さて、ウールリッチ=アイリッシュに戻りましょう。
主人公が窮地に陥り、最後にはそこから脱するにせよ、その間のサスペンスで読者を魅了する。これがウールリッチ=アイリッシュの根本的な発想です。そのためには、主人公を摩訶不思議な――できれば読者に恐怖感を与えるような――状況に置かねばなりません。摩訶不思議といっても、謎めいた状況が何者かの作為であったと解き明かされるという行き方は、ウールリッチは不得手でした。クライム・ストーリイの「睡眠口座」
自分だけが知っている犯罪者がいる、あるいは犯罪を目撃してしまうというのは、ひとつの有力なパターンです。さらに、身近な人が失踪し、自分以外の人は「もともとそんな人はいない」と言う、そんなパターンもありました。前者には警察力の相対的な無力さ、後者には、地縁血縁の薄い、ある種のアメリカ社会という背景があります。莫大な財産の相続人がひとりだけで、その人間だけを亡き者にして乗っ取りを図る。そういえば、エラリー・クイーンの著名な中編もこの変種と言えるし、相続人がヨーロッパにいれば、大陸の金持ちが死んで遺産を相続するという、これまたおなじみのパターンです。双方をひとまとめにして、アメリカに生きる個人が抱える脆弱さと言ってもいいかもしれません。たとえば、「ガラスの目玉」
主人公が陥る窮地は、捜査する警察や読者が先回りできず、その上、恐怖を喚起するものが望ましい。簡単に動機が特定できるようでは、警察を出し抜くことは不可能だし、読者に先を読まれてしまう。そこで、ウールリッチが多用したのが、異常者の犯行でした。今回ウールリッチを読み返し、あるいはまとめて読んでみて、異常者の犯行をあつかったものが多いのには、びっくりしました。「夜をあばく」のような虚言癖放火癖といったものや、「ワルツ」
とはいうものの、では、異常な犯罪者の異常な犯行から浮かび上がるものはといえば、なんのことはない、動機らしい動機のない殺人狂に狙われるという作劇上の必要性を超えるものはありません。たとえば「送っていくよ、キャスリーン」を見てみましょう。刑務所帰りの主人公が、昔恋したキャスリーンに一目会いに、ダンスパーティへ行き、会場から送っていく途中、林の小道で離れ離れになり、彼女は何者かに殺されます。状況は彼に不利で嫌疑は拭いようもない。そこで、かつて彼が服役した事件の担当刑事が現われて、彼の無実をはらすのです。この刑事の方法は、のちのプロファイリングに、似ているといえば似ていますが、大ざっぱというか雑というか、原始的です。そして、暴かれた犯人は精神病だったことが暴露されて話は終ります(もうちょっと言うと、かの地で人望のある男なので、異常者だと言わないと、それも地元の女性がそれを証言しないと誰も信じないのです)。
門野集訳が収録されている、コーネル・ウールリッチ傑作短編集第三巻『シンデレラとギャング』
似たようなことは、マリファナを喫った男が連続殺人に走ってしまう「妄執の夜」
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