去る2019年9月2日(月)、TKP飯田橋ビジネスセンターにおいて第4回ファンタジイ新人賞・第10回創元SF短編賞贈呈式およびトークイベントが行われました。
贈呈式のあと、創元SF短編賞選考委員の大森望氏・日下三蔵氏とゲスト選考委員の宮内悠介氏、司会の編集部・小浜徹也が登壇し、トークイベントSF編の開始です。
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■年刊日本SF傑作選の12年間と創元SF短編賞の10年間
〈傑作選〉の始まりは、2007年の本格ミステリ大賞の2次会で日下さん大森さんのお二人が目の前に座っていたので、そのとき考えていたプランをふたりにお願いした、という裏話があります。編集実務はこの10年でどんどん大変になっていって。
大森 作品を選ぶこと自体はそうでもないよ。いろんな媒体から選んでくるのが面白かった。
日下 僕は最初は小説雑誌から選べばいいかなくらいに考えていたんですが、大森さんが30部の同人誌とかからも採ってくるから……これは負けていられないと(笑)、ぼくもいろんなところから採用しました。途中からはマンガ担当みたいな感じにもなった。
小浜 同人誌掲載作を採録するのは大変ですよ。一度は編集者の目を通っている商業誌とはちがいますから。
日下 SF短編賞について、10年間まとめての感想としては、やってみたら労力はかかるけど案外できるものだなと。それに、新人が出てくるとジャンルが活性化するというのが、ほんの数年で如実に見えてきましたね。
大森 当時は、ほかにSF短編の新人賞はなかったから、絶対にいけると思ってました。
長編とちがって短編は、発表するたびに少しずつ名前を売っていくことができるのがいい。本にまとまるまで時間がかかるのがデメリットみたいにも言われるけど、読者を耕したところに本を出せるというメリットもある。
宮内 私は正賞をもらっていないのでその話は肩身が狭いんですが(笑)、そもそも傑作選に憧れて創元SF短編賞に投稿したので、傑作選がなくなるのはちょっと寂しいですね。SF短編賞で次から次へと出てくる後続の人たちの存在は刺激になっています。
大森 宮内さんは創元SF短編賞デビュー組の中では最初からどんどん書いた人の代表だよね。
宮内 第1回の山田正紀賞をいただいたとき、「今しかない」と思ってたくさん送ったんです(笑)。スルーされたくないので、前の作品の返事がなくてもすぐ次の作品を送る、という感じで。
日下 驚くほど早く本になったよね。
■「サンギータ」で今年の正賞を受賞したアマサワトキオ氏が登壇
宮内 大森さんはゲンロンSF創作講座の受講生に対しては評価をマスキングしての参加でしたが、アマサワさんの「サンギータ」は満場一致でした。
小浜 力のある作品ということだとそれぞれにあったんだけど、「サンギータ」はまんべんなくよかった。
大森 今回、アマサワくんはゲンロンSF創作講座で評価のよかった作品を上から順に3本送ったんだよね。そのうち最終に残ったのが「サンギータ」。
小浜 複数応募する人は多いんだけど、あまり推奨できない。もっとも、3本とも毛色が違うのを送ってきたのはえらいな、と思った。
日下 似たような作品を複数送ってくると、一番デキの悪い作品で評価されますからね。逆だと思ってる人は多いけど。
大森 その「サンギータ」は、傑作選に収録するにあたって、創元SF短編賞史上最大の改稿が行われたと。
小浜 応募時の100枚から180枚に。これまでの最高だった高島雄哉「ランドスケープと夏の定理」(100→150枚)を抜いた。
アマサワ 言われたところを足していったらそうなりました。時間的にも、ボリュームが増えるのを気にする余裕がなかったです。刊行後に傑作選に載った自作を読んだら文章の密度がすっかり変わっていて、「紙の本に載っている小説みたいだ!」と思いました(笑)
小浜 最初にネパール仏教関連に突っ込みを入れたのは選考のときの宮内さんでしたね。チェッカーがひとり増えてありがたかった(笑)
アマサワ あれは調べて書きはしたんですが、あとでしっかり調べ直しました。
小浜 お客さんから事前に質問をいくつかもらっていますので、ここでそれを。「どんな作家修業をしましたか」?
アマサワ ゲンロンSF創作講座というものがありまして……(笑) それ以前はSFは書いていませんでした。2本くらい長編を書いて、メフィスト賞に送ったりしていましたが、選考座談会で言及もされず(※メフィスト賞は編集部が直接決めて、その選考座談会が〈メフィスト〉巻末に掲載される)。
小浜 「将来の野望は」?
アマサワ うーん……それほどたくさんSFを読んできたわけではないので不安はありますが、SFらしい路線でいい感じにいけたらと。
小浜 「受賞作はどう発想し、どう書きましたか」?
アマサワ 「サンギータ」は、クラーク「90億の神の御名」をバイオと組み合わせたら面白いかなと思って書きました。
小浜 あ、やっぱりそうだったのか。
■「飲鴆止渇」で優秀賞を受賞した斧田小夜氏が登壇
宮内 斧田さんの応募作を読んで、とても志の高い方だと思いました。
小浜 「飲鴆止渇」は、中国らしき国を舞台に、超兵器によるテロとその余波がふたりの親友のその後を分かつ、という話です。着想元は何ですか?
