本格推理小説のエッセンス
女性や飛入り客など、意外なゲストが持ち込む謎にも
ヘンリーは動じない
給仕と推理の神業をご覧あれ
解説:鮎川哲也


アイザック・アシモフ『黒後家蜘蛛の会』新装版、12編を収録した第4巻の登場です。シリーズも折り返しを過ぎたせいもあるのか、本書にはいくつか変わり種エピソードが含まれております。例えば、女子禁制の決まりがある〈黒後家蜘蛛の会〉に、シリーズで唯一、女性が謎を持ち込んでくる「よきサマリア人」。例えば、本来のゲストを追いやって、突然押しかけてきた若い客人の悩みを解決することになる「飛入り」。例えば、アシモフが眠った際に見た夢をそのまま作品化した(!)「赤毛」。とはいえ、すべての作品は安心のクオリティを保っており、読者は安心してヘンリーの名推理を楽しむことができます。

そして、4巻の解説は本格ミステリの巨匠・鮎川哲也先生。鮎川先生は2002年にご逝去されていますが、初版刊行時にお寄せいただいた解説を、新装版でも引き続き掲載いたしました。ご自身の安楽椅子探偵連作〈三番館〉シリーズとのあいだに見られる相似、〈黒後家〉シリーズの本格推理小説としての魅力などを、ひょうひょうとした筆致で綴っておられます。ここでは、シリーズの魅力を端的に語った部分を解説から引用いたしましょう。

(中略)ディクスン・カーは出発点の怪奇性ということに意を用いた。彼がクイーンに劣らぬ人気作家であることの理由の一つは、ここにあるのではないだろうか。だがアシモフはこの本格ミステリのパターンを無視して、不可思議性を中間に持って来るという冒険を敢えてして美事に成功しているのである。読者は作中のメンバーたちの気儘で遠慮のない談話をたっぷりと楽しみ、ヘンリーの給仕に依る料理の旨さに舌鼓を打ったのち、おもむろに紹介されるゲストの奇妙な体験談に心わくわくさせながら耳を傾ける。そしてメンバー同様に読み手もまたお手上げになったところで、おもむろに名探偵の解説を拝聴することになるのである。アシモフ作る処の一連のこの短編集には贅肉がない。あるのは本格推理小説のエッセンスだけなのだ。

アイザック・アシモフ『黒後家蜘蛛の会4』は10月10日刊行です。


六人の教養自慢と給仕一名が集い、美食と雑談を楽しんだのち推理合戦を行なう。この様式美を長年貫く〈黒後家蜘蛛の会〉も、ときには例外に遭遇する。シリーズで唯一、女性が謎を持ちこむ「よきサマリア人」や、突然押しかけてきた客人の悩みを解決する「飛入り」など、第4巻には変わり種エピソードを収録。不測の事態にも ヘンリーの給仕と推理の神業ぶりは決して揺るがない!