●番外
風間 宮部さんが挙げたキングの『死の舞踏』はホラー評論書ですね。これはマニアックな本なんだけど、キングが特別講師として母校のメイン大学でやった講義をまとめたもので、とてもわかりやすく書かれている。キングは単なるホラー・マニアというだけでなく、かなり系統的に読んで勉強している人だと思う。巻末に「付録」として映画と小説のそれぞれベスト100が付いてるんですが、トマス・ピンチョンの『V.』を挙げたりしてる。でも、そのベスト、ちょっと首をかしげたくなるような作品もけっこう入っているけど(笑)。
宮部 『死の舞踏』、何度も読んだんです。私、同じ本を何度も何度も読むんですよ。映画も、何度でも観る。何度でも楽しい(笑)。
 で、これで紹介されているアン・リヴァーズ・シドンズのThe House Next Door(『隣の家』)を読みたくてしょうがないんです。
風間 はいはい、そのことを事前に知りましたので、ここに持ってきました(笑)。これが原書です。
宮部 わー(喜)。これの翻訳が出ないかと、『死の舞踏』を最初に読んだときから思ってたんですよ。なぜ出ない、なぜ出ない、と(笑)。
風間 時期を逸したんですよね。1978年出版だからリチャード・マシスンの『地獄の家』や映画の『悪魔の棲む家』が公開されたときに翻訳が出ればよかったんでしょうね。
宮部 南部小説だというだけで大変なんだろうな、とは思ったんですけど。「一軒の家が幽霊屋敷になっていくまでを描く」というのが発想の転換だなと思ったんですよ。
風間 僕は編集者時代に原書で読みました。大衆小説の作家ですが、この作品は純文学寄りです。創元推理文庫で言えばT・E・D・クライン(『復活の儀式』)やピーター・ストラウブ(『シャドウランド』)の系統ですね。日常を丹念に描いていく感じ。長いんですが、エピソード形式で三つの中編、三組のカップルの話が並んでいるので飽きずに読めると思いますよ。
宮部 読みたい! ぜひ東京創元社で出してください(笑)。絶対翻訳されると思ってたんです。キングがあれだけ褒めてるし、面白そうだと思って。
風間 『死の舞踏』自体が翻訳されたのも遅かったですしね(原著1981年刊、邦訳は93年)。
宮部 待っても待っても出ないから、とうとう諦めてしまったんです。ホラー・ブームも下火になっていましたし。やっぱり好事家のものなんだろうなと思いながら。でもずっと心に引っかかっていたから、今回ベストに入れたんです。
 でも最近は「これ読みたいな、でも翻訳出ないな」と思うこと自体が減りましたね。
風間 『死の舞踏』みたいな、煽(あお)るような評論集が出てないですからね。
宮部 そう。そこでタイトルと作者を憶えて、翻訳されてなかったら、どこか出してくれないかな、とずっと待つんです。そういう楽しみもあるんですよね。
風間 紹介文を読むとメチャクチャ面白いのに、現物を読むと……ということもありますよ。映画でいうと予告編はものすごく面白そうでも、本編はつまらないというような(笑)。
宮部 それはそれでまた話のタネになります(笑)。
風間 真っ正直な人ばかりで、ペテン師がいなくなったということでしょう(笑)。
 で、僕は番外にはジャック・サリヴァンの『幻想文学大事典』を選びました。これは、タイトルどおりの事典ですが、読み物として一ページ目からの通読に堪えうる稀有な書です。気ままにパラパラ読んでいくだけでも、自然と怪奇幻想の世界がわかります。そして「創元の本を読まなくちゃ」という気になります(笑)。いやマジで、古典からモダンホラーまで肝心なところはすべて収録していて、残念ながらキングの長編はありませんが、創元推理文庫は怪奇幻想小説の宝庫ですよ。
宮部 『死の舞踏』ほどわかりやすくはないですけれど、面白いですよね。あと、こんなものも持ってきました。ジェフ・ロヴィンの『怪物の事典』(青土社)。これも読んでいて楽しい事典で、映画や小説に出てくる怪物がみんな載っているんですよ。

