全米が笑った!
フォーチュンとタフなおばあちゃんコンビ、三たび登場!!
上條ひろみ Hiromi Kamijo
これよ、これ! こういうのを読みたかったのよ~!! と一読快哉(かいさい)を叫んだ『ワニの町へ来たスパイ』。以来、ユーモアとコージーとロマンスとアクション(ドタバタともいう)が絶妙にブレンドされた、まさに無敵の痛快娯楽シリーズ、通称〈ワニ町〉シリーズに魅了されつづけ、愛を叫びつづけてきたわたしに、このほど「解説を書きませんか?」とのお話が。ああ、身にあまる光栄。
でも、解説のお仕事をいただくと、作品をじっくり読みこむことになります。それはそれで本読みとしては至福の体験なのですが、一気にガーッと読むからこそよさがわかる本もある。〈ワニ町〉はどちらかというとそちら、物語がどんどん加速していき、あれよあれよという間に読まされてしまう本だと思っていたのです。ところが、じっくり読んでもこれがまたすばらしく味わい深い! とにかく細かいところまで実によくできているのです。考え抜かれたプロット、一人称の語りの絶妙な抜け感、がさつに見えて繊細な登場人物たちの心の機微。それらがきっちりと描かれているからこそ、一気に読んでもじっくり読んでも、そのおもしろさは変わらない。ますます〈ワニ町〉愛が深まりました。
というわけで、お待ちかねの第三作『生きるか死ぬかの町長選挙』です。
シリーズファンのみなさま、三作目も期待通りの、いや、期待のさらに上をいくおもしろさです。どうか安心してにやにやしながらお楽しみください。読みながら噴き出してしまう箇所が多々ありますので、電車のなかなどでは十分にご注意を。
今回初めてこのシリーズを手にしたみなさま、こちらシリーズ三作目ですが、読み進めるうちに、一巻と二巻でそれぞれ何があったかがなんとなーくわかるようになっています。このあたりの親切さも心憎いですね。読んでいても忘れちゃうことだってありますから。でも、ぜひともここは一作目の『ワニの町へ来たスパイ』から読んでいただきたい。三冊まとめて読めば、楽しい時間が三倍になることをお約束します。
舞台はルイジアナ州の架空の町シンフル。アメリカ南部特有の濁った川、バイユーが流れる小さな町です。アルコールが非合法で、咳止めシロップという名の密造酒が流通、毎週カフェのバナナプディングをめぐって死闘が繰り広げられる、そんなのどかな(?)町に潜伏中のレディング、通称フォーチュンは、CIAの秘密工作員。といっても、潜伏しているのは危険なミッションのためではなく、暴れすぎて敵に目をつけられたので、元ミスコン女王の司書サンディ=スー・モローになりすまし、ほとぼりが冷めるまでおとなしくしているように、と長官に命じられたから。それなのに、ただものではない町の老婦人たち、アイダ・ベルとガーディに見込まれて、町で起こる事件の真相解明のために奔走することに。そのお世辞にも地味とはいえない行動のせいで、地元の保安官助手からも目をつけられています。
とまあ、ここまでが基本設定。
三作目の本書では、六〇年代からシンフルの町を仕切っているという女傑アイダ・ベルが、満を持して町長選挙に立候補します。シンフル住民全員が日曜日にバナナプディングを楽しめるように、カフェへのバナナプディング用冷蔵庫の導入というありがたい公約をひっさげて。ところが、対立候補が何者かに殺され、アイダ・ベルに殺人容疑がかかってしまいます。フォーチュンとガーティは、なんとかアイダ・ベルの無実を証明しようとしますが、無茶な作戦のせいで事態はますます複雑に。それでも警察よりはリードしてる?
