毎回、その年のトピックを象徴するような作品を選んできたが、
本書に関してはとくにその傾向が強い。
2011年は、日本SFにとってもまさに激動の年だった。
本書に関してはとくにその傾向が強い。
2011年は、日本SFにとってもまさに激動の年だった。
2011年日本SF界の精華17編に加え、第3回創元SF短編賞受賞作を収録
■大森望(おおもり・のぞみ)
1961年高知県生まれ。京都大学文学部卒。翻訳家、書評家。他の編著にオリジナル・アンソロジー《NOVA》シリーズ、主な著書に『21世紀SF1000』『現代SF1500冊(乱闘編・回天編)』、『特盛! SF翻訳講座』、『狂乱西葛西日記 20世紀remix』、共著に『文学賞メッタ斬り!』シリーズ、主な訳書にウィリス『航路』、ベイリー『時間衝突』ほか多数。
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大森望 nozomi OHMORI
創元SF文庫版《年刊日本SF傑作選》の第5集をお届けする。2011年(奥付に準拠。雑誌は1月号~12月号)に日本語で発表された数多の作品の中から、編者2人(の片方または双方)がこの年の日本SFを代表すべき作品だと判断した17編(小説15編+漫画2編)と、第3回創元SF短編賞を受賞した理山貞二「〈すべての夢|果てる地で〉」を収録した。
2008年にスタートしたこの年度別ベストSFアンソロジーも、早いものでもう5年目に入る。編者ふたりの意見がぜんぜん一致しないのは相変わらずですが、よくも悪くもそれが本シリーズの個性だろう。ページ計算が狂うのも相変わらずで、またまた予定より大幅に増え、過去最大のボリュウムになってしまいましたが、この先10年、20年と続けられるよう、読者諸兄のご支援をお願いする次第である。
さてここで、本書の内容について簡単に触れておこう。当《年刊日本SF傑作選》では、毎回、その年のトピックを象徴するような作品を選んできたが、本書に関してはとくにその傾向が強い。2011年は、日本SFにとってもまさに激動の年だった。
3月11日に発生した東日本大震災による津波は、まるで破滅SFのような光景を出現させた。そして、それに続く原発事故。直接の被災者ならずとも、あの日から、なにかが決定的に変わったと感じている人は多いだろう。SF作家でもある思想家の東浩紀は、〈震災でぼくたちはばらばらになってしまった。/それは、意味を失い、物語を失い、確率的な存在に変えられてしまったということだ〉と書いている(『思想地図β』2号)。
そういう時代に、SFはなにをなすべきか。本書に収録した川上弘美「神様 2011」は、デビュー短編「神様」を下敷きに“3・11以後”の日常をたんたんと描き出す。神林長平「いま集合的無意識を、」は、震災以後を踏まえて伊藤計劃『ハーモニー』と正面から向き合い、その先を探る。とり・みき「Mighty TOPIO」は、手�恷。虫と小松左京にオマージュを捧げつつ、“原子力とSF”という困難なテーマにギャグ漫画家らしくアプローチする。
その小松左京は、震災と原発事故ののちも、「私は、まだ人間の知性と日本人の情念を信じたい。この困難をどのように解決していくのか、もう少し生きていて見届けたいと思っている」と記した(『3・11の未来 日本・SF・創造力』序文より)。人類の可能性を信じ、科学技術の未来を夢見つづけた小松さんらしい言葉だが、願いはかなわず、この原稿を書き上げた直後の7月26日に世を去った。享年80。震災以降、『日本沈没』がふたたびベストセラーとなり、SF作家・小松左京の先見性に注目が集まっているさなかの悲報だった。
名実ともに日本SFを代表する存在を失った影響ははかりしれないが、小松左京が残した作品群はいまも影響力を失っていない。本書には、電子書籍小説誌〈月刊アレ!〉の小松左京追悼特集から小松SFトリビュート短編2編、未完の長編『虚無回廊』の結末を夢想した堀晃「巨星」と、「岬にて」にオマージュを捧げた瀬名秀明「新生」を再録した。
