ひと足先に文庫化された『忘れられた花園』も、まだ単行本刊行から一年と少ししか経っていない『湖畔荘』も、雰囲気も展開も素晴らしいのですが、本書『秘密』こそはミステリの名に相応しい作品だと私は思っています。
 単行本版刊行時に翻訳家が年度内の最も読むべき作品を投票で選ぶ、翻訳ミステリー大賞、また読者投票によって選ばれる翻訳ミステリー読者賞を同時に受賞したことがその証左と言ってもいいのではないでしょうか?
 ほかにも

  *第2位『このミステリーがすごい!2015年版』海外編
  *第2位〈週刊文春〉2014ミステリーベスト10 海外部門
  *第2位『ミステリが読みたい!2015年版』海外篇
  *第8位『2015本格ミステリ・ベスト10』海外ランキング

 という具合で年末にはなかなかにぎやかなことになったのでした。
 ちなみに、この時の年末ベスト10の第一位はピエール・ルメートルの『その女アレックス』だったのです。なんというテイストの違い……。

 とにかく、ミステリ・マニアの皆さんにきちんと、〈ミステリ〉と太鼓判を押していただいたわけですから、「ほらね、決して雰囲気だけの小説ではないぞっ!(モートン作品は雰囲気イケメンならぬ雰囲気ミステリのように思われることがあるのですよ)これは本物のミステリなんだぞっ!」と、当時は鼻が高かったものです。

 少女時代に母が突然現われた男を刺し殺してしまったのを目撃したローレルは、ある秘密を抱えたまま大人になり、いまや、国民的女優と言われる存在になっています。
 秘密……。彼女はその事件のとき、その見知らぬ男が母に向かって「やあ、ドロシー、ひさしぶりだね」と言ったのを聞いたのです。そう、あの男は母を知っていたのです。
 ツリー・ハウスからその一部始終を見ていたローレルは、目撃したことのショックで気を失ってしまいました。事件後に警官に事情聴取を受けたとき、ローレルはそのことを話しませんでした。その後も誰にも。
 男は当時近隣に出没していた不審者だったということで、母の正当防衛は認められ、母は無実、家庭に幸せが戻りました。
 70年後、母が死の床にある現在、ローレルはあの事件の真相を知りたいと思うようになります。
 そして、事件当時、まだ赤ん坊で母の腕の中にいた弟とともに調査を始めるのです。

 あの男はいったい誰だったのか?
 母の大事にしていた本に挟まっていた写真。そこに若き日の母と一緒に映っている美しい女性は誰? 

 母の過去を知りたい、それがどんなものであったとしても。

 物語は現代、2011年のロンドンと、恐ろしい事件のあった1961年のサフォークと、母ドロシーが第二次世界大戦中にあるお屋敷の住み込みのメイドだった1940年のロンドン、という三つの時代を行き来します。
 この三つの時代のそこここに、伏線がはりめぐらされていて、それがすべて、最終的に見事に回収されていくその快感たるや……。
  まだケイト・モートンをお読みになったことのない皆さん、彼女の魔術に身を委ねてみてください。そして『秘密』は未読だったというケイト・モートン・ファンの皆さんも!
 
 カバーは、単行本の時の浅野信二さんの美しい作品とはまた異なる、写真を使ったものになりましたが、柳川貴代さんのデザインによりケイト・モートンらしさを十二分に伝える素敵なものになりました。
 どうぞケイト・モートン・ミステリの傑作を御味読ください。