いちばんの驚きは、フォーチュンがシンフルにやってきてからまだ二週間しかたっていないということ。その二週間でフォーチュンの身に起こったことを、カフェのウエイトレスでフォーチュンの食生活全般をケアしているアリーは「人骨を見つけたり、殺人の容疑をかけられたり、もう少しで自分が殺されそうになったり」と簡潔に表現していますが、一作目と二作目はそれぞれ一週間ほどの出来事だったことになります。これだけのことをしていながらまだ二週間……もう何年もシンフルに住んでいるような気さえしてしまう、フォーチュンのなじみ具合が半端ないです。
“個人的なかかわりを持たない”というスパイの基本ルールを破ったために、さまざまな問題を抱えることになったフォーチュンですが、代わりにスイーツを楽しんだり、恋バナにコーフンしたり、友達や気になる男性がいたりする暮らしを手に入れました。ついには猫まで飼うことになって、どんどん普通の女子に。ここまで来たらもうもとの生活には戻れないんじゃないかという気もしますが、どうなんでしょうか。フォーチュン自身、ぼやきながらもシンフルでの暮らしがだんだん楽しくなってきているようですし。
フォーチュンのいちばんの特徴は、共感性の高さだとわたしは思います。個人的なかかわりを持ってしまったが最後、知らないふりをすることができず、とことん面倒を見てしまう。気になる男性であるカーター・ルブランク保安官助手に対しても、生まれたときから知っている身近な人たちをきびしく取り調べなければならない彼の身になって考え、同情し、あまつさえそんな彼に手を焼かせてばかりいることに罪悪感まで覚えている。もう天使レベルです。スパイ時代には封印されていた資質だったのでしょう。いや、そもそもシンフルに送られることになったのも、その共感性があだになったせいのような……
完全に友達認定しているアイダ・ベルとガーティに対しては、自分は高齢者のお守りと自虐しながらも、彼女たちのためなら面倒なことになってもいいと思っています。カーターも、「おれの代わりにアイダ・ベルを見守ってくれないか」なんてぽろりと言っちゃうあたり、捨て身で友達を守ろうとするフォーチュンへのリスペクトがだだ漏れです。
フォーチュンと組んで活動するおばあちゃんコンビ、アイダ・ベルとガーティのパワフルさは、一作目からずっと変わりません。いつも頭にカーラーをつけているイメージ(『ミスコン女王が殺された』のカバーイラストのせい? と思ったけど、『ワニの町へ来たスパイ』の初登場シーンからカーラーを巻いていました)のアイダ・ベルが会長を務める〈シンフル・レディース・ソサエティ〉は、身近に男性がいると女性が生まれながらに持っているすぐれた能力が鈍ってしまうと考える団体で、入会資格があるのは未婚を通しているか、夫を亡くして十年以上たった女性のみ。これに対するはシーリア・アルセノーをリーダーとするカトリック信者中心の婦人会GW(ゴッズ・ワイヴズの略)で、両陣営はおもにバナナプディングをめぐって争いつづけているのですが、今回は一時休戦して、シーリアもアイダ・ベルのために陰ながら力を貸します。これも広義の友情ですよね。
本書ではフォーチュンとペアになることが多いガーティは、目がよく見えないのに眼鏡をかけずに車を運転したり、無茶をして足腰を酷使したりと、年寄りという自覚がなくて危なっかしい人。元気なのはわかるけど、気持ちに体がついていかない感じです。でも、コウモリみたいに脚だけで木にぶらさがるシーンもあるので侮れません。やるときはやるタイプかも。
