西の砂漠に住む飢え渇く神ダリヤは、満たされることを知らない。絶え間ない苦痛に耐えきれず、ダリヤは妻であるアシュタールに懇願した。アシュタールは、この巨大な砂漠の国を潤す唯一の大河を支配する豊穣の女神だった。この地では、すべては彼女から生まれる。それゆえ、彼は妻に願った。この飢えを満たしてくれ、と。アシュタールは、願い石を何重にも連ねたたいそう美しい首飾りを持っていた。それは女神が自分の心臓から生み出した生きた石でできており、ひとつひとつに恵みの力が刻み込まれていた。アシュタールは石をひとつ外すと、夫に渡し、これに願うように言った。ダリヤの願いを聞き入れた石は熟れた柘榴のように自ら割れ、その割れ目から穀物が出てきた。それを食べて、しばらくの間、ダリヤの飢えはおさまった。だが、すぐに次の飢えが襲ってきた。ダリヤは再び妻に、飢えを満たしてくれるよう頼んだ。アシュタールが次の石を渡し、ダリヤが願うと、今度は獣の肉が出てきた。その次には魚を、それから鳥を。虫を。果実を。乳を。蜜を──人を。女神は、ダリヤが望み、欲するままに石を与えた。そうやって得たものをすべてを喰い尽くしても、飢え渇く神は満足しなかった。もっと、もっと、と繰り返す夫に、アシュタールは願い石を渡し続け、とうとう大地から得られるすべてのものがダリヤに喰われた。そのため、大地は涸れ、川は干上がり、たくさんの生きものが死に、いくつもの国や町が滅びた。ダリヤとアシュタールを信奉していた者たちさえも、逃れることはできなかった。ダリヤの飢えは、等しく、すべてのものを喰い尽くした。飢え渇く神は、その時から死の神となった。それでもダリヤの飢えはおさまらなかった。愛しい妻よ、とダリヤは泣きながら言った。黒葡萄の房に似た長い巻き毛をふり乱しながら。助けてくれ。苦しくてたまらない。私の願いをかなえてくれ。だが、女神にはもう何も残っていなかった。その身以外には。それをくれ、とダリヤは願った。おまえのその身を私に与えてくれ。すべてを生み出すおまえなら、この飢えを満たすことができるだろう。それが私の願いだ。愛しい夫よ、とアシュタールはささやいた。それがあなたの本当の願いなら──あなたがそれで満ちるというのなら、私を食べなさい。ダリヤはアシュタールを食べた。手も足も胸も腰も。爪や髪も。目や鼻や耳も。何もかも。残ったのは女神の心臓だけだった。それが、最後の願い石だった。だが、それでもダリヤの飢えはおさまらなかった。何もかも失ったダリヤは、深い後悔とともに女神の心臓を西砂漠の宮殿に持ち帰り、日々嘆いて過ごした。自分は何ということをしてしまったのか。愛しい妻まで食べたというのに、少しも満たされない。この身はまだ飢え渇いている。私が間違っていた。私の真の願いは、ただひとつ。愛しい妻よ、私の豊穣の女神よ、どうか戻ってきてくれ。その嘆きが最高潮に達した時、石が割れた。なかから現れたのは、アシュタールだった。ダリヤが再び会うことを望んだために、女神はこの世に戻った。女神が戻ったことにより、川は再び流れ、大地は潤い、豊かな実りを取り戻した。喜んだダリヤは、二度と妻と、妻が生み出したものを食べ尽くさないと誓った。この誓いのために、以来、アドハラの大地や川が完全に涸れ果てることはなくなった。それは、ダリヤの傍らには常にアシュタールが寄り添い、夫の願いをかなえているためである。こうしてダリヤは、とうとう満ちることを知る者となった──
そんな神話が残る西の砂漠。遺跡の地図作りを生業とする青年カダムは仕事のかたわら、砂漠に消えた家族の消息をずっと探し続けていた。
孤児だった彼を育ててくれた、父の親友のブランシュ教授、教授の娘ソフィーとその夫オリヴィエ、そして二人の娘の幼いエレナは、血こそつながっていないが大切な家族だったのだ。
その彼らが遺跡の調査に行くと言って西の砂漠に消えたのが十年前。急な病に倒れ、同行できなかったカダムは、どれほど自分を責めたことか……。
今回の調査でも、家族の痕跡は見つからなかった、もう無理なのかもしれない。 落胆するカダム。
そんなカダムに砂漠への道案内の仕事が舞い込んだ。依頼者は目をみはるほどの美形だが少々怪しげな宝石商の青年レオン。どうやら治安警護隊に追われているらしく、本人は誤解だと言い張るがなんともうさんくさい。
だが、手元不如意なカダムは背に腹は代えられず、レオンの依頼を受けることに。
道案内の仕事は無事終わり、目的地ザーフェルにたどり着いたカダムだったが、そこで彼は十年前に消えたエレンにそっくりの少女に出会う。
当時まだ5歳だったエレナは、いまでは15歳になっているはず……。
だが、彼女は謎に包まれたガラ=シャーフ教団の使徒だという。
少女のことが頭から離れないカダムは、訳あって教団に潜入するというレオンの友人とレオンと共に、砂漠の奥深くにある教団の砦に向かう。
だが、そこで彼らが出会ったのは、砂漠に潜む驚くべき秘密だった……
創元ファンタジイ新人賞受賞作『宝石鳥』では、飛行機事故で最愛の妻を喪った音楽家、肖像画のモデルとなった謎の女性の面影を追い求めた画家、そして南の島の祭りを調査に行き事故死した婚約者の足跡をたどる女性のそれぞれの軌跡が交わり、島に伝わる宝石鳥の伝説に昇華してゆく幻想的で美しい物語を描いた著者が、今度は砂漠に伝わる死の神と豊穣の女神の神話を題材にした物語を描きました。