2020年4月に刊行される『永遠の夏をあとに』。幼い頃に神隠しに遭った少年と、謎めいた少女をめぐって起こる不思議な出来事を描く、切ない夏の物語です。本書について、著者の雪乃紗衣氏に執筆秘話をメールでお伺いしました。

――まず、ご執筆する際は、テーマから思いつくことが多いのでしょうか。それとも、ストーリー、キャラクター、モチーフのどれかでしょうか?

私の場合はキャラクターが頭に浮かぶことがほとんどです。
この話は最初に小学6年生の男の子と、30歳の女性バイオリニストが浮かびました。
男の子が、バイオリンをもった女のひとに「小6だって案外大変なんだぜ、サヤおばさん」とぼやく光景でした。拓人は帽子をかぶって鼻の頭に絆創膏をはってて、サヤは白いワンピースを着てつばの広い帽子をかぶってましたね。
浮かんだストーリーは、今とはまるで違うものでした。


――メインキャラクターは、かつて神隠しに遭った過去を持つ少年・拓人と、自分のことを語りたがらない謎めいた少女・サヤ。彼らはどのようにして生まれたのでしょうか?

思いついたのは今から10年も前になりますかね。
その頃、友人が男の子を産みまして。この子が小学生になった頃、どうなっているのかなあと思ったら、小学生の男の子と30歳の女のひと、という二人の話が浮かんだのです。なので実は拓人は友人の息子さんの名をもじり、サヤは私の筆名の紗衣をもじってます。

拓人とサヤの交流の物語、不思議な要素のある話、久しぶりに拓人が「サヤ」と会うが、どうしてサヤが自分に会いに来たのかわからない、という要素は同じです。
そのときは、「拓人とサヤおばさんの不思議な話」という感じでしたね。
あ、本書のサヤは、名をもじっただけで、なまけものの私との性格の共通点はゴルゴンゾーラチーズオムレツが好きなところくらいしかありません……。


――拓人とサヤが登場するプロトタイプの短編は、『ミステリーズ!vol.87』(2018年2月号)に、『Mystic─ミスティック─』というタイトルで掲載されました。そこから現在の形に至るまで、どのような変遷がありましたか?

『ミスティック』より前に、拓人とサヤの話は別の媒体で少し書かかせてもらっています。そことも設定は若干違います。
設定を悩みながら書いたというより(いえ、悩みはしますが笑)、「雑誌」「ページ数」「そのときの私が彼らについてわかっていること」「掲載する媒体のテイスト」というような制限の中で「拓人とサヤの話なら書けそうだ。二人のどんな話が書けるだろう?」と筆を執り、それぞれ別の話になったという感じですね。本来、同じ主人公を別の媒体で書かせてもらえるというチャンスはないので、拓人とサヤは珍しい例外だと思います。
私の中ではどれも「あったかもしれない未来」あるいはパラレルワールドの拓人とサヤ、みたいな感じで見ています。
「本」はなんの制約もない、それだけに一番難しい。とことんまで主人公たちと物語について書き手の私がつかんでいないと、書けない場所だと思っています。
30才のサヤおばさんと拓人の話も、いつか形を変えて出てくるかもしれません。
今回は「拓人とサヤの一冊の物語を書こう」と思ったとき、二人がどう生きてきて、何を思っているのか、私が「つかむ」まで考えたら、この物語になりました。


――雪乃さんの作品といえば、《彩雲国物語》《レアリア》シリーズなどで見られるように、キャラクター同士の生き生きとしたやり取り、切ない恋愛模様、幻想的で美しい心情や風景描写といった特徴があります。本書も、雪乃節の真骨頂を発揮している作品だと思います。

