川崎市内の多摩川沿いを、よく走っています。先日、夜中に走っていたら職務質問を受けて驚きました。
いまでこそ頻繁に走っているのですが、しばらくサボっていた時期があり、一年半前に久しぶりにダッシュしたところ、ふくらはぎがあっさり肉離れを起こしました。ジョギングなら十分の距離を、足を引きずりながら一時間近くかけて帰った六月の夜。辛かったのですが、やった、ネタができた、と思いました。
その翌日、整形外科の診察室で、医師は開口一番、何がしたい? と訊いてきました。何をしたらいいか聞きに来たんですけど、と答えると、何もできないね、と返されました。自然治癒を待つしかないそうです(完治に二か月かかりました)。
待合室に戻った私に、お兄さん、ここ座って、と老婦人が席を勧めてくれました。中年の私はその呼び方に驚いたのですが、たしかに周囲にいるのは私より三十も四十も年上に見える方ばかりでした。
人の立場や基準は、場所によって変化する、というお話です。
場所(町)をテーマにした本書を、みなさま楽しんでいただけましたでしょうか。
表題作を雑誌掲載時にお読みになった方はお気づきかと思いますが、当シリーズはもともと架空の町を舞台として執筆していました。理由はいくつかありますが、もっとも大きかったのは、ミステリという性質上、第二話以降でネガティブな出来事を起こす可能性が高く、地元が舞台の作品でそれをしたくないという気持ちです。
実際、二話目と三話目は架空の色合いを強くして書いたのですが、やはり地元を書きたい欲求が抑えられず、全編実際の地名に変更させていただきました。
温かい人々、清潔な町並み、豊かな歴史、魅力的な施設やイベント……川崎という自慢の町を書きたくなるのは、当然ではありませんか。
新作刊行に際し、地元のあれこれについて改めて調べたのですが、意外と知らないことが多く、発見を楽しみながら執筆することができました。
恥ずかしながら最近まで川崎にご当地アイドルが存在することを知らなかったのですが、いざ知ってみると市内のさまざまなポスターで笑顔を見せてくれていることに気づきます。川崎純情小町☆さんのすてきなフリーライブは、大いに表題作の参考にさせていただきました。
ラゾーナ川崎プラザやアトレ川崎は、毎週何かしらの用で利用させてもらっています。
多摩川周辺の花火大会や地元商店街の夜店には、小さいころよく連れて行ってもらいました。今回、私は取材のためにひとり寂しく夜の町をウロウロしましたが、町のみなさんの楽しげな雰囲気につられて、明るい気持ちで歩き回ることができました。親しみのあるメニューが、ご馳走に変わる場所です。
夢見ヶ崎と川崎大師には、二十年ぶりくらいに足を運びましたが、昔と変わらない景色に、さまざまな思い出が呼び起こされました。保育園の同窓会で夢見ヶ崎に行ったのは、暑い時期でした。売店で買ったアイスがとてもおいしかったのを覚えています。そうそう、作中では割愛しましたが、動物公園にはかわいいペンギンもいるんですよ。
川崎大師のそばの表参道商店街で迷子になったのも、いまとなってはいい思い出です。迷子になったらその場から動いちゃいけない、という親の教えをはじめて実践したのでした。
ほかにも、作品に登場させたかった場所やイベント、名産品などは数えきれません。特に、カワサキ ハロウィンを取り上げられなかったことは残念に思っています。私は毎年のようにハロウィン・パレードを見に行っています。以前、ブログでパレードの様子を取り上げたことがあるのですが、某ミステリ関係者さんから、すごく健全でいい雰囲気でしたね、川崎の印象が変わりました、と仰っていただいたことがあります。そのときのよろこびを、どう表現したらいいでしょう。今年も絶対に行きたいと思います。ひとりで。ひとりでも楽しいのがカワサキ ハロウィンです。べつに友人や恋人がいないわけではありません(嘘ですすみません見栄を張りました)。
本書はアガサ・クリスティ風のロジックと、一部作品はO・ヘンリ風の読後感を意識したつもりです。なお作中の日付はオリンピックイヤーである二〇一六年のものを採用しておりますが、一部地理などは架空なので、普遍的な物語としてお読みいただけますと幸いです。
末尾ではありますが、謝辞を述べさせていただきます。当シリーズのきっかけと多くのアドバイスをくださった編集Iさんをはじめ、本書の制作に携わってくださったみなさま。作品の舞台にさせていただいた、作者の地元川崎市。友人、家族。そして本書をお手に取ってくださったあなたに、心より感謝申し上げます。
二〇一九年一月