アイダ・ベルもガーティも二言目には「あたしは年寄りじゃないんだよ!」と言うけど、そもそも年寄りって何歳から? 百歳ぐらい? 本人が年寄りじゃないと言うからには年寄りじゃないのでしょうし、いつまでも現役(の気分)でいるからこそ、あれほど自信満々なんでしょう。人生百年時代。パワフルなおばあちゃんたちは実際、まだまだ若手なのかも。
頭も口も達者な彼女たちの、手となり足となるのがフォーチュンです。今回やけにガーティを投げあげたり抱えながら走って逃げるシーンが多くて、すごい力持ちだなあとびっくりしました。さすが秘密工作員。ひとりで苦もなく民兵組織を倒したこともあるというんだから、やっぱり本物なのね。
フォーチュンとアイダ・ベルとガーティ、この三人の友情とノリがたまらなく好きです。
でも、解説のお仕事をいただくと、作品をじっくり読みこむことになります。それはそれで本読みとしては至福の体験なのですが、一気にガーッと読むからこそよさがわかる本もある。〈ワニ町〉はどちらかというとそちら、物語がどんどん加速していき、あれよあれよという間に読まされてしまう本だと思っていたのです。ところが、じっくり読んでもこれがまたすばらしく味わい深い! とにかく細かいところまで実によくできているのです。考え抜かれたプロット、一人称の語りの絶妙な抜け感、がさつに見えて繊細な登場人物たちの心の機微。それらがきっちりと描かれているからこそ、一気に読んでもじっくり読んでも、そのおもしろさは変わらない。ますます〈ワニ町〉愛が深まりました。
というわけで、お待ちかねの第三作『生きるか死ぬかの町長選挙』です。
シリーズファンのみなさま、三作目も期待通りの、いや、期待のさらに上をいくおもしろさです。どうか安心してにやにやしながらお楽しみください。読みながら噴き出してしまう箇所が多々ありますので、電車のなかなどでは十分にご注意を。
今回初めてこのシリーズを手にしたみなさま、こちらシリーズ三作目ですが、読み進めるうちに、一巻と二巻でそれぞれ何があったかがなんとなーくわかるようになっています。このあたりの親切さも心憎いですね。読んでいても忘れちゃうことだってありますから。でも、ぜひともここは一作目の『ワニの町へ来たスパイ』から読んでいただきたい。三冊まとめて読めば、楽しい時間が三倍になることをお約束します。
舞台はルイジアナ州の架空の町シンフル。アメリカ南部特有の濁った川、バイユーが流れる小さな町です。アルコールが非合法で、咳止めシロップという名の密造酒が流通、毎週カフェのバナナプディングをめぐって死闘が繰り広げられる、そんなのどかな(?)町に潜伏中のレディング、通称フォーチュンは、CIAの秘密工作員。といっても、潜伏しているのは危険なミッションのためではなく、暴れすぎて敵に目をつけられたので、元ミスコン女王の司書サンディ=スー・モローになりすまし、ほとぼりが冷めるまでおとなしくしているように、と長官に命じられたから。それなのに、ただものではない町の老婦人たち、アイダ・ベルとガーディに見込まれて、町で起こる事件の真相解明のために奔走することに。そのお世辞にも地味とはいえない行動のせいで、地元の保安官助手からも目をつけられています。
とまあ、ここまでが基本設定。
三作目の本書では、六〇年代からシンフルの町を仕切っているという女傑アイダ・ベルが、満を持して町長選挙に立候補します。シンフル住民全員が日曜日にバナナプディングを楽しめるように、カフェへのバナナプディング用冷蔵庫の導入というありがたい公約をひっさげて。ところが、対立候補が何者かに殺され、アイダ・ベルに殺人容疑がかかってしまいます。フォーチュンとガーティは、なんとかアイダ・ベルの無実を証明しようとしますが、無茶な作戦のせいで事態はますます複雑に。それでも警察よりはリードしてる?
