この対談は、〈ミステリーズ!〉vol.35(2009年6月号)に掲載されたものです。(編集部)
(トークショー中のひとこま。左:山本弘先生、右:大森望先生)
■山本弘の創元SF文庫ベストテン
1.『反対進化』エドモンド・ハミルトン
2.『降伏の儀式』(上下)ニーヴン&パーネル
3.『銀河パトロール隊』E・E・スミス
4.『天使と宇宙船』フレドリック・ブラウン
5.『宇宙消失』グレッグ・イーガン
6.『時間衝突』B・J・ベイリー
7.『星を継ぐもの』J・P・ホーガン
8.『タウ・ゼロ』ポール・アンダースン
9.『レモン月夜の宇宙船』野田昌宏
10.『地球の静止する日』中村融編
■大森望の創元SF文庫ベストテン
1.『万物理論』グレッグ・イーガン
2.『年刊SF傑作選』(1~7)ジュディス・メリル編
3.『分解された男』アルフレッド・ベスター
4.『ウは宇宙船のウ』レイ・ブラッドベリ
5.『天使と宇宙船』フレドリック・ブラウン
6.『沈んだ世界』J・G・バラード
7.『ラモックス』R・A・ハインライン
8.『司政官 全短編』眉村卓
9.『惑星カレスの魔女』J・H・シュミッツ
10.『時間封鎖』(上下)ロバート・チャールズ・ウィルスン
■大森望のモアテン
・『銀河英雄伝説』(1~10、外伝1~5)田中芳樹
・『レモン月夜の宇宙船』野田昌宏
・『死の世界』(1~3)ハリー・ハリスン
・『ドサディ実験星』フランク・ハーバート
・『造物主の掟』J・P・ホーガン
・『星の書』イアン・ワトスン
・『ザップ・ガン』P・K・ディック
・『時間衝突』B・J・ベイリー
・『究極のSF』ファーマン&マルツバーグ編
・『ギャラクシー』(上下)ポール&グリーンバーグ編
●SFとの出会い
大森 昔から知り合い同士なんですけど、ちゃんとお話しするのは初めてですね。
山本 そうですね。
――実は山本さん御自身、SFのコンベンション以外の公開の場でSFの話をするのは今回が初めてです。
大森 山本さんはぼくより五歳上なんですが、創元のSFはいつ頃から?
山本 文庫を読みはじめたのは70年代初め。高校生だったのでお金がなくて、創元もハヤカワも本屋で何時間も立ち読みしました(笑)。よくも店員さんに怒られなかったもんだ。
大森 ぼくが読みはじめたのハヤカワ文庫SFの青背(冒険系の白背と区分した本格SF系文庫)が出る前だったから、もっぱら図書館で銀背(ポケミスと同じ造本のハヤカワSFシリーズ)の古いのを読んでたんです。そのうち古本屋の存在を知って、最初に買い出したのが創元の文庫。百円前後でした。
――八重洲ブックセンターのトークショーだというのに、立ち読みとか古本屋の話から始まりますか(笑)。
大森 古本屋のほうが揃ってたし、中学生の小遣いじゃ、なかなか新刊は買えなかったから。
山本 そうだ、ぼくが短編を好きなのは立ち読みしてたからですよ。フレドリック・ブラウンが好きになったのはそのせい。長編は立ち読みするのがつらい(笑)。
大森 『放浪惑星』(フリッツ・ライバー、508ページ。当時二番目に厚いSF文庫だった)はちょっと読めない(笑)。
山本 『放浪惑星』は買いました(笑)。立ち読みといえば、大森さんが挙げてるメリルの『年刊SF傑作選』もかなり読みました。
大森 そうそう、二人のベストテンでいちばん違うのはニューウェーヴ系が入るかどうか。山本さんは好みにまったくブレがない。剛球一直線のSFファンという感じ(笑)。せっかく立ち読みしたのにメリルはベストに入ってないし(笑)。
山本 やっぱりね、つまらない作品が印象に残っちゃう。
大森 それで、なぜつまらないかと考えるのがマニアへの第一歩なんですよ(笑)。
山本 ヤングの「たんぽぽ娘」とか、いいものはあるけど全体として面白くない(笑)。だってジェラルド・カーシュなんてどこがSFなんだ。川を渡るのに必死になる話でしょ。
――面白くなかったのにそこまで憶えてるんですか(笑)。
山本 面白くなかったから憶えてる(笑)。
大森 だからね、ぼくと日下三蔵とで編んでる創元の《年刊日本SF傑作選》でも、「なんだこりゃ」と山本さんに言われるようなものをあえて入れている。いつまでも憶えててもらおうと思って(笑)。全部わかると、そのときは面白いけど、すぐ忘れちゃう。
山本 確かにね(笑)。
●ベストSFと奇想SF
――ではベストテンに入ります。
大森 山本さんの一位が『反対進化』というのも男らしいというか(笑)。
山本 ぼくのベストテンは面白いかどうかよりも自分にとっての思い入れの強さを基準にしてます。