●短編・アンソロジーの楽しみ
宮部 テラーとホラーというテーマでお話をするときに、絶対に核としてはずせないのは東京創元社と早川書房の翻訳物ですね。私もごくごく若いうちから読みはじめましたけど、なかなかハードカバーでは買えなかったんですよ。だから創元推理文庫で重要な作品が揃っているのは本当にありがたいです。ラヴクラフトだって、今のような全集は出ていなくて、それこそ稀覯本みたいな扱いでしたよね。文庫で出ていなかったら今ほど読まれてないと思います。私にとってそういうものの典型がM・R・ジェイムズでした。創元推理文庫の最初の一巻本の前に出ていた、やはり紀田先生の編まれた単行本が伝説の本になっていて、手に入らなかったんですよね。
風間 創土社の二巻本ですね。
宮部 ずっと欲しかったんですけど、手に入らなくて。持っている人は手放さないですし。で、創元推理文庫でようやくめぐりあった。ジェイムズって、怪談の上手な教授がお話ししてくださっているという感じで、大好きなんです。
 私はこういう、手軽に手に入る文庫や、文庫のアンソロジーでどんどんホラーの深みにはまっていったんですよ。
風間 宮部さんは短編がお好きなんですね。
宮部 そうです。自分では正調ホラーは書いてないし、長編でも長いものばっかり書いてしまうんですけど(笑)。でも本当は恐怖物は短編が一番だと思うし、本当に上手い作家って、短いものが上手い人なんだと思います。今でも自分で読むものは短編が多いです。アンソロジーも大好きです。
 アンソロジーの楽しみって、ベタな喩えなんですけれど「紅白歌合戦」だと思うんですよ。読みはじめた頃が小学校高学年で、「紅白歌合戦」が一番よかった時代だからなんですけど、たくさんの作家の名前が並ぶのはかっこいいことに思えるんです。自分の短編がアンソロジーに収録されると、すごく嬉しいですね。「選抜された」みたいな(笑)。
『異形の白昼』は王道です。筒井さんが編まれたというだけでもすごいです。これも収録されている作品は筒井さんの「母子像」、小松左京さんの「くだんのはは」をはじめ、玉ばっかり、語り継がれる傑作ばかりです。
風間 講談社文庫の『世界ショートショート傑作選』(全三巻)ってありましたよね。ホラー、SF、ミステリ、ファンタジーなどいろんなタイプの作品の秀作が精選されている優れたアンソロジーだった。
宮部 ときどき思い出したように読み直します。装幀も洒落(しゃれ)ていて良いですよね。中学、高校のときに初めて読んで意味がわからなかったものが、いま読んで、「あっ、こういうことだったんだ」とわかったり。
風間 日本でも70年代はアンソロジーの出版が盛んだったけど、80年代からは下火になりましたね。70年代はSFのアンソロジーも多くて、例えば講談社文庫からはヒューゴー賞の傑作選(『世界SF大賞傑作選』)も出てましたし。あと角川もすごかったです。たとえば、『クリスマス・ストーリー集』(全二巻)も、さまざまなジャンルの〈異色作家短編〉風のものが詰まっていた。
宮部 ショートショートや短編一つ一つを編みなおして、好きな人たちがいつでも読めるように出してくれるというのがありがたいですね。私は「影が行く」を図書館で、ハヤカワSFシリーズ(ハヤカワ・ポケットミステリと同じ造本の、70年代初頭まで刊行されていたSF叢書)で読んだんです。それっきりどこにもなくて。もう読めないのかと思っていたので、東京創元社から出たときは本当に嬉しかったです。やっぱり、こういうものにちゃんと目を配っていて、出してくれる翻訳家の方やアンソロジストの方がいるんだと思って。
風間 編むほうもマニアですよね。僕もアンソロジーを編みましたけど、「マニア向けのものを作らなきゃ」という思いもあるんですけど、でもまだウブな読者のための入口的なものでもありたいからといって、有名な名作・傑作をいくつも収録するにはプライドが許さないみたいな、そういうところの葛藤が難しいところだと思います。
宮部 いろいろ混じっているのがいいんですよね。
風間 初級編・中級編・上級編なんて分けるのもいいかも。ただ、海外ものを編むときには版権の問題があるから、そのへんも編者が歯がゆい思いをするところですよね。
宮部 私も光文社でホラーの翻訳短編アンソロジーをつくったことがあるんですが、そのときに現役で手にはいるものはほとんど東京創元社のものだった。「あらためて東京創元社に敬礼」って書いたんですよ。

