東京創元社が2003年11月に叢書《ミステリ・フロンティア》を立ち上げてから、早15年。伊坂幸太郎『アヒルと鴨のコインロッカー』を皮切りに、「次世代を担う新鋭たちのレーベル」の言葉どおり、キャリアは浅いながらも才気あふれる書き手の作品をつぎつぎと世に打ち出し、読者からの厚い信頼を築き上げてきた。

 その記念すべき第100回配本作品として書き下ろされた、岡崎琢磨夏を取り戻す(東京創元社 1900円+税)は、1996年の晩夏に起きた小学生の連続失踪事件の顛末(てんまつ)を描いた長編作品だ。
 塾帰りの小学四年生の子供たちが、なにか事件を起こして自分たちの楽しい夏休みを取り戻そうと話し合うプロローグ。そして起こった謎多き失踪事件を追い掛ける、ゴシップ誌の駆け出し編集者とフリーの記者。なるほど、どうやら本作は子供と大人の知恵比べが繰り広げられる、〈日常の謎〉系コンゲーム――とでもいうべき内容のようだ。いったい子供たちはどこに、どのような方法で大人たちに気づかれることなく消えたのか。なぜ無事戻ってきても、詳細を語ろうとしないのか。残された犯行声明に記された〈かいとうダビデスターライト〉とは何者なのか。そして、このような失踪事件を企み、繰り返す動機とは。心惹かれる謎の数々に気持ちが大いに昂(たかぶ)ってくる。

 ところが、そうして頬を緩めつつ読み進めていくと、物語は読み手の意表をつぎつぎと突きながら、みるみる深みと陰を増し、推理や駆け引きばかりを気楽に愉(たの)しんではいられなくなってくる。

 謎が解かれ、真相が明らかになれば、登場人物たちに明るい光が射す――とは限らない。ひとが抱く切実な想いが、ときには思いも寄らない結果を招いてしまうこともあり、しかもその痛みと重さは、酷なことに子供にも大人にも分け隔(へだ)てなく圧(の)し掛かる。息を呑み、無心になって文章を追っていると、おそらく岡崎琢磨自身もまた、これまで経験したことのない身を削るような苦心を重ねて本作を練り上げ、じりじりと筆を進めていったことを想像せずにはいられない。だからこそタイトルがいっそう輝きを放つラストシーンは、目頭が熱くなるほど胸に迫ることだろう。〈珈琲(コーヒー)店タレーランの事件簿〉シリーズに代わる、著者の新たな代表作の誕生だ。

 川澄浩平探偵は教室にいない(東京創元社 1500円+税)は、第28回鮎川哲也賞受賞作。北海道を舞台に、中学生の少年少女がささやかな謎をめぐって真相に迫ろうとする、全4話からなる青春ミステリだ。


 差出人不明のラブレター、合唱コンクールの伴奏を辞退した理由、恋人ではない女子とひとつの傘を共有していた事情、家出人の居所。少女――海砂真史(うみすなまふみ)が関わり、9年ぶりに再会を果たした人格的にクセのある幼馴染(おさななじ)み――鳥飼歩(とりかいあゆむ)が謎を解く物語は、前回の受賞作『屍人荘(しじんそう)の殺人』と比べると、粒が小さく斬新さに欠けるように見えてしまうのは致し方ない。

 ところが読み始めて驚いた。乱れのない文章、落ち着いた品のあるトーン、奇を衒(てら)わない構成と人物造形、整然と進められる推理、いずれも感嘆必至のレベルではないか。優れた才能が手垢(てあか)まみれの石ころを、鮮(あざ)やかな宝石に変えてしまう見事な手際を目(ま)の当たりにし、惚れ惚れとしてしまった。よくある青春ものをスナック菓子とするなら、本作は職人が丁寧(ていねい)かつ細やかに技を凝らした愛らしい和菓子といえようか。加納朋子、北村薫、辻真先、選考委員諸氏が満場一致で推したのも大いに頷(うなず)ける。今後の活躍が、いまから愉しみでならない。