『反対進化』という短篇集はすごいんです。年代順に作品が並んでるんですけど、巻頭の「アンタレスの星のもとに」というのがひどい駄作(笑)。科学者が他の惑星にテレポートする機械を発明して、「これでアンタレス系の惑星を探査しに行ってこい」と。「でもどこに着くかわからない。海の上か、真空かも知れない、一か八かだ」(笑)。そんなものでいきなり人を送り込むのか。実験に志願した主人公が惑星に行ってみたら、何かのピラミッドの上に実体化しちゃった。その星ではピラミッドの上に立った者が王様になるというしきたりがあったもので、いきなり主人公は王様になる。そんな偶然あってたまるか(笑)。というつまらない作品がある一方で、「呪われた銀河」や「反対進化」のような途轍もないスケールのバカ話も入ってる。ぼくの持論が「SFとはバカである」なので、これは褒め言葉です。その他「ウリオスの復讐」は個人的にすごく好き。アトランティスが不倫のとばっちりで沈没する(笑)。
大森 ひどい話ですよね(笑)。
山本 そう。でも高校時代に〈SFマガジン〉で読んだときスケールのすごさに愕然とした。アトランティスを壊滅させた妻とその愛人を追って何千年にもわたって追跡劇を繰り広げる。これには感心した。
年代を追ってハミルトンの作品は変わっていって、第二次大戦をはさんで無常観のある話や悲しい話が並んで、最後に「プロ」という短編がくる。これは年とったスペースオペラ作家が、自分の息子が宇宙飛行士になってロケットで月に行くのをテレビで見送る話で、そこで「SFをずっと書いてきた我々は実はアマチュアだったんだ」という独白が入る。そこでもうボロボロと涙が出て。つまり本全体がハミルトンの人生を表現していて、最後に「プロ」が来るので、それまでの作品が「プロ」の裏設定であったかのように読めるんですよ。
大森 ぼくのSFは、主に『反対進化』が終わったところから始まるんです(笑)。「プロ」以降が現代SF。それ以前にはあんまり興味がない。さすがにいま読むと「これはないでしょう」と(笑)。
山本 でも、「呪われた銀河」はその当時、宇宙膨張論が発見された科学トピックを即座に利用して書いた話だし。バリントン・ベイリーが「奇想SF」の大家のように言われてるけど、奇想SFの元祖はハミルトンですよ。
――対して大森さんの一位は『万物理論』。
大森 ハミルトン的な奇想を現代SFに移すとイーガンになるんです。
山本 なるほどね。
――ほんとに?(笑) 山本さんも五位に『宇宙消失』を挙げてますね。
山本 『万物理論』とどっちを入れるかさんざん悩みました。
大森 『宇宙消失』のほうがバカ度は高いですね。でも一昨年のワールドコンで、来日したテッド・チャンと話したとき、彼もイーガンが好きだから、どれがベストだと思うか訊ねたら、好き嫌いで言うとまた別だけど、ベストは『万物理論』だと。イーガンの集大成的な作品で、完成度が高く、小説としてもちゃんとしてると。
山本 『万物理論』も結末が大バカなんだけど感動しちゃうんだよね。
大森 そうなんですよ。主人公のキャラも、SFファンぽいダメさがリアルで。イーガンはニューウェーヴを通過した奇想作家だという感じがしますね。最後にインナースペースに戻ってくるというか、ハードな物理ネタを書いていても最後は人間の問題に帰ってくる。山本さんとしてはそこが物足りない?
山本 いやいやそんなことはないです(笑)。イーガン大好きなんですよ。大森さんが言ったようにイーガンは人間の心の問題を常にテーマにしてる。
大森 それはOKなんですね。宇宙に行かなくても。
山本 そう、面白いならインナースペースでもアウタースペースでもかまわない。
大森 子供の頃、ハミルトンが与えてくれた衝撃を今に甦よみがえらせるのがイーガン。ハミルトン→ベイリー→イーガンと言ってもいいわけです(笑)。
山本 あれ? 大森さん、ベストテンにベイリーを入れてないんですね。
大森 『時間衝突』が最高に好きなんですが、自分の訳書なのでちょっと遠慮して(笑)。
――『時間衝突』は山本さんの六位。五十周年フェアでは御推薦文も頂きました。
山本 時間に前後だけじゃなく「斜め」があるとか。そもそも時間が正面衝突するという発想がおかしい(笑)。
大森 考古学者がある遺跡の写真を調べると、時代を追うごとにだんだん新しくなっている。どうもその遺跡だけは逆向きに時間が流れているらしい。じゃあってんでタイムマシンで未来へ調べに行くと、未来からこっちに向かってくる時間流が見つかる。問題の遺跡は、その時間流がこっちの時間流と衝突したあとに残ったものだった、と。この大風呂敷がたんなる導入だというところがすばらしい(笑)。
山本 ベイリーってスペースオペラの延長で小説を書いている気がするよね。
大森 イギリスの作家ですけど、子供のころ読んでたアメリカの冒険SFが大好きだった人だから、エース・ダブルでそういうのばっかり書いてた。体制に刃向かう宇宙の一匹狼みたいな主人公が基本です。でもベイリーが書くとなぜか暗い話になっちゃう(笑)。発想はバカなのに。
山本 そうだね。『時間衝突』はバカ度がすごい。しかもものすごく真剣に書いてる。
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