80年代北アイルランドを舞台とするエイドリアン・マッキンティの〈刑事ショーン・ダフィ〉シリーズは、対立する現地カソリック住民と体制側との狭間に主人公を配置し、法の秩序が行き届かない、社会の闇を克明に描き出す。登場人物の描写も豊饒(ほうじょう)かつ克明であり、彼らの個性を、実存感豊かに浮かび上がらせている。警察小説というより、社会派ノワールと呼ぶのが相応(ふさわ)しい。そんなリアルなシリーズの第三作『アイル・ビー・ゴーン』(武藤陽生訳 ハヤカワ文庫HM 1180円+税)で、何と密室殺人が出現した。


 物語序盤で辞職させられたショーンは、復職の見返りに、保安部(MI5)の要請どおりに、IRAの大物である旧友ダーモットを探すことになる。その捜査過程で会った、ダーモットの元妻の母メアリーは、4年前に次女リジーを殺した犯人を突き止めてくれたら、ダーモットを差し出すと申し出た。

 この4年前の事件が密室殺人なのである。一家で営むパブで、営業終了時刻まで一人居残っていたリジーは、首を折って死んだ。遺体発見時にパブの扉は全て施錠されており、窓は全て格子が入っていたということだ。この謎にショーンは挑み、見事トリックを暴いて、真犯人を名指しする。この顛末(てんまつ)だけを見れば、どこからどう見ても完全に密室ミステリだが、それ以外の部分は全て、警察小説および暗黒小説以外の何物でもないのである。

 ショーンの言動はアンダーグラウンドな社会との親和性が高いし、警察内/行政組織内の立場にはハラハラさせられる。ダーモット関連の主筋は緊迫感満点で、特に後半、爆破テロの防止にショーンが孤軍奮闘する展開は手に汗握るものだ。また常に《80年代》《北アイルランド紛争》ならではの空気感・風俗風習が濃厚に充満しており(取材量が凄そうだ)、時代小説としても素晴らしい。その中に密室殺人を違和感なく埋め込む。

 作者に本格ミステリを書いたという認識は微塵(みじん)もないだろうが、本書は、本格ミステリではない小説に、いかに違和感なく本格ミステリの意匠を持ち込めるかの、古今稀(まれ)な成功例となった。世の警察小説好き、ノワール好き、本格ミステリ好き全てに読んでもらいたい作品である。