東京創元社が主催する短編小説の公募新人賞であるミステリーズ!新人賞。
これまで様々な作家さんが登場してきましたが、第12回ミステリーズ!新人賞では、監獄舎内の奇怪な毒殺事件を巡る伊吹亜門「監獄舎の殺人」が、新保博久、法月綸太郎、米澤穂信ら三選考委員の満場一致で受賞しました。同作を中心に据えた待望の第一作品集となる連作『刀と傘 明治京洛推理帖』が11月に刊行されます。‬
「監獄舎の殺人」の舞台は明治五(1872)年の京都、府立監獄舎に収監されていた大逆の罪人が、死刑執行の日に毒殺される場面から始まります。数時間と待たずして処刑される筈の囚人は、なぜ殺される必要があったのか? 逆説的な謎を巡って、意外な動機が明かされる同作は、選考委員の米澤穂信さんからも「濃密かつセンスのいい歴史趣味、この時代だからこそのミステリ、深い余韻を残す結末、どれも素晴らしい」と選評で高く評価されました。

日本推理小説史、ひいては日本の戦後大衆小説の系譜を振り返るに際して最重要のひとつに、山田風太郎の「明治物」と呼ばれる一連の諸作があります。〈忍法帖〉シリーズをはじめ多岐に亘る分野で大衆小説の裾野を広げた巨人が、広範な知識と豊かな想像力を駆使して書きあげた「明治物」は、今なお無類の面白さを誇る作品ばかりです。
米澤さんと同じく第12回ミステリーズ!新人賞の選考委員であった法月綸太郎さんは、受賞作「監獄舎の殺人」に対して「山田風太郎の明治物を思わせる設定」と引き合いに出したうえで「事件の特異性に時代背景をうまく織り込んで、読みごたえのある本格ミステリに仕上げている」と評しました。ここで触れておくべきは、同作の核となる謎についてでしょう。予め死刑の決まっている囚人が毒殺されるという謎は、遡ること二十年以上前、まさに法月綸太郎さんが短編「死刑囚パズル」『法月綸太郎の冒険』所収)で挑んだ謎でもあります。
「監獄舎の殺人」は、その年の優れた短編ミステリを選ぶ日本推理作家協会編〈ザ・ベストミステリーズ〉と本格ミステリ作家クラブ編〈ベスト本格ミステリ〉ふたつの年刊アンソロジーにも選ばれ、新人の短編デビュー作としては破格の評価を受けました。受賞時、著者は若干24歳。若き才能が偉大なる先達に果敢に挑んだ作品としても面白い作品となっています。

受賞作「監獄舎の殺人」を収める『刀と傘』では、二人の人物が探偵役を務めます。一人は日本の司法制度の礎を築いた初代司法卿・江藤新平、もう一人は彼の腹心の部下にして若き盟友として登場する尾張藩の武士・鹿野師光(かのもろみつ)です。
第一話は幕末の京都での二人の邂逅から始まります。維新志士の惨死事件を巡って行動をともにした二人は戊辰戦争をはさんで再会を果たし、司法省時代の活躍を経て、最終話では江藤新平が佐賀の乱を起こす直前、有り得たかもしれない「最後の事件」までを追います。
第12回ミステリーズ!新人賞受賞作「監獄舎の殺人」が推理小説として高い評価を受けたように、本書に収録される五つの短編も、それぞれ謎解きの興趣が存分に盛り込まれています。限られた容疑者のなかからの犯人探し、密室状況に施された仕掛け、倒叙形式での探偵と犯人の駆け引きなど、各編毎に趣向も様々です。活写される明治初頭の京の雰囲気も相俟って、読み応えのある一冊になっています。

初代司法卿・江藤新平と若き盟友――幕末から明治にかけての動乱の時代に彼らが出遭う事件は、決して歴史を揺るがすようなものではありません。
五つの事件の犯人たちも同様に、歴史の表舞台に決して立つことのない、本来なら市井のひとであり、或いは、めまぐるしい転換のなか退場を余儀なくされたひとびとです。
已むに已まれぬ理由で引き起こされた五つの犯罪を、二人の探偵は白日の下に晒していきます。自らの信じる正義を只管に貫く江藤新平と、罪を犯さざるを得なかった者への哀惜から懊悩する鹿野師光。二人が選ぶ正義の在り方とは何か、彼らの行く末とともに、どうぞその目で見届けてください。