いちばんの驚きは、フォーチュンがシンフルにやってきてからまだ二週間しかたっていないということ。その二週間でフォーチュンの身に起こったことを、カフェのウエイトレスでフォーチュンの食生活全般をケアしているアリーは「人骨を見つけたり、殺人の容疑をかけられたり、もう少しで自分が殺されそうになったり」と簡潔に表現していますが、一作目と二作目はそれぞれ一週間ほどの出来事だったことになります。これだけのことをしていながらまだ二週間……もう何年もシンフルに住んでいるような気さえしてしまう、フォーチュンのなじみ具合が半端ないです。
“個人的なかかわりを持たない”というスパイの基本ルールを破ったために、さまざまな問題を抱えることになったフォーチュンですが、代わりにスイーツを楽しんだり、恋バナにコーフンしたり、友達や気になる男性がいたりする暮らしを手に入れました。ついには猫まで飼うことになって、どんどん普通の女子に。ここまで来たらもうもとの生活には戻れないんじゃないかという気もしますが、どうなんでしょうか。フォーチュン自身、ぼやきながらもシンフルでの暮らしがだんだん楽しくなってきているようですし。
フォーチュンのいちばんの特徴は、共感性の高さだとわたしは思います。個人的なかかわりを持ってしまったが最後、知らないふりをすることができず、とことん面倒を見てしまう。気になる男性であるカーター・ルブランク保安官助手に対しても、生まれたときから知っている身近な人たちをきびしく取り調べなければならない彼の身になって考え、同情し、あまつさえそんな彼に手を焼かせてばかりいることに罪悪感まで覚えている。もう天使レベルです。スパイ時代には封印されていた資質だったのでしょう。いや、そもそもシンフルに送られることになったのも、その共感性があだになったせいのような……
完全に友達認定しているアイダ・ベルとガーティに対しては、自分は高齢者のお守りと自虐しながらも、彼女たちのためなら面倒なことになってもいいと思っています。カーターも、「おれの代わりにアイダ・ベルを見守ってくれないか」なんてぽろりと言っちゃうあたり、捨て身で友達を守ろうとするフォーチュンへのリスペクトがだだ漏れです。
フォーチュンと組んで活動するおばあちゃんコンビ、アイダ・ベルとガーティのパワフルさは、一作目からずっと変わりません。いつも頭にカーラーをつけているイメージ(『ミスコン女王が殺された』のカバーイラストのせい? と思ったけど、『ワニの町へ来たスパイ』の初登場シーンからカーラーを巻いていました)のアイダ・ベルが会長を務める〈シンフル・レディース・ソサエティ〉は、身近に男性がいると女性が生まれながらに持っているすぐれた能力が鈍ってしまうと考える団体で、入会資格があるのは未婚を通しているか、夫を亡くして十年以上たった女性のみ。これに対するはシーリア・アルセノーをリーダーとするカトリック信者中心の婦人会GW(ゴッズ・ワイヴズの略)で、両陣営はおもにバナナプディングをめぐって争いつづけているのですが、今回は一時休戦して、シーリアもアイダ・ベルのために陰ながら力を貸します。これも広義の友情ですよね。
本書ではフォーチュンとペアになることが多いガーティは、目がよく見えないのに眼鏡をかけずに車を運転したり、無茶をして足腰を酷使したりと、年寄りという自覚がなくて危なっかしい人。元気なのはわかるけど、気持ちに体がついていかない感じです。でも、コウモリみたいに脚だけで木にぶらさがるシーンもあるので侮れません。やるときはやるタイプかも。
アイダ・ベルもガーティも二言目には「あたしは年寄りじゃないんだよ!」と言うけど、そもそも年寄りって何歳から? 百歳ぐらい? 本人が年寄りじゃないと言うからには年寄りじゃないのでしょうし、いつまでも現役(の気分)でいるからこそ、あれほど自信満々なんでしょう。人生百年時代。パワフルなおばあちゃんたちは実際、まだまだ若手なのかも。
頭も口も達者な彼女たちの、手となり足となるのがフォーチュンです。今回やけにガーティを投げあげたり抱えながら走って逃げるシーンが多くて、すごい力持ちだなあとびっくりしました。さすが秘密工作員。ひとりで苦もなく民兵組織を倒したこともあるというんだから、やっぱり本物なのね。
フォーチュンとアイダ・ベルとガーティ、この三人の友情とノリがたまらなく好きです。
■上條ひろみ(かみじょう・ひろみ)
英米文学翻訳者。おもな訳書にフルーク〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、サンズ〈新ハイランド〉シリーズ、マキナニー〈ママ探偵の事件簿〉シリーズなど。趣味は読書と宝塚観劇。最新訳書はリンゼイ・サンズの〈新ハイランド〉シリーズ第六弾『忘れえぬ夜を抱いて』。