数多(あまた)の評者がクイーン作品の入り口に最適の一冊とすすめる、傑作短篇集です。手がかりの提示による条件の絞込みに基づいて、不思議な状況が誰によって何のためにもたらされているのかを推理する、パズラーというジャンルの教科書のような位置づけで、現代のミステリの源流の多くをみてとることができるでしょう。旧版を若い方にすすめるには訳語が古びていたことがネックでしたから、読むべき古典としてすすめやすくなったのはありがたい。
今回の新訳版刊行を機に、原書にはあった国名シリーズでお馴染(なじ)みの「J・J・マックの序文」がはじめて収録されました。また旧版で《エラリー・クイーン作品集》版から文庫化されるに際して同文庫のアンソロジー『世界短編傑作集 4』に収録済みだったために、割愛されていた「いかれたお茶会の冒険(旧題:キ印揃いのお茶の会の冒険)」が復活したことも嬉しいです。
長年にわたって親しまれてきた海外ミステリの短篇アンソロジーのマスターピースで、その内容の補足は不要でしょう。新たに付された戸川安宣の解説で、次代に読み継がれるためにほどこされたリニューアルの内容が詳しく語られています。作品の追加・差し替えをおこなったり、重訳を収録していた非英語圏の作品を原語からの直訳版にあらためたりと、現代の水準に照らした改訂がなされています。
国内では、芦辺拓・編、西條八十『少年少女奇想ミステリ王国 Ⅰ 西條八十集 人食いバラ 他3篇』(戎光祥出版 3,000円+税)がまず注目の企画。最初の刊行予告からはだいぶ遅れて気をもんでいましたが、無事に刊行がはじまったのは嬉しい限りです。
孤児の英子は、ある大きな屋敷を門前から羨望(せんぼう)とともに見上げたときに、その屋敷の中に招かれました。屋敷の主で、死期が近づいていた元男爵の向井は、妻も子もない自分の財産を偶然屋敷の前に立った人に残すことを決めたのだというのです。それを知った向井の姪(めい)の春美は、英子に殺意をおぼえて――『人食いバラ』。
西條八十は詩人として、また童謡と歌謡曲の作詞家として知られますが、少女小説も数多く残しています。その中にはミステリや冒険小説に分類される作品も多く含まれます。表題作は、以前に唐沢俊一の企画でゆまに書房から復刊されたこともある、純粋無垢な英子を悪の少女春美が執拗(しつよう)につけ狙うサスペンスがとんでもない結末を迎える怪作です。「他三篇」もみな長篇で、少年を主人公とした冒険小説にありそうな筋を、とにかく少女を主人公とした物語に仕上げてしまう豪腕に嬉しくなってしまいます。いずれも奇想ミステリの冠どおりの話で楽しめるでしょう。続刊も楽しみで、巻末予告をみる限りでは往年の講談社少年倶楽部文庫の路線が、想定されているのでしょうか。
編者の芦辺は児童向けのミステリの重要性を長年説いていて、自ら児童向けの創作や翻訳を手がけてきているのは周知のことと思います。児童ミステリの復刊企画に携わるにあたって、まずこれまで軽視されがちだった分野に脚光を当てようと、西條の少女小説を選んだのは流石(さすが)です。西條作品の復刊については、芦辺は先んじて少女冒険小説連作『あらしの白ばと』を、私家版で復刊する企画を手がけています。