今年は偶然にも「タイムリープ」と「七回」が共通する、スチュアート・タートン『イヴリン嬢は七回殺される』(文藝春秋)も刊行されているので、読み比べてみるのも一興だ。どちらも湯気が出るくらい頭をフル回転させられますぞ。
人工知能、遺伝子操作、VR、人間強化といったテクノロジーに浴する人間が描かれた物語は、いかにもミステリ的な様相を呈してはいない。いずれも静かな水面にそっと雫(しずく)を落とすような、秀逸なミステリのひと突きが光り、技術革新の時代を生きる人間の物悲しさを浮かび上がらせていく。
井上真偽といえば、『その可能性はすでに考えた』や『探偵が早すぎる』など、手練手管を大いに盛り込んだ内容がトレードマークだが、こうしたタイプのストーリーテリングも秘めていたのかと驚かされる。ところが、そこはやはり井上真偽である。最終話の表題作で、持ち味を大いに活かしたさらなる驚きの連続が用意されている。
これからを生きるひとびとに向けて物語が描く「未来」とは、どうあるべきだろうか。もしそれが絶望的であるなら、非情な筆で描き切ることが正しいのか。それともどんなに絵空事だと謗(そし)りを受けても希望を抱けるものを描き出すべきなのか。読後、そんな考えにしばし耽(ふけ)ってしまった。いよいよ2020年代を迎えようとするいま、これからの本格ミステリが目指し、切り拓くべき道に、井上真偽は本作をもっていち早く踏み出したといえよう。
麻見和史『天空の鏡 警視庁捜査一課十一係』(講談社ノベルス 900円+税)は、累計60万部突破、木村文乃主演の連続テレビドラマ化も第三弾『蝶の力学』が制作・放送(WOWOW/2019年11月~12月)されるなど、ますます人気を集めるシリーズの第12弾。
中野(なかの)駅からほど近い元商業施設で、らせん階段から落ちて体のあちこちが骨折し、左目が抜き取られた、上半身裸の男の死体が発見される。如月塔子たち警視庁捜査一課十一係の面々は、十年前にもよく似た事件が立川(たちかわ)で発生し、迷宮入りしていることを知る。当時「アヌビス」を名乗り、犯行声明を送りつけてきた何者かが今回の犯人なのか。捜査を続ける十一係だったが、目黒(めぐろ)でまたも左目のない遺体が……。
第一弾『石の繭(まゆ)』で新米刑事として登場した塔子も、本作ではこれまでになかった特殊なミッションを任されるなど、“新米”というレッテルもすっかり剥がれ、じつに頼もしい。ミステリ的には被害者の左目が奪い去られた理由と犯人が行なった大掛かりな殺害方法が読みどころだが、それ以上に、読み手に問い掛けられる「コミュニティの問題」と「刑事の誇りとは?」が胸に深く突き刺さる。