最後まで謎に翻弄されたい読者の皆様に贈ります。

 まず目次をみていただければ、時代が行ったり来たりすることがおわかりいただけるでしょう。
 面倒くさいな、とお思いになるかもしれませんが、『忘れられた花園』をお読みになった方でしたら、モートンのこの手法は、見かけほど面倒ではないことをご存じだと思います。

 1938年、1940年、1941年、1953年、1961年、そして2011年……。

 読み始めてしまえば、ぐいぐいと物語世界に引きずり込まれます。ご安心ください。
 なにしろ、第1章(1961年)で、問題の事件が起きるのです。少女だったローレルがツリーハウスから見ている前で、大好きな母親が、突然現われた男をナイフで刺し殺すという事件が。
 なぜ?

「やあ、ドロシー。久しぶりだね」
 突然現われた見知らぬ男は、母にそう声をかけたのでした。そして、その彼に向かって、母のナイフは振り下ろされたのです。

 彼女の証言――警察に話したこと、話さなかったこと――により、母の正当防衛が成立し、一家はその後も幸せな日々を送ることができたのでした。ローレルの小さかった三人の妹、そして弟には、事件の実態が知らされることはなかったのです。

 でも、あの言葉「やあ、ドロシー……」
 彼はいったい誰だったのでしょうか? なぜ母は彼を殺さなければならなかったのでしょうか?
 
 恐ろしい事件を目撃したローレルは現在、性格俳優として、イギリスの国民的女優の名をほしいままにしています。皺の一本一本も魅力と言われるような……。
 そして今、彼女の母ドロシーは、老いて死が近づいています。
永遠(とわ)の別れの前にローレルは、あの日の事件の真相を知りたいと願っていました。母とあの男は知り合いだったはずなのです。「久しぶりだね」という言葉をローレルは忘れることができませんでした。
 事件の真相を知ることは、母の過去を知ることになる……、それがどんなものであっても、真相は知っておきたい。

母の大事にしていた一冊の本『ピーター・パン』、それには、「ドロシーに……」と始まり、「ヴィヴィアン」と署名された献辞が書かれ、そしてそこにはさんであった古い写真には、若き日の母と、もうひとり年格好の似た女性の姿がありました。
 この女性は誰なの? 

 1938年というのは、ドロシーの少女時代、1940、41年は第二次世界大戦中でドロシーがロンドンで生活していた時代……。

 読み始めていただければ、モートンの者語の迷宮に引き込まれること間違いありません。
謎、謎、謎……。最後まで謎に翻弄されたい皆様、ケイト・モートンの『秘密』があれば、冬休みが充実することを保証いたします。

 装丁は今回も柳川貴代さん、装画は浅野信二さんです。前作とはまた違った味わいのモートンの世界を見事に表わしてくださったお二人に大感謝です。


(2013年12月5日)




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