原発事故によって科学技術に対する信頼性が揺らぐなかでも、前年(2010年)に帰還した小惑星探査機「はやぶさ」は根強い人気を保ちつづけた。「はやぶさ」の地球帰還に対し、2011年の星雲賞自由部門が贈られたほか(小惑星イトカワ着陸に対して06年の同賞自由部門が贈られているので、「はやぶさ」の星雲賞受賞はこれが2度目)、「はやぶさ」を主役とする映画が相次いで三本製作され、2011年には、その先陣を切って、「はやぶさ/HAYABUSA」が公開された。本書に収めた恩田陸のショートショート「交信」と庄司卓「5400万キロメートル彼方のツグミ」は、ともにその「はやぶさ」にインスパイアされた作品。
2011年には、徳間書店のSF専門誌〈SF Japan〉が11年の歴史にピリオドを打った。休刊号となった春号には、日本SF新人賞出身の作家20人が新作短編を寄稿。その中から、本書には、嫁いでゆく娘とその父親の関係を描く三雲岳斗「結婚前夜」と、ある惑星のテーマパークで起こった事件を描く黒葉雅人「イン・ザ・ジェリーボール」の2編を採った。
その他の収録作についても簡単に。巻頭の小川一水「宇宙でいちばん丈夫な糸」は、『妙なる技の乙女たち』ポプラ文庫版のための書き下ろし。軌道エレベーターの出発点となるカーボンナノチューブ開発にスポットを当てる。新鋭・伴名練の「美亜羽に贈る拳銃」は同人誌『伊藤計劃トリビュート』初出。神林長平「いま集合的無意識を、」と同じく、『ハーモニー』にインスパイアされて、その先を目指そうとする中編。
石持浅海「黒い方程式」と宮内悠介「超動く家にて」は、ともに先行作品を意識したSF設定のミステリ。ただし方向性はいろんな意味で正反対なので対照の妙を味わってほしい。
木々津克久「フランケン・ふらん ―OCTOPUS―」は、人造美少女ふらんが活躍するコメディ漫画シリーズ(〈チャンピオンRED〉連載)の一話(第53話)。なぜそれがここに入っているかは、読めばわかります(たぶん)。
大西科学「ふるさとは時遠く」は時間傾斜のある世界を叙情的に描く短編。新井素子「絵里」は、親と娘の関係についてSFならではの角度から考察する。
年刊日本SF傑作選パートの最後を締めくくるのは、2011年のMVPというべき活躍を見せた円城塔の「良い夜を持っている」。超人的な記憶力の持ち主だった父親について、息子が語る中編。
これら17編にまさるとも劣らない本格SF中編が、巻末に収録した第3回創元SF短編賞受賞作、理山貞二「〈すべての夢|果てる地で〉」。まったくの新人のデビュー作ですが、同賞選考委員のひとりとしてそのクオリティは保証する。
以上18編、2011年の日本SFの精華をじっくりご堪能ください。
2008年にスタートしたこの年度別ベストSFアンソロジーも、早いものでもう5年目に入る。編者ふたりの意見がぜんぜん一致しないのは相変わらずですが、よくも悪くもそれが本シリーズの個性だろう。ページ計算が狂うのも相変わらずで、またまた予定より大幅に増え、過去最大のボリュウムになってしまいましたが、この先10年、20年と続けられるよう、読者諸兄のご支援をお願いする次第である。
さてここで、本書の内容について簡単に触れておこう。当《年刊日本SF傑作選》では、毎回、その年のトピックを象徴するような作品を選んできたが、本書に関してはとくにその傾向が強い。2011年は、日本SFにとってもまさに激動の年だった。
3月11日に発生した東日本大震災による津波は、まるで破滅SFのような光景を出現させた。そして、それに続く原発事故。直接の被災者ならずとも、あの日から、なにかが決定的に変わったと感じている人は多いだろう。SF作家でもある思想家の東浩紀は、〈震災でぼくたちはばらばらになってしまった。/それは、意味を失い、物語を失い、確率的な存在に変えられてしまったということだ〉と書いている(『思想地図β』2号)。
そういう時代に、SFはなにをなすべきか。本書に収録した川上弘美「神様 2011」は、デビュー短編「神様」を下敷きに“3・11以後”の日常をたんたんと描き出す。神林長平「いま集合的無意識を、」は、震災以後を踏まえて伊藤計劃『ハーモニー』と正面から向き合い、その先を探る。とり・みき「Mighty TOPIO」は、手�恷。虫と小松左京にオマージュを捧げつつ、“原子力とSF”という困難なテーマにギャグ漫画家らしくアプローチする。