●子供たちへ
風間 今はもう、ホラーも変わっちゃいましたよね。ホラー専門誌が〈幽〉〈怪〉と二誌も出てるんだから。だいたい日本では「ホラー」とさえ呼ばれなくなっちゃったんじゃないかな。怪談ですよね。先に断っておきますが、そもそもホラーと怪談はちがう、といった言葉の定義は、話が長くなるので、とりあえずここではしませんが。
宮部 そうですね。私の世代だと、『怪奇小説傑作集』を入口に、どんどん読めました。十九世紀のものでも短編なら読めました。でも例えば今の子たちは、怖いものを読みはじめようとするときに、さすがにアーサー・マッケンからスタートするのは無理だと思うんです(笑)。他にも本はいっぱいあるので、ちょっと手強そうなものをスルーしても、読む本には困らないですから。
風間 僕の世代でいうと、都筑道夫さんなどがジュヴナイルとしてわかりやすく訳して紹介してくれたものがたくさんあったから、それを読んでいましたね。
宮部 講談社の《世界の名作怪奇館》(全七巻)ですね! 私はまさにこれが入口でした。都筑さんと福島正実さんが翻訳なさってて、黒い本で。サキの「死者を待つまど」やディックの「にせもの」なんて、もうものすごく怖かったです。学校の図書館に入っていて、夏休みの間じゅう延長を繰り返して一人で借りてました(笑)。「誰にも渡すものか!」って。
風間 当時は他に借りる人もいなかったんじゃないですか(笑)。
宮部 そういえば苦情は来なかったですね、一件も。「また借りていいですか?」って図書委員の子に言うと「いいよ」って言われましたから。夏休みの日記に延々とその全集の話を書いて。担任の先生から「他に本は読まなかったのか」って言われた(笑)。
風間 一年じゅう借りてなさい(笑)。
宮部 そこから今の人生が(笑)。本当にあの全集が入口でしたね。そこからすぐに『怪奇小説傑作集』へ行きました。
風間 今の子は違いますよね。『学校の怪談』や、ライターが書いた子供用の実録風のものから入ってくるから。
宮部 そっか……、今は実話怪談が主になってるんですね。そうするとやっぱり、このあたりで古典のジュヴナイルをやらなきゃいけないんですね……。マジで今そう思いました(笑)。後半生の仕事にしようかな、と(笑)。ホラーやテラーは、最も時代の変化に耐え得るジャンルなんじゃないかと思います。「怖い」という感覚は変わらないですから。ミステリだと、「このトリックはさすがにもう……」というような、時代と合わない部分が出てきてしまうけど、例えばいまラヴクラフトを読んでも怖いし、いまアーサー・マッケンを読んでも怖い。
風間 ラヴクラフトの言葉がよく引き合いに出されますよね。「恐怖は人間の最も古い、最も強い情感だ」。
宮部 ジェイムズは好きで何度も読み返すんですけれど、いまだに「絶対骨董品には手を出すまい」と思います。五十近くなった今でも思うんですよ。それぐらい鮮やかに怖くて面白かった(笑)。ちなみに私、ツインの部屋には泊まれません。
風間 純情ですね(笑)。でも基本的にはそうですよね、人間って。有名なある伯爵夫人のセリフ。「幽霊なんて信じません。でも、怖いです」。これですよ。いくら大人になってものごとを合理的に考察し、科学的な精神をもっても、怖いものは怖い(笑)。
宮部 そうなんです……仕事で事務所に宿泊先を手配してもらうときに、ツインはやめてねって頼むんです。「何で?」と訊かれるんですけど、「それはあなたM・R・ジェイムズを読みなさい」(笑)。「『笛吹かば現れん』という短編を読めば、絶対ツインの部屋には泊まれなくなるから!」って(笑)。
 でも、それぐらい心に残る「お話の怖さ」「怖い小説の力」を、今の子供たちに伝えたいですね。やっぱりジュヴナイルをやるべきだなあ……。

(2009年8月25日、ホテルメトロポリタン・エドモント〈平川〉にて)


宮部みゆき(みやべ・みゆき)
作家。『パーフェクト・ブルー』で長編デビュー。『龍は眠る』で第45回日本推理作家協会賞を、『理由』で第120回直木賞を受賞。著書多数。
風間賢二(かざま・けんじ)
翻訳家・評論家。首都大学東京、明治大学非常勤講師。著書『ホラー小説大全』は第51回日本推理作家協会賞を受賞。訳書にキング『ダーク・タワー』他多数。


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