2019年1月から、創元推理文庫創刊60周年を記念して始動した〈名作ミステリ新訳プロジェクト〉。8月の『007/カジノ・ロワイヤル』(イアン・フレミング著、白石朗訳)まで毎月1冊刊行してまいりました。そして9月28日刊行となります第9弾は、警察小説の巨匠ヒラリー・ウォーによる不朽の傑作『生まれながらの犠牲者』です!
ヒラリー・ウォーは1920年アメリカ生まれ。1952年に刊行した『失踪当時の服装は』で注目されて以降、地方都市を舞台にした作品を発表し、本格ミステリの妙味溢れる警察小説の名手として名高い巨匠です。代表作はコネティカット州ストックフォード警察署の署長を主人公にした〈フェローズ署長シリーズ〉の『事件当夜は雨』、全編インタビュー形式で《アメリカの悲劇》を描いた『この町の誰かが』など。1989年に、アメリカ探偵作家クラブ(MWA)から生涯功労賞を贈られています。
今回、法村里絵先生の新訳で生まれ変わった『生まれながらの犠牲者』は、〈フェローズ署長シリーズ〉の一冊。とはいえシリーズ既刊を未読でも、本書を読むのに支障はございません。シリーズ作品では、刑事など捜査班の面々の私生活の変化がしっかり描かれるなど、1巻から通して読む楽しみがあるものが多いですが、このシリーズはそういったサブプロット的な描写が少なく、事件と捜査を描くことに特化しているからです。
さて、『生まれながらの犠牲者』はこんなお話です。
自宅で寛いでいた警察署長フェローズへ、事件の報がもたらされる。成績優秀で礼儀正しいと評判の13歳の美少女、バーバラが行方不明になっていると、母親が電話をかけてきたというのだ。彼女が姿を消した前の晩、バーバラは生まれて初めてのダンスパーティーに出掛けていた。だがパートナーの少年や学校関係者を調べても有力な手がかりはつかめない。家出か事故か、それとも誘拐されたのか?
手がかりの少ない、雲をつかむような美少女失踪事件。指揮をするフェローズ署長の推理をもとに、緻密な捜索、近隣住人や学校関係者への聞き込みと尋問がおこなわれます。その過程がものすごくスリリングで、先を知りたくて一気に読むことができます。DNA型鑑定などの便利な技術がない時代に、推理と観察、ひらめきで捜査を進めていく――。今読んでも面白さに興奮すること間違いなしです。
そして何より、この作品はラスト7ページがすごいのです。法村先生から新訳の御訳稿をいただいて、読み終わってものすごく心を揺さぶられました。旧訳を読んでいるので、どういうラストになるのかわかっていたのに、これほど胸に響くとは――。そしてこの作品を、新しい読者の皆さんににお届けすることができるのは、とても幸運なことだと思いました。新訳していただいて良かったと強く感じた一冊です。
名作ミステリ新訳プロジェクトはそうそうたるラインナップになっておりますが、この作品もぜひ手に取っていただき、物語のすごさを体感してほしいと思います。
『生まれながらの犠牲者』は9月28日ごろ刊行です。どうぞよろしくお願いいたします。
(東京創元社S)