その小松左京は、震災と原発事故ののちも、「私は、まだ人間の知性と日本人の情念を信じたい。この困難をどのように解決していくのか、もう少し生きていて見届けたいと思っている」と記した(『3・11の未来 日本・SF・創造力』序文より)。人類の可能性を信じ、科学技術の未来を夢見つづけた小松さんらしい言葉だが、願いはかなわず、この原稿を書き上げた直後の7月26日に世を去った。享年80。震災以降、『日本沈没』がふたたびベストセラーとなり、SF作家・小松左京の先見性に注目が集まっているさなかの悲報だった。
名実ともに日本SFを代表する存在を失った影響ははかりしれないが、小松左京が残した作品群はいまも影響力を失っていない。本書には、電子書籍小説誌〈月刊アレ!〉の小松左京追悼特集から小松SFトリビュート短編2編、未完の長編『虚無回廊』の結末を夢想した堀晃「巨星」と、「岬にて」にオマージュを捧げた瀬名秀明「新生」を再録した。
原発事故によって科学技術に対する信頼性が揺らぐなかでも、前年(2010年)に帰還した小惑星探査機「はやぶさ」は根強い人気を保ちつづけた。「はやぶさ」の地球帰還に対し、2011年の星雲賞自由部門が贈られたほか(小惑星イトカワ着陸に対して06年の同賞自由部門が贈られているので、「はやぶさ」の星雲賞受賞はこれが2度目)、「はやぶさ」を主役とする映画が相次いで三本製作され、2011年には、その先陣を切って、「はやぶさ/HAYABUSA」が公開された。本書に収めた恩田陸のショートショート「交信」と庄司卓「5400万キロメートル彼方のツグミ」は、ともにその「はやぶさ」にインスパイアされた作品。
2011年には、徳間書店のSF専門誌〈SF Japan〉が11年の歴史にピリオドを打った。休刊号となった春号には、日本SF新人賞出身の作家20人が新作短編を寄稿。その中から、本書には、嫁いでゆく娘とその父親の関係を描く三雲岳斗「結婚前夜」と、ある惑星のテーマパークで起こった事件を描く黒葉雅人「イン・ザ・ジェリーボール」の2編を採った。
その他の収録作についても簡単に。巻頭の小川一水「宇宙でいちばん丈夫な糸」は、『妙なる技の乙女たち』ポプラ文庫版のための書き下ろし。軌道エレベーターの出発点となるカーボンナノチューブ開発にスポットを当てる。新鋭・伴名練の「美亜羽に贈る拳銃」は同人誌『伊藤計劃トリビュート』初出。神林長平「いま集合的無意識を、」と同じく、『ハーモニー』にインスパイアされて、その先を目指そうとする中編。
石持浅海「黒い方程式」と宮内悠介「超動く家にて」は、ともに先行作品を意識したSF設定のミステリ。ただし方向性はいろんな意味で正反対なので対照の妙を味わってほしい。
木々津克久「フランケン・ふらん ―OCTOPUS―」は、人造美少女ふらんが活躍するコメディ漫画シリーズ(〈チャンピオンRED〉連載)の一話(第53話)。なぜそれがここに入っているかは、読めばわかります(たぶん)。
大西科学「ふるさとは時遠く」は時間傾斜のある世界を叙情的に描く短編。新井素子「絵里」は、親と娘の関係についてSFならではの角度から考察する。
年刊日本SF傑作選パートの最後を締めくくるのは、2011年のMVPというべき活躍を見せた円城塔の「良い夜を持っている」。超人的な記憶力の持ち主だった父親について、息子が語る中編。
これら17編にまさるとも劣らない本格SF中編が、巻末に収録した第3回創元SF短編賞受賞作、理山貞二「〈すべての夢|果てる地で〉」。まったくの新人のデビュー作ですが、同賞選考委員のひとりとしてそのクオリティは保証する。
以上18編、2011年の日本SFの精華をじっくりご堪能ください。
編者敬白
(2012年6月)
■大森望(おおもり・のぞみ)
1961年高知県生まれ。京都大学文学部卒。翻訳家、書評家。他の編著にオリジナル・アンソロジー《NOVA》シリーズ、主な著書に『21世紀SF1000』『現代SF1500冊(乱闘編・回天編)』、『特盛! SF翻訳講座』、『狂乱西葛西日記 20世紀remix』、共著に『文学賞メッタ斬り!』シリーズ、主な訳書にウィリス『航路』、ベイリー『時間衝突』ほか多数。
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