本誌89号~98号(2018年6月~2019年12月)まで連載され、2020年3月に刊行される『東京ホロウアウト』。オリンピック間近の東京で起こるテロを描いた本書について、著者の福田和代氏に執筆秘話を、メールインタビューでお伺いしました。
――まず、本書のテーマを「オリンピック間近の東京で、物流を狙ったテロ」にしたきっかけを教えてください。確か、担当編集者からの「次は物流ものはいかがでしょうか」という提案から始まった企画でしたね。
自分の作品のなかに、『TOKYO BLACKOUT』 をはじめとする「インフラもの」という流れがありまして。社会のインフラを支えるお仕事を描く小説群なのですが、電力、地下鉄、病院、自衛隊(安全というインフラ)などを書き続けてきて、次は物流を書きたいなと考えていました。たまたま、編集者さんと次回作の相談をしているときに、「物流」というテーマが出ましたので、飛びついたわけです。
――道路や長距離トラックが狙われ、「東京の食料がなくなり、空(から)っぽになる」という衝撃的な展開が起こります。この展開は、どの段階で決めていたのでしょうか?
東京では、これまでにも大きな震災や台風に見舞われるたび、「スーパーやコンビニからパンやおにぎりが消えた」と、たびたび報道されてきました。
災害で物流が滞(とどこお)るためですが、それ以前に人口の過度な集中が大きな原因です。災害時に1300万人が不安になって食料の買い出しに走るので、「消費の最大瞬間風速」みたいな現象が起きるんです。
ただでさえ、何か起きるたびに「食糧難」にみまわれる東京で、この夏、オリンピックが開催されると、いっそうの道路の混雑や物流の混乱が予想されます。そこに、万が一、物流そのものを狙うテロが発生すれば、という極端な状況を想定し、それによって起きる大混乱から、私たちの日常生活の脆(もろ)さを浮かび上がらせたかったのでした。
実際、「東京から食料が消える」というのは、一時的なものであれば、テロの有無とは無関係に、これからも現実に起きると思います。
――ご執筆する際は、テーマから思いつくことが多いのでしょうか。それとも、ストーリー、キャラクター、モチーフのどれかでしょうか?
ケースバイケースですが、今回はテーマが最初にありました。
――福田さんといえば、緻密な取材に裏打ちされた重厚な作品を多く刊行している印象がありますが、今回の執筆にあたり、取材は色々な分野でされたのでしょうか。
重厚な作品と、軽く読める楽しい作品と、二系統ありますけどね。
今回は、資料取材と、現地取材の両面でみっちり行いました。
今回、大事な役割を果たすのは、なんといってもトラック! トラックの運転手さんは、お仕事が過酷ですから、年齢を重ねるとタクシーに乗り換えることがあると聞いたことがありました。それで東京の観光タクシー会社に相談し、トラックのドライバーをされた経験があり、現在は観光タクシーに乗っておられる方をご紹介いただきました。
その方が、3・11の東日本大震災の直後、被災して道路状況が最悪な仙台で、たった一台だけ走っていた大型トラックを運転していて、NHKの取材も受けたことがあるという方で、興味深いお話をたくさん伺い、なおかつ東京近郊の物流の拠点をあちこち車で回って解説していただきました。「空(から)バン」「ホネ」などという単語も飛び出し、見るもの、聞くもの、すべてが新鮮! とてもユニークな取材ができました。
また、ヤマト運輸の「羽田クロノゲート」という物流ターミナルや、いすゞ自動車の「いすゞプラザ」も見学しました。
――執筆にあたり、藤沢(ふじさわ)の「いすゞプラザ」で共に見学しましたね! トラックなどについて、実際の車体を間近で見学できたのが面白かったです。
「いすゞプラザ」、わくわくしましたね!実際に大型トラックの運転席に座ることができたので、サイズ感や、視線の高さを知ることができて、イメージがつかめました。
「いすゞプラザ」にてトラックを見学――本書のもうひとつの重要なモチーフ、東京オリンピックについても、華やかな面だけではなく、費用や会場の問題など、負の部分についてもきちんと描かれているのが印象的でした。
東京オリンピック招致にはずっと反対の立場を取っていたので、言いたいことを全部言えてすっきりしました(笑)。
オリンピックに出場するアスリートには尊敬の念しか持っておりませんが、オリンピックを「国威発揚」の材料に使おうとしたり、経済効果だけを求めてオリンピックを招致しようとしたりする、一部の関係者に反発を覚えていたのです。
しかし、ここまで来ればもう、選手の皆さんに思いきりオリンピックを楽しんでもらいたいです。選手の皆さんに限らず、東京オリンピックが、日本と世界とが融和し、お互いに尊敬の念を抱き合うきっかけになるよう、心から願っています。スポーツにはその力があると思いますので。
――現実で直面している問題について、作品で描くにあたり、意識したり工夫したりする点はありますか?
私が書いているのはあくまでもエンターテインメントで、小説で世界を変えられるとは思っていません。ですが、ふだんスポットライトを浴びない場所に、実はとても素晴らしい仕事をしている「仕事人」がたくさんいらっしゃいます。
現実の諸問題を描きながら、そういう「仕事人」にスポットライトを当てられたらいいなと思っています。