「日常生活をいつも通りに過ごせる」ことのありがたさは、非日常のような緊急事態に見舞われるまで、実感しにくいと思います。欲しい時に欲しいものを手に入れられること。好きな時に好きな場所へ行けること。音楽、美術、映画、演劇、スポーツなど、エンターテインメントを楽しめること。
現在、コロナウイルスの流行が、世界中に深刻な影響をもたらしています。いつ事態が収束するか分からない中、不安を抱えて生活している方も多いと思います。そんな今だからこそ、フィクションを読むことで「●●が無くなったら、日常はこうなってしまうのか。なら、現実でもこういう心構えや対策を取れば良いのか」と想像力を鍛え、非日常の危機に立ち向かう――。
3月19日に刊行される、福田和代さん
『東京ホロウアウト』は、その手助けができると担当編集者は思います。
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2020年7月。オリンピック開催間近の東京で、新聞社に「開会式の日、都内を走るトラックの荷台で青酸ガスを発生させる」という予告電話がかかってきたのが、すべての始まりだった。直後、配送トラックを狙った予告通りの事件が次々と起こる。さらには鉄道の線路が破壊され、高速道路ではトンネル火災が。あちこちで交通が分断され、食料品は届かず、ゴミは回収されないまま溜まり続け、多くの観光客がひしめく東京は陸の孤島に――。
この危機から東京を救うため、物流のプロである長距離トラックドライバーたちが、経験と知恵を武器に立ち上がる!! 「今、起こりうる物流崩壊の危機」をリアルに描いた、緊迫のサスペンス。
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「社会のインフラを支える職業小説」の旗手が贈る新作、今度のテーマは「物流×東京オリンピック」です。福田さんといえば、緻密な取材に裏打ちされた重厚な作品が多いという印象があります。本書は、正に福田さんの真骨頂ともいえる作品です。
オリンピック開催間近の東京というタイムリーな舞台で、道や車を狙い、物流を崩壊させるテロが発生します。ただでさえ諸外国からの訪日客で混雑している東京が、食料は届かず、ゴミは回収されずといった影響で、都市機能が麻痺し、陸の孤島になってしまう――。東京オリンピックや東京の物流、それぞれの光と影が丹念に描かれ、人々が危機に陥るシーンは、「本当に現実でも起こるかもしれない…」というリアリティと緊張感があります。
作中では人々が不安感から食料を買い占め、あちこちのスーパーやコンビニが空っぽになるシーンが描かれますが、先日のマスクや消毒液、トイレットペーパーの買い占め騒動を思い出し、胸が痛くなります……。
自分のことしか考えていない、身勝手な人間が多いのが常なのでしょうか?いいえ、そんなことはありません。東京の未曾有の危機に、人々を救うために立ち上がるのが、物流のプロである長距離トラックドライバーたちです!「必ず荷物を期日までに届ける」というプライドと、「日本の道を知り尽くしている」という経験・知識を武器に、テロと戦う姿は格好良いです。
加えて、事件を追うオリンピック警備担当の警部たち、新聞記者といったプロフェッショナル以外にも、スーパーの店長や街の定食屋の主人といった市井の人々が、「自分たちの得意分野でテロと戦う」姿にも、胸が熱くなります。
そして、テロを起こした犯人の切ない動悸が明かされ、怒濤の展開を駆け抜けた後に訪れる、感動的なラストシーンはとにかく素晴らしいです!現実の問題提起や悲しい事件で終わらず、それでも前向きに生きようとする、人々の強い姿勢も描かれています。そんな福田作品の最高傑作が、「混乱した今を生き抜く」ための手助けになると嬉しいです。
後日、
『ミステリーズ!vol.99』に掲載された著者インタビューの抜粋版を掲載予定ですが、その前に、福田さんがTwitterで呟いた本書への想いと、PVをご覧いただけますと幸いです。
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2020年3月19日刊『東京ホロウアウト』(福田和代/東京創元社刊)公式PV