C・J・チューター『白墨人形』 (中谷友紀子訳 文藝春秋 2250円+税)は、呪術めいた逸品。白墨人形(チョークマン)の絵を友人同士の暗号として使っていた12歳の主人公が、少女の惨殺事件に巻き込まれる。30年後、チョークと白墨人形が送られてきて、過去の事件が現代に蘇(よみがえ)る。展開や真相のみならず、オチも強烈であり、田舎町の閉鎖性もしっかり描き出している。現代と過去を行き来するカットバックの使い方も上手い。中年の主人公が少年期を懐旧する、あの雰囲気がたっぷり味わえる逸品だ。


カットバックと言えば、過去のパートの時系列を乱した、ニナ・サドウスキー『落ちた花嫁』(池田真紀子訳 小学館文庫 920円+税)も、技巧的で良かった。現在、ヒロインが人を殺しているのだが、その理由を語る過去パートがてんでバラバラに提示されるので、事態の全貌が一向に見えず、読者は五里霧中、緊張感だけは高まる。構成の勝利として高く評価したい。


アン・クリーヴス『空の幻像』(玉木亨訳 創元推理文庫 1320円+税)は、シェトランド諸島/ペレス警部シリーズの第6弾である。友人の結婚式に出席するため来島した女性が殺される。今回の幻想的要素は、島に伝わる少女の幽霊譚である。いつものことながら、彼らの性格人格は、会話文にいかにも自然に滲(にじ)み出す。落ち着いた筆致と、島の雰囲気が、読者を静かに包み込む。


シェイン・クーン『インターンズ・ハンドブック』(高里ひろ訳 扶桑社ミステリー 980円+税)は、組織の殺し屋が後輩に教訓を残すため書いた冊子、という体裁をとる。インターンに化けて企業に潜入する、殺しの手法が特徴的な組織、企業内で生まれる悲喜こもごもが前半の読みどころである。語り口が飄々(ひょうひょう)としていて可笑(おか)しい。独白の活きがいい殺し屋が好きな人なら、まず間違いなく楽しめよう。


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■酒井貞道(さかい・さだみち)
書評家。1979年兵庫県生まれ。早稲田大学卒。「ミステリマガジン」「本の雑誌」などで書評を担当。