とある出来事から事務畑の警察の仕事を辞め、手話通訳士として活躍する主人公の姿を描くのが第一作『デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士』(文春文庫)。聴覚障害のある両親から生まれた聴こえるこども(コーダ)の荒井尚人が、自身のアイデンティティに悩みつつ、手話通訳士として成長する姿は静かな感動をよびました。書評サイト「読書メーター」で注目を集めて以降、着実に読者層を広げています。
2018年、7年ぶりに刊行したシリーズ第二弾『龍の耳を君に デフ・ヴォイス新章』では、場面緘黙症の少年と出会った荒井。少年が手話という新たな言語を得ることで、成長していく姿が評判となりました。
そして2019年、荒井家を中心とした四編で贈るのが、『慟哭は聴こえない デフ・ヴォイス』となります。音声通話で110番、119番が行えないろう者からSOSを受けた荒井だったが……「慟哭は聴こえない」。ろう者が起こした民事裁判の法廷通訳を引き受けた荒井だが、はじめての民事裁判に戸惑い……「法廷のさざめき」。荒井の何事にも真摯な姿勢に感心させられますが、シリーズキャラクターでもある何森刑事の活躍も読みどころとなっています。ぜひ、既刊とともにお楽しみください。
さて、今回、〈デフ・ヴォイス〉シリーズを応援いただいています書店員の方々からも、熱いメッセージをいただきました。
帯ではスペースの都合で全文は載せることができませんでした。ここで全文を紹介させていただきます。
・三省堂書店有楽町店 内田 剛氏
期待して読みましたが素晴らしかったです。まさに聴こえない声を、見えない景色を見せてくれる物語。この著者にしか書けない世界を存分に堪能しました。
何と人間的な優しさに満ちた物語なのだろう。闇が深いほど差しこむ光は尊く美しい。研ぎ澄まされた感性で紡がれた言葉は極めて雄弁だ!
・三省堂書店成城店 大塚真祐子氏
理解していると思っていたことを、「デフ・ヴォイス」シリーズは、いつもわたしに問いなおしてくる。お前は本当にそれを理解しているか、そんなことで理解していると言えるのかと。
コミュニティ通訳の存在。
ろう者の110番通報の実情。
特定の集落に伝わる手話がつなぐもの。
「聴こえない」ならば「聴こえる」ことに、少しでも近づくことが幸福だと、あたり前のように思っていた。
荒井、みゆき、美和に再会できたことがこんなにも嬉しく、また彼らにおとずれた変化を、こんなにも残酷だと感じるとは、夢にも思っていなかった。
自分とは異なった思想を持つ人や、異なった環境に生きる人ばかりで、この社会はできている。どれだけ歳を重ねても、自分の知らない世界に手を伸ばすのには、いくらかの勇気がいる。マジョリティであることはあなたの武器ではない。マイノリティであることはあなたの欠陥ではない。
「デフ・ヴォイス」という物語に、わたしは幾度もそれを教えられた。現実のむごたらしさに怯みそうになったとき、この物語を思い出す。荒井やみゆきや美和の目を借りて、目の前のリアルに対峙する。
この物語をこれからもたずさえながら、まだ会っていないあなたともわたしは対話をしたい。
・TSUTAYA BOOK STORE五反田店 栗俣力也氏
4つの作品はそれぞれ大きなテーマを持ち読者に問いかけをしてくる。
昨今流行の軽いだけの作品では味わえない小説の本当の面白さと、その存在意味を心が痛くなるほど感じさせてくれた。読み終えた後すぐに私は大切な人にこの作品を薦めたくなった。
・うさぎや矢板店 山田恵理子氏
日常に起こるさまざまな状況が伝わってくる。この物語を読むことで、そっと差し伸べられる小さな小さな手になれたらと。知ることと伝えることの優しさが込められている。四つの物語の展開からラストに向けて、胸に未来への光がまぶしく満ちてくる。登場する彼らの彼女らの歩む先も読みたいです。あとがきも素晴らしかったです。
三省堂成城店にてフェアも開催
そして7月1日より、三省堂成城店さんにて、『慟哭は聴こえない デフ・ヴォイス』の刊行を記念して、丸山正樹さんが影響を受けた数々の作品を紹介するフェアを行います。一部入手の難しい書籍もありますが、丸山さんのコメントもありますので、〈デフ・ヴォイス〉シリーズに興味を持った皆様、ご参考になさってください。
●『累犯障害者』(山本譲司著 新潮社)
12年ほど前、関心があって「障害者の罪と罰」に関する本を読みあさっていた中で出会った一作。「ろう者」「日本手話」「刑法40条」……すべてこの本で初めて知りました。まさしく『デフ・ヴォイス』の原点。
●『日本手話とろう文化 ろう者はストレンジャー』(木村晴美著 生活書院)
●『ろう者の世界 続・日本手話とろう文化』(木村晴美著 生活書院)
まだ手話の実際を知らない時、この本を読んで「NMM:非手指動作とは?」「口型とは?」と必死に想像した。私の中で少しずつ「ろう者」のイメージができあがっていった。小説の中で手話による会話を<>で表したのも、たぶん本書の影響でしょう。木村先生の前に出ると今でも緊張します。
●『ぼくたちの言葉を奪わないで! ろう児の人権宣言』(全国ろう児を持つ親の会編 明石出版)
「ぼくたちの声=手話」という発見! 聴こえない子供は、日本手話と書記日本語という2つの言語をもつバイリンガルなのだ!
