面がけっこうあり、順不同で一気に描いていきました。今回は文章だけでは把握しづらい異星生物が多数登場するので、一枚絵よりもカット的な挿画をたくさん描くことにし、造語だらけの文章を読む弾みになるよう、内容とリンクするレイアウトを心がけました(そのため、頁によっては一行ごとに一文字ずつ調整するという大変な作業を担当編集さんに強いることに。たいへんお疲れ様でした)。例えば、ナライマイ蘇倶とカドゥンク蘇倶(後のガゼイエラ)がマガンダラに迫ってくる場面では、読者とマガンダラの視点が一致するよう左右の頁のそれぞれに断ち切りで配置しています。
質問17 読者さんの感想の中で、「食べ物がおいしそう!」という声が多く聞かれました。架空の食べ物はどのようにして考えているのでしょう。また、実在の食べ物でも、『皆勤の徒』ならラザニア、『宿借りの星』ならパンなど印象深いものがありますが、小説に食べ物を登場させるとき、何かこだわっていることはありますか。
初めて食べたものを、新たな味として知覚できることがずっと不思議だったんですよ。元素周期表の空白みたいに、その味の席が用意されていたみたいで。架空の食べ物では、味覚周期表の空白を埋める気持ちで書いているところがありますね。いちから想像することもあれば、実際の食べ物の連想から生まれることもあります。例えば、スペインのシッチェスで、カルソッツというとても美味しい焼き葱料理を食べたのですが、ソースをつけてびよーんと頭上に掲げる食べ方が妙におかしくて、それが「皆勤の徒」の皿菅(けっかんもどき)になりました。とても美味しいものから、とてもズゥォワいものが生まれたわけです。
目指しているのは、読者が実際に食べていると感じられるような描写ですが、詳細に書けばいいというものでもなくなかなか難しいですね。尾崎翠の「途上にて」の一文にきんつばが出てくるのですが、さしたる描写もないのに無性に食べたくなって、いまでは好物になったことをよく思い出します。
質問18 もし今後、『宿借りの星』のスピンオフ作品を書くとしたら(期待の目)、どんなエピソードを書いてみたいですか?
登場場面は少ないのですが、ナントーヴォ蘇倶の楽士とラホイ蘇倶の扶助のコンビが気になっていて、いろんな倶土を巡る演奏旅行の様子を想像したりします。あとは三下だった頃のナッダトーリョ師がヌトロガ倶土の騒乱を収めた話とか、ガゼイエラが銀棘と呼ばれていた頃の話とか。
●これからについて
質問19 いま興味のあるテーマや、取り組んでみたいテーマはありますか?
テーマは書いてみるまで判らないことがほとんどです。幻想系や奇想系の作品はもっと書いていきたいと思っています。
質問20 今後のご予定(刊行予定・雑誌掲載予定など)を教えてください。
今年中に早川書房からSF短編集が刊行されるかもしれません。あとは某アンソロジーに短編が載る予定です。
酉島先生、お忙しいところありがとうございました。
第40回日本SF大賞受賞作
『宿借りの星』はネット書店さんでもお買い求めいただけます。
ぜひみなさまも蘇倶になりましょう!