ありがとうございます。
作品それぞれ、私の中で「この物語はこう書きたい、やってみよう」という書く目標みたいなものがあるんですが……。
今回は、目に見えないものを、光や風や手触り、心を、文字でとらえたい、どうやればつかまえられるだろう、というのが一つありました。できているかどうか、読者がどう感じるかは、わかりませんが……。……形容詞、コテコテかと。レアリアのクリームみたいなこってり具合とはまた違って(笑)。テンポ良くというより、ゆっくり読む文章になっていると思います。
「一冊なのに読むのに結構時間くうなこれ!」と思われたら、すみません。
……一冊なのに中身の分量は文庫二冊分あったりして……(これもいつものこと)
やっぱり雪乃だなあと、読んで思っていただけたら、嬉しいです。


――本書の重要なモチーフとして、泉鏡花『春昼/春昼後刻』が登場します。こちらを取り上げた理由は?

私自身が泉鏡花が好きなのもあるのですが。
執筆中というのは不思議に偶然が起こりやすく、書いていて悩んでいるとき、「たまたま」見たもの、入ってきた情報が「物語にはまる」ことがあるのです。
原稿を何度も書き直しながら、「どこかピースが足りない」と感じていたとき、『春昼・春昼後刻』をなんの気なしに読み……本書でも引用している女のセリフの場面で、「これだ」と腑に落ちたんです。「これは拓人だ」と。

あんまりにも『春昼後刻』のそのセリフの一つ一つが美しかったので……どうしてもそのまま使いたいと思い、物語に入れました。


――また、サヤはバイオリンを持ち、物語の印象的なシーンにおいて様々な曲を奏でています。彼女の設定は、どのようにして決まったのでしょうか?

最初に「サヤおばさん」が浮かんだとき、「まずい」と正直思いました……。「多分彼女は新進気鋭のプロのバイオリニストだ」(30歳のサヤおばさんの設定時)。
私といえば原稿に詰まり、突然家を飛び出してクラシックのコンサートに行くことはままあっても、音楽の素養は皆無。聞くのは好きでも、バイオリンをさわるどころか、近くで見たこともない……。私自身が、音楽のまるでない家で育ったのです。CDショップが町に1軒しかない、あっても二畳ぶんくらいのスペースという田舎育ちでしたしね。

よりにもよってそんな私の前に、クラシック楽器の王道「バイオリンを弾く女の子」がきてしまった……。
他の設定は変わっても、最初に浮かんだイメージはその子の本質であることが多いのか、滅多に変わりません。
おそらく「私が彼女の設定を決める」わけではないのです。現れた彼女は「私はこういうものです」とバイオリンをもってくる。彼女はバイオリンで何を弾くのか、どうして彼女はバイオリンをもっているのか、いつ、どんな風に彼女はそのバイオリンと巡り合ったのか……そんな風に彼女と相対し、一つずつさぐり、今のサヤになっていきました。
思えば『彩雲国』でも「中国古代の服着た女の子と王様が浮かんだ、どうしよう古代中国のことなんか全然わからないのに」というところから始まりましたね(苦笑)。


――本書の執筆にあたり、楽器や曲について、sources(ソーシズ)の皆さんに取材されましたね。

はい、それも思いがけないことでした。
サヤに、「書き手の私が音楽音痴なので、バイオリンはちょっと……」などと断じていえない。今浮かんでるサヤはバイオリニストでこそないけれど、プロなみの腕とバイオリンをもっているようだ、とは直感していました。
でも、バイオリニストの伝手なんてないぞ、わからないことは、今まで通り、図書館やネットで調べるだけ調べて書くしかない、と思っていた矢先、たまたま、知己の作家先生にsourcesのコンサートに誘われたのです。その先生がsourcesの方々と個人的にお知り合いというので、「今、バイオリンの話を書いているので、取材できたらいいのにナア」とまるきり冗談でいったら「じゃ、紹介するよ。楽屋行こう」と……。コンサート直後でへとへと、かつプロのバイオリニストへ「バイオリンて自転車のかごにのっけてもいいのでしょうかね」なんて今思えば途方もなくあほな質問をした作家は後にも先にも私くらいじゃないですかね……(「だめです」と、にこやかにお答えになりました)。
そんな偶然の幸運のおかげで、生まれて初めて、生の(?)バイオリンと、生の(?)音楽家たちを、間近で見ることができました。

