ときはゲダントゥル王の御世、王都ローランディンの若き〈歌い手〉タイダー。王家の覚えもめでたい稀代の歌い手。被征服民カーランド人、支配階級であるアアランド人からは虐げられ蔑まれるカーランド人ながら、並びなき腕前の持ち主。美しい妻、子どもにも恵まれた。だが、そんな〈歌い手〉を妬む者がいた。アアランド人の裕福な商人、歌い手、そしてゲダントゥル王その人だった。そして若きタイダーを過酷な運命が襲う。無実の罪で囚われ、喉を潰されたタイダー。愛する妻と三人の子を殺され、絶望に打ちひしがれたタイダーは、ゲダントゥル王に対する憎悪のあまり太古の闇と結びつき、闇の獣カイドロスを操る者として再生、以来王座に座った者をその呪いで脅かし続けた。
そして時は過ぎ、四百五十年以上の後のこと……
北国カーランディアの遅い春、まだ雪がちらつくなか、王宮前広場から市場へと走る目抜き通りを、混雑する人をおしわけて、一人の男がやってきた。銀の髪、深緑の目、いかつい顔立ちの、小柄ではあるが屈強そうな初老の男。怒りの火花を散らし、身体中に紫電の網目を這わせて突進してくる。男の目指す先は築山の上に築かれた鐘楼。番をする兵士たちには目もくれず、階段をのぼる。男の目の前にあるのは四百三十九人の職人たちがその技のかぎりを尽くして掘った、平和の鐘、秩序の鐘であった。男はカーランド人の大魔法使いデリン。憤怒と憎悪と悔恨と悲しみをまとい、強い決意を胸に鐘を見上げていた。
「砕け散れ!」
そして鐘は四百三十九の破片となって四方八方に飛び散っていった。
鐘によって封じられていた闇の魔物も復活し、王都はやがて混沌に投げだされる。
鐘の破片をその身に受けた人々。征服された民族カーランディア人の少年タゼーレン、征服民であるアアランディア人の王子イリアンとロベラン。打ち砕かれた偽りの平和、解き放たれた闇の魔物カイドロス、人々を救えるのは、古の〈魔が歌〉のみ。
巻末に文庫版の付録として、作品内の登場するミニ用語解説がつきました。