●『ろう文化』(現代思想編集部編 青土社)
「ろう者とは、日本手話という、日本語とは異なる言語を話す、言語的少数者である」(ろう文化宣言)。まさに目からうろこでした。あまりに夢中になったあまり、この本の中にあったいくつかの議論を未消化のまま『デフ・ヴォイス』の中で引用してしまいました。ご興味のある方は、是非、原典であるこちらをお読みください。
●『聞こえない親をもつ聞こえる子どもたち』(ポール・プレストン著 現代書館)
この書により「ろう文化と聴文化の間に生きる人=CODAコーダ」という存在を知りました。『デフ・ヴォイス』の物語が一気に動き出した瞬間です。
●『「コーダ」の世界 手話の文化と声の文化』(澁谷智子著 医学書院)
日本にもCODAがいる!(当たり前のことですが笑)。『デフ・ヴォイス』執筆当時、コーダの知り合いなど一人もいなかった私にとっては、この本がすべてでした。本書のあちこちに、荒井尚人が間違いなく存在しています。
●『少数言語としての手話』(斉藤くるみ著 東京大学出版会)
「言語としての手話」について詳しく教えてくれた書。最終章ではろう教育のあり方や、人工内耳の問題にも触れていて、改めて再読しています。
●『聴覚障害者と刑事手続 公正な手話通訳と刑事弁護のために』(松本昌行ほか著 ぎょうせい)
●『ろうあ者・手話・手話通訳』(松本昌行著 文理閣)
●『手話と法律・裁判ハンドブック』(全国手話通訳問題研究会宮城県支部企画 田門浩監修 生活書院)
警察の取り調べや裁判でろう者はどういった扱いを受けるのか、そこで使われる手話はどういうものなのか。松本先生や田門先生たちが書かれた本により、それらを知ることができました。『デフ・ヴォイス』の登場人物の中で人気がある聴こえない弁護士・片貝は、松本先生と田門先生を(勝手に)ミックスさせてつくりあげたキャラクターです。
●『現職警官「裏金」内部告発』(仙波敏郎著 講談社)
現職警察官として初めて警察の裏金問題を実名で内部告発した仙波氏は、16年間で7所轄、計9回の異動を命じられ、定年退職までの35年、巡査部長のままだったそうです。一匹狼のマルフ(本書ではマル特)刑事・何森はこうして生まれました。
●『手話を生きる 少数言語が多数派日本語と出会うところで』(斉藤道雄著 みすず書房)
ETV特集「静かで、にぎやかな世界」というドキュメンタリーでも話題になった明晴学園は、「手話で、手話を教える」日本で唯一のろう学校です。元TBSの社員だった著者は、明晴学園創立時の校長先生で、その後も理事長などを務めました。
●『日本手話と日本語対応手話(手指日本語)間にある「深い谷」』(木村晴美著 生活書院)
この本を読めば、「日本手話とはどのようなものであるか」がよく理解できます。
●『日本手話のしくみ』(岡典栄・赤堀仁美著 大修館書店)
今でも手話学習の副読本として、しょっちゅう開いています。著者のお二人は明晴学園勤務。
●『手話を言語というのなら』(森荘也・佐々木倫子編 ひつじ書房)
全国の自治体で次々と制定されている手話言語条例、その先にみすえる手話言語法。実現した時、そこで用いられる「手話」とはいかなるものになるのか? いろいろなご意見があると思いますが、皆さんもどうぞ一緒にお考えください。
●『手話の歴史 上下』(ハーラン・レイン著 築地書館)
手話はどのようにして生まれたのか、ろう教育はどのような変遷をたどったのか。なぜ手話は禁止されてきたのか。物語は、フランス革命期のフランス、パリから始まります。
●『声めぐり』(齋藤陽道著 晶文社)
●『異なり記念日』(齋藤陽道著 医学書院)
聴者の親を持つ聴こえない子であった齋藤陽道さんの幼少期から始まり、写真家という天職を得て「失われた声」を取り戻すまでの「声めぐり」。その後、デフ・ファミリーに育ったまなみさんと結婚し、「聴こえる」お子さんが生まれてからの「異なる」三人の物語。是非2冊続けてお読みください!
●『ろう者のがん闘病体験談』(寺嶋幸司ほか著 星湖舎)
ろう者が病気に罹った時に浮かび上がるさまざまな問題点。本書が刊行されたのは『慟哭は聴こえない』を書き終わってからだったのですが、もう少し早く読んでいればもっと具体的な記述ができたのに、と悔やまれます。是非併せて手に取ってみてください。
●〈山田太一セレクション〉(山田太一著 里山社)
中学生の頃から敬愛し、勝手に師と仰いでいた山田先生が『デフ・ヴォイス』に続き『龍の耳を君に』も読んでくださり、「この人は他の人がやっていないことをやってますよね。たいした人だと思います」とおっしゃったと人づてに聞いた時の喜びたるや! 山田先生脚本のドラマ、中でも『早春スケッチブック』は、私の人生を変えたと言っても過言ではない作品です。
●『残りものには、過去がある』(中江有里著 新潮社)
『デフ・ヴォイス』『龍の耳を君に』両作ともにご書評いただいた中江さんには、女優やコメンテイターだけでなく「小説家」としての顔があります。本書は結婚式の披露宴を舞台にした6つの連作短編集です。「人の幸せを祈ることの幸福」を、是非味わってください。