この夏は暑すぎて、鳥見どころではなかった。したがって鳥見レポートが書けない。でも“原稿取り立ての鬼”の足音がひたひたと迫ってきている(気がする)ので、なにかしら書かねばならぬ。
さて、仕事柄、語彙が豊富と思われているかもしれないが、校正者も知らない言葉はたくさんある。いくらでもある。新しく知る言葉との出会いには、びっくりさせられることもしばしばだ。
「ピロピロわかめ」という言葉をご存じだろうか。この言葉を知ったとき、軽いショックを受けた。なんとなくいかがわしい雰囲気を感じる。きっとある家庭でのみ通じる言葉というやつなんだろうな、隠語みたいな、と思っていたら、そうでもないらしいので驚いた。
ピロピロわかめ、それはどうやら、洗濯機の中で洗濯物に付く黒いカビのことらしい。知らなかったな〜と感心するとともに、一応頭の中にメモしておく。こんな言葉も、いつゲラに出てくるかわからない。いや出てこないか。とはいえ、刻みつけておくほどじゃないが、軽く覚えておいて損はない。
「靴下はだし」という言葉を知ったときは、とても新鮮に感じた。いったいどのくらいの人がこの言葉を知っているのだろうか。手元にある辞書には載っていなかった。「足袋はだし」なら載っている。〈下駄や草履を履かず、足袋をはいただけの足で外をあるくこと〉(『大辞林』より)だそうだ。靴下はだしもそういうこと。
思えば子供の頃は、言葉を奇妙に勘違いすることが多かった。
あからさま→あから様(他人を指す言葉だと思ってた)
神のみぞ知る→神の溝知る(溝は喩えで、なにか哲学的な意味なのかもと想像してた)
茶碗蒸し→ちゃーむし(好物なのに、長いこと気づかなかった)
マッシュルームカット→マシュマロカット(マッシュルームを知らずに、床屋さんで……)
これを人前で口にしていたのだと思うと、今でも結構恥ずかしい。
そんなわけで、思い込みほど恐ろしいものはないので、知っているつもりの言葉も、少しでも不安を感じればせっせと辞書を引いて確認するようにしている。それが校正者の毎日だ。
おまけ
翻訳小説の校正をしていると、聞いたことのない料理名や食べ物名が出てきて興味と食欲をそそられる。
キューバン・サンドイッチ
[ハムとローストポーク、スイスチーズ、ピクルス、マスタードをキューバン・ブレッドで挟み、押しつぶして焼いたこの伝統的なサンドイッチはパニーニを思い出させる]『書店猫ハムレットの休日』p.276(舞台はフロリダ)
パブロヴァ
[例年どおりに恒例のソーセージをバーベキューにし、恒例のクリーミーパスタサラダと恒例のパブロヴァが出された]『死後開封のこと』上p.47(シドニー)
ターフェルシュピッツ
[日ごと小さな台所のコンロには、グーラッシュというハンガリー風牛肉の煮込みやら、ターフェルシュピッツというウィーン風ボイルドビーフやらの材料を入れた鍋が火にかけられていた]『天国通り殺人事件』p.244 (ウィーン)
本を読んだ者だけが食べられる、そんなお客限定のミステリ料理レストランがあったらぜひ行きたいのに!