幼いころからバイオリンを弾いている方にじかに取材をしたことで、物語は確かに変化しました。心から感謝しています。私のとんちんかんな質問の数々に、ちっとも怒らないでお答え下さったことにも。
作中の音楽関連の記述で誤りがあった場合は、ひとえに私の知識不足ゆえです。

また、このインタビューの最後に、作中で使用しているクラシック3曲と、sources作曲による本書テーマ曲がのっています。4曲とも、sourcesの皆さんの演奏です。
ぜひ、お聞きください!
まさか作中曲の演奏や、テーマ曲の制作までしていただけるとは夢にも思わず。
こんな「たまたま」があるの、と私にとって、かけがえのない機会となりました。


――拓人の同級生である、優等生の彰、しっかり者のすず花、不良少年の数馬など、他にも魅力的なキャラクターが出てきます。他のキャラクターは、どのようにして決まりましたか?

どの作品でもそうなのですが、主人公たちが今までどんな風に生きてきたのか、過去や物語をさぐっていく過程で、他の登場人物たちがでてきます。
私たちが「今の自分」になるまでには、「それまでどんな人と関わり、どんな出来事があったか」に、深く影響されると思います。拓人にはどんな友達がいて、どんな小学校生活を送っているのだろう? そう考える中、彰たちがでてきました。
私が登場人物を配置し、性格を決めても、書いていく途中で変わることはよくあります。「物語に都合の良いよう」設定した人物は、不思議に途中で動かなくなります。
そんなときは「私は彼らについてどこを見誤っている?」と考えます。わかるまで。


――拓人とサヤが再会したことを機に、町で不思議な出来事が起こり始め、周囲の人間たちも巻き込んで様々なことが起こります。幻想的な展開が綴られる一方、子どもたちが過ごす夏休みの描写も素晴らしいですね。

私が過ごしたもの、でなく、私にはなかった時間を書いた、ものですが。
すごくほしいものって、現実よりリアルに思い描くことがあると思います、頭の中で。
そもそも物語を書くことは、その最たるもののような。
自分の掌にはないけれど、世界のどこかにはちゃんと存在していると、わかっているもの。
「世界が平和になること」が今は夢でも、「きっとこの先そうなる」と信じて生きることは嘘じゃない。
「拓人たちが過ごしたあの夏」も、きっとこんな風に世界のどこかにあったと思って、描きました。


――そんな子どもたち以外にも、拓人の母で音楽ライターの花蓮、拓人親子の旧知で横笛奏者の鷹一郎、サヤを訪ねてくる青年・九条など、大人たちも魅力的ですね。

「大人であること」とはどういうことだろう。
私は最初にテーマを決めることはないのですが、書いているうちに通底するものがあることは、なんとなく感じており、これもその一つだと思います。
「歳を食ったからといって、素晴らしい大人になるわけじゃない」でも「歳を重ねても、良いものを手離さないままの大人はちゃんといる」。
子供の頃の私が、忘れないようにしようと思ったことの一つです。忘れないように書いているのかもしれません(笑)。


――執筆時、楽しかった点はありますか?

楽しいというか、1999年までの小ネタがちょろちょろ入っております。ある年齢層は「あっ」と反応するかも。若い読者は、「?」と思ったら、検索してみてください。
「カルボーン」は、1999年には販売中止になっていたようなのですが、子供のころの私の好物だったので、入れました。

――反対に、執筆時に苦労した点はありますか?

