『若き日の哀しみ』でディンゴという犬と少年の別れの物語を読んで涙した皆さん、ダニロ・キシュは本書では、大人のまなざしで世の中を見つめています。

 亡くなった父親の生涯のすべてを記した書物に出会い、読みふけるという表題作「死者の百科事典」がなんといっても印象的です。無名の人々の生涯だけを記録した死者の百科事典という発想には虚を突かれます。そして、どこかにあるその百科事典で、自分の父母や祖父母の生涯について読んでみたいという思いを恐れつつも抱いてしまうのは私だけではないでしょう。

 亡くなった娼婦を弔うために港町の船員たちが花を持ち寄り、誰よりも手厚く葬ったという「死後の栄誉」も心に残る物語です。

 そして単行本刊行時には、そうか、そんな書物があったのか……というくらいの認識で終わっていたのですが、ウンベルト・エーコの『プラハの墓地』刊行後の今となれば、これだ! これこそが、あのエーコが彼らしい筆致で描き上げた偽書「シオン賢者の議定書」だ、と様々な思いとともに味わうことができるのが「王と愚者の書」という一編です。

 ユダヤ人の父が連行され強制収容所で亡くなったというダニロ・キシュ。第二次世界大戦後にも、ユーゴスラビアが解体し、コソボ紛争が起き、それだけではなく結局世界のあちこちで愚かな人間たちの諍い、争いは耐えることなく続いています。
「確かなものは、死だけである」という「祖国のために死ぬことは名誉」という一篇の結びの言葉」が本書のすべてを語り尽くしているのではないでしょうか?

『若き日の哀しみ』とはまたひと味違う、死と愛をめぐる知的で美しい短篇集を是非ご未読ください。
 松山巌先生の御解説と、写真を使った柳川貴代さんデザインの素敵なカバーという創元ライブラリ版で、是非ダニロ・キシュの世界を御味読ください。

(編集部M・I)