斧田 いやあ……海外によく行っていた時期に、行く先々でテロに遭遇するということが立て続けにあって。いつか書こうと思っていました。
日下 おもしろかったけれど、エンターテインメント性で「サンギータ」に一歩譲った。どの方向に向かうかは今後しだいですが。
小浜 文芸的な人物の組み立て方については基礎がちゃんとしている方だと思いましたね。
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引き続いて創元ファンタジイ新人賞のトークショーに移ります。選考委員の三村美衣、井辻朱美、乾石智子のお三方が登壇されます。
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■創元ファンタジイ新人賞・総評
三村 それでは、第4回の総評からはじめましょうか。全体的にはどうでしたか?
井辻 今年から応募枚数が800枚から600枚に減ったせいか、総じてまとまりがよくなっていましたね。それと、一から世界を構築するよりは、日本の古典などを参考にして展開する作品が増えて、むしろ読みやすくなっていました。
三村 800枚だともてあまして、収拾できてない印象の作品は多かったですね。
井辻 書くほうとしても全体を見通しやすく、世界の形を作りやすかったのではないかと思います。
乾石 最終候補作はどれも仕上がりがよくて、構成・世界観・アイデアがすばらしかった。「私、負けた」と思いました。その中で松葉屋さんが頭ひとつ抜けていたのは、自分の考えや死生観、運命に関する考察、他人への共感性などをしっかり書き込んだ点ですね。
三村 和風ファンタジイの場合、時代設定として平安時代を選ぶひとが多いけれど、松葉屋さんはちがいましたね。
乾石 鎌倉か室町かな、武士が活躍する時代で、動きがあってよかった。登場人物がみんなはっきりしていて、特に女の子たちがなよなよしていないところも私好みでした。
三村 今回はいわゆる「異世界ファンタジイ」的なものが少なかったですね。600枚だと設定を作り込むのが難しいのかな。私としては設定フェチ型というか、多少デキが悪くても設定自体に驚くような超弩級のものがあってもいいんだけど。
乾石 どこの国でもない、けれどもしっかり世界構築されたものも読みたいですね。もっと世界を広げてほしいなと。
井辻 松葉屋さんの作品について言うと、フォルムが大変よくできていた。『御伽草子』のように語り口がしっかりできている中に、現代的思惟を安易に入れない。古典をしっかり掴んでいるなと思いました。内容とフォルムが呼応してきれいに仕上がっているのがよい。そこに新機軸として宗教的なものを一本通して、新しいパースペクティヴがひらけてくる。
■『星砕きの娘』で今年の正賞を受賞した松葉屋なつみ氏が登壇
三村 松葉屋さんは第3回の最終候補(『フフキオオカゼ失踪事件』)につづいて、2回目での受賞ですね。
松葉屋 そうですね。第3回のときはもっと手厳しく言われるんじゃないかと思っていたんですけど、わりと言及がなかったので、むしろショックで(笑)。今回はもっと言われてやろう、はじけてやろう、と考えて書きました。
乾石 これは、モデルの時代は室町? 鎌倉?
松葉屋 平安の終わりから鎌倉の初めくらい、武士が台頭してきた時代の東北地方を念頭に置いて書いたので、おそらくその印象があるんじゃないかと。
三村 東北おもしろいですよね。古いものと新しいものが入り交じる。
乾石 鬼が出る地、ですよね。
三村 そういえば、最近ファンタジイの新人作家は鬼を出してくることが多いよね。松葉屋さんはなんで鬼にしたんですか?
松葉屋 題材として東北を扱ったときに、やはり鬼の地であるので自然と……先行作品とはかぶってもいいや、というつもりでやりました。
三村 人が鬼に転じるというイメージに惹かれるのかな。鬼に託したかったものとかあります?
松葉屋 そうですね。人の持っている、普段は理性で抑えているような邪悪さ、みんなが持っていてあるときタガが外れて出てくるもの、などを書いたかもしれません。
三村 ただ、ファンタジイにすることによって受け入れやすくなる反面、おぞましさが浄化されて綺麗になりすぎてしまわないか、それはファンタジイの危険なところではないかな……と思わなくもない。そうした意見への考え方を含めて、今後どのような作品を書いていきたいですか?
松葉屋 当面のテーマとしては、人のどうしようもなさ、どうしようもない人たちを書いていきたいと思っています。ただ、おっしゃるとおり綺麗になりすぎるかもしれないけれど、リアルなものを見つめすぎて弱ってしまう、という面もあるので、逆に綺麗にすることで見られるようになる点もあるというか。あとは読まれた方々の判断でしょうか。
乾石 松葉屋さんのおっしゃるとおりだと思います。一枚オブラートをかぶせることで、直視できないものを提示して、普段目を背けているものに目を向けてもらえたらと。
ファンタジイは逃避文学だとよく言われますが、癒やしの文学でもあると思うんです。登場人物たちと一緒に旅をする中で、現実よりもオブラートにくるんだものに触れて、現実世界に戻る力を得てもらう。
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といったあたりで、ファンタジイ新人賞のトークショーもお開きに。
終演後は、恒例の懇親会をSF作家・中井紀夫氏経営の「Barでこや」で行いました。
第5回創元ファンタジイ新人賞はただいま選考中、新体制でおこなう第11回創元SF短編賞はただいま応募受付中(来年1月14日〆切)です。みなさまのご応募をお待ちしております。