仁木悦子『赤い猫』(日下三蔵編 ちくま文庫 880円+税)は『粘土の犬』(中公文庫)に続く仁木の短篇集復刊で、表題の短篇集に、中後期の短篇が増補されています。表題作の「赤い猫」では日本推理作家協会賞を受賞していて、安楽椅子探偵ものとしてオールタイムベスト級であるのは間違いない傑作です。

他の収録作品では仁木の主要な探偵役が顔を揃える嬉しいつくりで、仁木兄妹がそれぞれ活躍する短篇のほか、私立探偵三影潤のハードボイルド「白い部屋」や、新聞記者吉村駿作が誘拐事件に関わる「乳色の朝」とバラエティ豊かです。本書も、それぞれの探偵役が活躍する長篇に読み進める入り口になることを期待します。

ミステリー文学資料館編『甲賀三郎 大阪圭吉』(光文社文庫 880円+税)は、《ミステリー・レガシー》復刊企画の新刊です。甲賀三郎『歪(ゆが)んだ顔』の復刊は嬉しいですね。これはもともとNHKラジオ朗読劇の原作として書かれたために半端な尺で、同じ経緯の浜尾四郎『博士邸の怪事件』のほうは浜尾の作品数の少なさもあって幾度か復刊されたのに比べ、活字になる機会にほとんど恵まれませんでした。甲賀お得意の通俗スリラーで、朗読劇だというのを加味して読むとまた面白いと思います。


大阪圭吉は『死の快走船』初刊本のまるまる復刊ということで、これまでも復刊されてきた代表作であることには不満をおぼえる方がいるかもしれません。ただ序文やあとがきをご覧いただければ、甲賀三郎とあわせて復刊されるならばこの本だというのは至極当然です。また『死の快走船』収録の代表作を、新刊で入手できる状態に保っておくのは大切なことでしょう。

《論創ミステリ叢書》からは『藤原宰太郎(ふじわらさいたろう)探偵小説選』(論創社 4000円+税)が出ています。藤原の長篇第1作『密室の死重奏(カルテット)』を軸に、デビュー短篇を含む短篇群がまとめられています。


藤原は探偵を紹介するミステリ入門書で主要作品のトリックを明らかにしてしまったり、児童向け雑誌のクイズにそれらのトリックを引用したりと、いま40代以上の方には功罪相半ばする作家として記憶に残ります。古典のネタバレをされたと憤(いきどお)り続けている方もいれば、ミステリに興味を持つ助けとなったと感じている方もいるでしょう。当時の内情は、巻末に収録されたインタビューに、最初の推理クイズ本『探偵ゲーム』刊行の経緯から語られていてとても興味深いです。こういったミステリ史を活字として残していくのは、この叢書の大きな功績だと思います。

河出書房新社から、帯に『レトロ図書館』のマークのついた単行本の復刊企画がはじまっています。既に国枝史郎からは『沙漠(さばく)の古都』(1600円+税)・野村胡堂『奇談クラブ』(2000円+税)・甲賀三郎『強盗殺人実話』(1800円+税)が出ていて、ラインナップの印象はかつて一世を風靡(ふうび)した桃源社《大ロマンの復活》シリーズを彷彿(ほうふつ)とさせて、実際その桃源社版を底本としている作品もあります。ミステリからは若干はずれるのですが、この路線で今なお読めない作家というと橘外男(たちばなそとお)や蘭郁二郎(らんいくじろう)あたりの名前があがるでしょうか、今後の展開が楽しみです。 


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■■大川正人(おおかわ・まさひと)
ミステリ研究家。1975年静岡県生まれ。東京工業大学大学院修了。共著書に『本格ミステリ・フラッシュバック』がある。