自分なりの目標だった、描写、です。
「今、この文章に、本当にあるべき言葉」を一つ一つさがしあてるのに、びっくりするほど時間がかかりました。ぴったりくる言葉が見つかると、これ以上ないほど嬉しかったですが……。
すみません、発刊予定がのびのびにのびたのは、ひとえにそのせいです。


――その他、印象的だったシーンはありますか?

それは、ぜひ私のほうが読者の皆さんに、聞いてみたいことです。
東京創元社さんまで感想をもらえたら、とても喜びます。私と担当編集が。


――拓人とサヤをめぐる謎が明かされた後に訪れる、切なくも美しいラストシーンが素晴らしいですね。

ありがとうございます。
推敲を重ねて場面や設定が大きく変化していく中、どんなに他が変わっても、決して変わらずに残りつづけるシーンというものがあります。どの作品でも。今回は、あの場面が、それです。

でも、本当に最後、エピローグの場面は、この稿のインタビュアーでもあり、担当編集である泉元さんの言葉で、生まれましたね。私の書き方はラストまでとりあえず書き上げ、そのあと頭から推敲していく方法。エピローグは「まだはまってないな」と思いつつ担当さんに初稿をだしたところ、「雪乃さん、このエピローグ、もうちょっとなんとか」と見抜かれました。
泉元さんとあれこれ話しているうちに、彼女のある言葉で、エピローグの場面がふっと浮かびました。一人でなく、担当編集と物語をつくりあげていく、醍醐味の一つですね。


――最後に、読者へのメッセージをお願いします。

当初の刊行予定より大幅に遅れてしまい、待っていてくださった方には、本当に「お待たせしました」です。
この本の刊行月(2020年4月)に、世界がこんな風になっているとは、思いもしませんでした。
この世界に拓人たちがいたなら、どこかで、満開の桜の花の下で、バイオリンを鳴らしているのかな、それとも自粛してるのかな、と、いろいろ考えます。
私たちが誰かを愛する気持ち、他者を気にかけ、思いやるあたたかな気持ちは、どんなときも、自ら捨てない限りは誰にも奪えず、もっていられるもののはずだと、どうか忘れずにいられますように(誰よりも私自身が)。
子供時代、不安だったとき、本を開きました。
本でなくても、音楽でも、美味しいご飯でも、愛する人との会話でも、なんでも、自分の心を温かくするものにふれ、大事な人を大事にして、過ごせますように。そうしてまた次の本で、皆様とお目にかかれますように。


――本日はありがとうございました!

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『永遠の夏をあとに』作中で登場するクラシック3曲と、sources作曲の本書テーマ曲を掲載いたします。4曲ともsourcesの皆さんが演奏しています。どうぞお聞きください。

モーツァルト『バイオリンソナタ第21番ホ短調 第二楽章』
 <Vn / 日髙隼人・pf / 野津永恒>


コルジェニョフスキ『小雀に捧げる歌』
 <Vn / 加賀谷綾太郎・Vn / 日髙隼人・pf / 野津永恒>


サティ『Je te veux(ジュ・トゥ・ヴ)』
<pf / 野津永恒>


『恋文』(『永遠の夏をあとに』テーマ曲)
<作曲、Vn / 加賀谷綾太郎・Vn / 日髙隼人・pf / 野津永恒>



●sources(ソーシズ)
sources_2020_1S
(左から)ピアノ/野津永恒(のつ・ひさのぶ)、ヴァイオリン/加賀谷綾太郎(かがや・りょうたろう)、ヴァイオリン/日髙隼人(ひだか・はやと)。

全員が桐朋学園大学在学中に結成された男性のツインヴァイオリンとピアノによるインストゥルメンタルPOPSユニット。
クラシック楽器の枠に捉われない楽曲と躍動感のある演奏で強い激しい曲からバラードまで、情景の浮かぶサウンドが彼らの持ち味でもある。
様々なコンサート会場や媒体に出演し、アーティストのサポート等も務めながらゲーム音楽の制作やイベントのテーマ曲を担当するなど益々活躍の場を拡げている。