元々の作者スティーグ・ラーソンの死を挟み、相続人たちの争いを経て、ダヴィド・ラーゲルクランツが書き継いだ《ミレニアム》シリーズが遂に(一旦)完結した。
『ミレニアム6 死すべき女』(ヘレンハルメ美穂、久山葉子訳 早川書房 上下各1500円+税)では、本シリーズの主役リスベット・サランデルが、宿敵たる実妹カミラと決着を付ける。また、もう一人の主人公ミカエル・ブルムクヴィストは、ストックホルムで亡くなった、アジア系とおぼしきホームレス男性の身元を追う。今回も、事件のスケールは大きい。エヴェレスト登山中に起きた悲劇が、あれよあれよと言う間に国家規模の陰謀譚に発展していく。

 毎度のこととはいえ、スケール拡大の手際が良くて感心します。サスペンス/スリラーとしての出来も申し分なく、緊迫した場面が頻出して読者を飽きさせない。キャラクターの掘り下げも堂に入っている。特に今回は、両主役が弱さを見せて読者のシンパシーを誘う。リスベットはカミラ殺害を躊躇(ちゅうちょ)し、自分が弱くなったのではと恐怖する。一方のミカエルも、精神的に不調であり、それが新たな恋や取材ネタに繋(つな)がっていく。本書の完成度は間違いなく高い。特にリスベットまたはミカエルが好きな人には必読と言えよう。

 なお本書は、続篇を作ることもできそうな結末を迎える。実際、ラーソンの遺族には、続篇を他の作家に書かせる意向があるそうだ。人気シリーズの著作権/版権の行方や如何(いか)に、という醜聞(しゅうぶん)上の興味も正直そそられるが、まずは正統に、リスベットおよびミカエルとの再会を期待します。

 続篇と言えばポール・アダム『ヴァイオリン職人と消えた北欧楽器』(青木悦子訳 創元推理文庫 1080円+税)も忘れがたい。シリーズ3作目の本書は、なんと日本向けに特別に書き下ろされたのである。出版不況――特に翻訳作品は酷い状態――の昨今、極めて稀(まれ)な事例というわけだ。
 ヴァイオリン職人ジャンニが講師を務めるイタリアの学校で、かつての教え子リカルドが講演を行った。そこで彼は故郷ノルウェーの民俗楽器ハルダンゲル・フィドルを取り上げる。その夜、リカルドは殺害され、フィドルも行方不明になってしまう。ジャンニは、リカルドの葬儀に出席するためノルウェーのベルゲンに赴(おもむ)く。

 既存2作と同じように弦楽器の王様ヴァイオリンを題材とするのではなく、遙かにマイナーなハルダンゲル・フィドルをメインに据える。リスクを恐れないその創作姿勢には共感を覚える。その意気や良し。イタリアとは全く異なる、ノルウェーの空気感をしっかり伝えているのも素晴らしい。

 また、モチーフとして活用しているイプセンの著名な戯曲《ペール・ギュント》を、現代の推理小説として見事に換骨奪胎(かんこつだったい)している点は強調しておきたい。プレイボーイであるペール・ギュントがふらふら洋行して冒険し倒すが、最後は尾羽(おは)うち枯らして帰国する。彼をずっと待っていた恋人ソルヴェイグの胸でペールは亡くなる――という専(もっぱ)ら男にとってのみ都合がいいこの古典戯曲をベースに、同じくプレイボーイでノルウェー国外に出たリカルドという、興味深い被害者を作り上げた。彼の性格こそ、この物語の方向性を決定付ける。

 なお同じくベルゲンを主要舞台に、《ペール・ギュント》にも題材をとった娯楽小説としては、ルシンダ・ライリー『影の歌姫』もお勧めしておきたい。当たり前だがモチーフが共通しても、作者によって全く異なる物語が生み出されるのである。小説とは、だからこそ想像力の沃野(よくや)なのだ。

影の歌姫〈上〉 (セブン・シスターズ) (創元推理文庫)
ルシンダ・ライリー
東京創元社
2018-07-20


影の歌姫〈下〉 (セブン・シスターズ) (創元推理文庫)
ルシンダ・ライリー
東京創元社
2018-07-20