『九度目の十八歳を迎えた君と』を刊行したばかりの浅倉秋成さんに、男子校出身の編集部員・K原とF木がミニインタビューを行いました。
 
 本書『九度目の十八歳を迎えた君と』は、印刷会社に勤める中堅サラリーマン・間瀬が主人公の青春ミステリです。ざっとあらすじを説明していきましょう。
 いつもの時間より遅めに仕事場へ向かった九月の朝。通勤途中の駅のホームで間瀬は、向かいのホームで佇む女子高校生を目撃して愕然とする。高校の同級生・二和美咲が、十八歳のままの姿で電車を待っている――。最初は彼女の妹や親戚かと疑ったが、どうやら本人らしい。しかも、二和は僕が卒業してからもずっと十八歳の高校三年生として通学しているという。周囲は誰も不思議とは感じないらしいが、彼女に恋をしていた間瀬だけが違和感を拭えない。何が彼女をその姿に留めているのだろうか? 最初の高校三年生の日々にその原因があるはずだと考え、間瀬は久しぶりにかつての友人たちや恩師のもとを訪ね、二和について調べ始めた。

 ということで、高校時代のはなしからスタートです。

・高校時代のはなし

F木:冒頭の駅でのシーン、主人公とヒロインが会話するところが、ひどく胸に刺さりました。まるで、自分自身のヒロインと同級生だったのでは、という錯覚(編集部注:男子校なので当然女子はいない)までしてしまいました。

K原:ですよね。駅といえば、僕自身も高校時代、きっと電車通学にすると彼女ができるのではないかと錯覚(編集部注:当然できるわけがない)していました。ところで、作中で主人公がヒロインの抱える謎を解くために、高校時代を振り返りますが? これって非常に恥ずかしい思い出が多かったりしますよね。

浅倉:大人になった身からすると、痛々しいことはしていますよね。その行動がモテることに繋がるんじゃないかと大きな錯覚をしていました。

K原:男子ならではの錯覚なのでしょうね?

浅倉:ひょっとしたらそうかも。例えば、好きな女の子に対しても、そっぽを向いている方がかっこいいというか、ラブコメでもありますよね。距離を取れば取るほど、女の子の方から近づいてくるとか、そういったありがちな思い違いを私自身もしていました。まさに「青春の空回り」です。

・青春の空回りについて

F木:作中でも「青春の空回り」が印象的なフレーズでした。

浅倉:先ほど言った、自分から好きな異性との距離を取るというのも、「空回り」の一つですよね。またラブコメの例えになってしまいますが、ヒロインに積極的にアプローチしてくるキャラクターは痛い目を見ることが多いですよね。結局「空回り」して女性にアプローチできない男子たちからすると、恋に積極的な男子に対してそう思っているからでしょう。
ですから、今高校生、中学生に言いたいです。人生を充実したいなら、後ろ向きでいてもいいことはない。勇気が出ないことの言い訳になってしまわないように積極的に、と。

F木:ただ、失敗したときの自意識が邪魔してしまうのですよね。ですから、何かにリソースを割くときっといいことがあるんじゃないかと、大きな幻想がありますよね。

K原:確かに、作中に主人公がプラモデル作りに夢中になるところがありますが。

浅倉:今回のプラモデル作りというのも、メインストリームではない趣味、ニッチな趣味の象徴的なものです。何をやるにしても真剣に行うことで、肩書きがつくというか……。もちろん、青春時代に趣味に没頭するというのも一つの美しさでもありますし、時には人生も豊かにしてくれますからね。

・魅力的な大人たち

F木:話は変わりますが、作中に印象的な恩師、主人公・間瀬の友人たちなど、魅力的な大人の存在がアクセントになります。そのあたりにはモデルはいらっしゃるのですか? 僕は特に真鍋というキャラクターがとても気に入っています。

浅倉:ありがとうございます。ただ、作中に出てくるような教師や友人はいなかったような。大学受験の際に、授業中にも受験勉強をしていてもいいといった環境を整えていただいた先生がいたというくらいでしょうか。それ以外ですと、学生時代のアルバイト先の隣で働いていた年上の女性の方から、誕生日だったと思うのですがプレゼントに本をいただいたんです。

K原:ある意味、夢のようなシチュエーションじゃないですか!

浅倉:いえいえ、東野圭吾さんの『容疑者Xの献身』でしたが、それまで本を読めなかった私がのめり込むことができたんです。今にして思えば、そこから小説を書くことに繋がったので、彼女との出会いが大きいですよね。

 
 さらに、このあと浅倉さんが学生時代にはまったアニメや小説の話など続いていくのですが、今回はここまでとさせていただきます。ぜひ『九度目の十八歳を迎えた君と』を、お読みいただき、ご自身の青春時代を振り返っていただければ幸いです。