アウシュヴィッツに着いたパールとスターシャは瓜二つのユダヤ人の双子の少女、12歳。
 医師である父親が往診に出たまま失踪してしまい、ゲシュタポからの報告は川に身を投げての自殺ということだ。祖父と母との四人で暮らしていたが、家畜運搬車に詰め込まれてアウシュヴィッツ絶滅収容所に移送されてきたのだ。
 絶滅収容所、なんと恐ろしい響きだろう。
 入り口のアーチには、「労働はあなたを自由にする(働けば自由になる)」と書かれていた。
 これほど悪い冗談があるだろうか? これだけでも、怒りを覚える。

 移送列車から降ろされたユダヤ人たちは、降車場で白衣を着た男に出会う。  オペラのアリアを歌いながら、人々を強制労働へ、ガス室へと左右に振り分けるその男こそ、ナチスの医師ヨーゼフ・メンゲレその人。
 第三帝国の発展のため、優生学研究に取り憑かれた彼は、特に双子の研究に熱中していた。彼の研究対象になると、優遇されるらしいことから親たちは、双子や三つ子の子供を彼に託し、子供の安全を祈るのだった。
 パールとスターシャの二人も、彼の眼鏡にかない、彼の〈動物園〉に収容されることになる。母親とも祖父とも引き離されて。

 メンゲレは自らを〈おじさん先生〉と呼ばせ、様々な実験を子供たちに行なう。

 常に死と隣り合わせの収容所で個性的な二人の少女やほかの〈動物園〉の子供たちは何を得て、何を失い、何を見たのか?

 収容所に来るまでは、とんでもない泥棒稼業や暴力沙汰にあけくれていた、アルビノの少女ブルーナとの交流、美しい女医ミリ、〈双子たちのおとうさん〉と呼ばれ、彼女たちの面倒をみる青年、誰もがそれぞれの生を懸命に生きていた。

 物語はパールとスターシャが交互に語るかたちで構成されています。
 子供らしい想像力の世界、死のにおいのする絶滅収容所という世界で、現実と夢を行き来し、メンゲレを殺すことを夢見る少女たち。
 
「フィクションを読んで、これほど涙を流したのはいつ以来だろう……」有名な書評家ミチコ・カクタニのこの言葉がすべてを語っています。
 
 訳稿を読みながら、ゲラを読みながら、私も幾度涙を流したことでしょう。
恐ろしい真の暗闇のような世界の物語ではあるのだけれど、二人の純粋な少女とその友達が作り出す世界は限りなく美しく明るいのです。
 この二人の少女を、読者の皆さんも決して忘れることはできないのではないでしょうか。

◆美しい小説だ……今年度刊行されたなかで、もっとも痛ましく、それでいて力強く、想像力豊かな作品のひとつ。――アンソニー・ドーア

◆本書は、ホロコーストという暗い影の中の明るい希望の物語だ。
――〈ヴァニティ・フェア〉

◆驚くべき作品、胸打たれる、力強くすばらしい、簡単するしかない……、ほめすぎ、言葉を連ねすぎなのも、今回だけは許されてしかるべきだ。 ――〈エル〉

 
*10月刊行予定のオリヴィエ・ゲーズ(高橋啓訳)『ヨーゼフ・メンゲレの逃亡』(ルノードー賞受賞作)は、このメンゲレが1945年のアウシュヴィッツ解放後に逃亡し、南米に渡り、驚くべきことに1979年にブラジルの海岸で心臓麻痺で死亡するまで、捕まることも、裁かれることもなく生き続けた、その後半生を鋭角的な筆致で描ききったノンフィクション・ノベルです。
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