生前に刊行された著書はわずか二冊の歌集のみ。それにもかかわらず日本文学史に名を刻み、没後から百年以上を経た今も愛誦される夭折の歌人・石川啄木。今年は第一歌集『一握の砂』の刊行からちょうど百十年を迎えます。
岩手県で生まれ育った啄木と、同郷で盛岡尋常中学校(現・盛岡第一高等学校)の先輩だった金田一京助、ふたりの親密な交友は有名です。方や新しい歌、新しい文学を志す奔放な歌人。方やアイヌ研究に始まる言語学と民俗学の領域を横断して、土地に根差した研究で功績を遺した堅実な学者。異なる分野で、一見相反する性格を有する二人が生涯の友であったのは、お互いの持っていないものへの憧れがあったのかもしれません。ちなみに同じ盛岡尋常中学校には、京助の同窓に『銭形平次捕物控』で名を馳せた、かの野村胡堂がいたことも有名です。
新しい歌を模索していた石川啄木のことです。きっとその創作活動のさなか、海外小説も多く読んでいたのではないでしょうか。事実、啄木は当初生活のため翻訳業に手を出したり、いわゆる「ローマ字日記」を書いたりもしています。推理小説の嚆矢とされるエドガー・アラン・ポーの「モルグ街の殺人」が小説家の饗庭篁村によって本邦初訳されたのは、啄木が生まれた翌年。詩人・萩原朔太郎と同じように、彼も推理小説を嗜んでいたかもしれません。もし啄木が探偵小説を読んでいたら、そして探偵に興味を持っていたら……そのようなアイディアで書かれたミステリが、伊井圭『啄木鳥探偵處』です。
『啄木鳥探偵處』は、生活に困窮した石川啄木が「啄木鳥探偵處」なる探偵事務所をたちあげ、明治の東京で起きる摩訶不思議な謎を金田一京助とともに解き明かしていく連作短編集。第一話となる「高塔奇譚」の時代は1909(明治42)年、まさに先程名前がでた「ローマ字日記」をつけていた年で、朝日新聞の校正係となり働くかたわら、処女歌集の準備をしている頃。まだ浅草には浅草十二階こと凌雲閣も健在で、見世物小屋とともに銘酒屋とよばれる私娼窟がたちならんでいます。明治開化を迎えて文化の濫觴期ならではの雰囲気のなか、浅草十二階にあらわれる幽霊、傀儡人形と役者の心中など、猟奇的な事件に二人が挑みます。いかがわしくも、失われてしまった文化へのノスタルジーを残す事件の数々は、真相と相俟って印象深いものばかりです。
その『啄木鳥探偵處』ですが、今年4月からアニメの放送が決まっております。啄木を浅沼晋太郎さんが、京助を櫻井孝宏さんが担当、明治の東京を所せましと駆け抜けるふたりに息を吹き込みます。
加えて、アニメでは野村胡堂、吉井勇、萩原朔太郎、若山牧水、芥川龍之介といった同時代の文士たちも多数登場。もちろん原作の第五話「魔窟の女」に登場する“あの少年”も加えて、豪華声優陣が手掛けます。
現在、原作もアニメのキービジュアルを使った豪華全面帯で発売しております。
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