そのC・R氏が、全国各地から送られてくる同人誌に対して、“labor of love”の賜物的な“教育的指導批評”に健筆をふるった〈宇宙塵〉の「FANZINE REVIEW」欄から、岡田さん関連のコメントをひろってみると――
★ベム……ベム・クラブ(岐阜市大宮町・岡田正哉)BEMを名のるファンジンが、これで三つになった。この岐阜の「ベム」は、名称だけでなく「宇宙生物分類学」(ミュータンツ・クラブ発行)の著者が、専攻の動物学にものをいわせて、文字どおり、ベムそのものに密着させた内容を盛って行く方針なのが期待させる。創刊号の内容は、ジェイ・ウィリアムズ「こわがり屋」(翻訳)、古典的なベムの紹介(略画入り)、昆虫学の解説など。現実の昆虫の世界には、SF顔負けの面白い実例が多いようだ。(66年12月号)
[――ここで、ちょっと註をいれておくと、“BEM(ベム)”とは死語になったSF用語で、Bug Eyed Monster(大目玉の怪物)の略で、今でいえば“エイリアン”に相当する。じつをいうと、SFファンになったばかりのぼくが、兄の学友たちと作ったSF&漫画の肉筆回覧誌の誌名も〈Bem〉といった。もちろん、ぼくの命名ではありません]
★ベム2号……ベム・クラブ(岐阜市大宮町・岡田正哉)岡田正哉「系統宇宙生物分類学」(連載第一回)が面白い。同筆者による「宇宙生物分類学」(ミューテーションブックスNo.1・ミュータンツクラブ発行)の続編として、これからの展開がたのしみだ。他に、ベムをあつかった外国作品の紹介、昆虫学随想など。クラブ誌というより、個人誌の色彩を強く感じる(67年2月号)
★ベム増刊号……ベム・クラブ(岐阜市大宮町・岡田正哉)フォックス映画「恐龍百万年」に登場する怪獣の分類と批評を、専門的な立場から試みた一冊。「恐龍と人間の時代のズレ、および、大きさのバランスには一応目をつぶって、怪獣そのものだけについて論ずる」という前おきで、実際の化石や復元図と比較している。(67年3月号)
★ベム3号……ベム・クラブ(岐阜市大宮町・岡田正哉)ベム研究の専門誌として、独自の道を歩んでいる。渡辺晋の寄稿「ベムの増殖」は、等比数列の公式までもちだしてのメイ研究。連載の「ベム・ライブラリイ」今号はハミルトンの長編「OUTSIDE・THE・UNIVERSE」を紹介。さらに、とじこみ付録として、図版つき20頁の「地球の長い午後・用語索引」がついている。同作品に登場する怪奇な生物・人名その他百をこえる項目をあげての解説は、まことに壮観だ。惜しむらくは、原語の名称が入っていないことで、これらの日本語名がいずれも伊藤典夫の苦心作であることを、編者は度忘れしたらしい。いずれにせよ、こういう研究は、ファン活動の新境地として、これからも大いにすすめてほしいものである(67年6月号)
[――註その2。「Outside the Universe」は、71年1月になって翻訳された“星間パトロール”シリーズの『銀河大戦』(深町眞理子訳・ハヤカワ文庫SF)]
★ベム4号……ベム・クラブ(岐阜市大宮町・岡田正哉)前号につづいて渡辺晋「ベムと燐」ATPの自由エネルギーから霊魂不滅に至るSF的解説で、前回よりぐっと読みごたえが出た。新連載の織田政雄「恐龍ヒロイヨミ」は貴重な基礎知識。「ベム・ライブラリイ」今月の第四回は、レンズマン・シリーズにおけるE・E・スミスの宇宙生物分類法を分析した、これも貴重な労作。毎号のことだが、印刷の読みづらさが惜しまれる。いずれ「ミューテーション・ブックス」の一冊にでもまとめられるものと思うが……。(67年8月号)
★ベム5号……ベム・クラブ(岐阜市大宮町・岡田正哉)全頁編集者ひとりの筆である。「怪物からBEMへ」はめずらしい外著の紹介に事よせた随想。ベムSF紹介「BEMライブラリイ」は第五回。新連載の「宇宙生物命名規約・案」は、アカデミックなタッチで論旨を展開しており、以前の「宇宙生物分類学」に劣らぬガッチリした労作になりそうだ。このマジメさの奥にひそむユーモア感覚が、SFファンには不可欠の要素なのではないかという気がする。(67年12月号)
★ベム6号……ベム・クラブ(岐阜市大宮町・岡田正哉)前号でも触れた「スカイラーク・シリーズ用語索引」である。B5判タイプ六二頁。五〇頁を占める詳細な用語解説のほか、「重要人物愛称偽名一覧」「オスノーム称号職名一覧」「オスノーム時間区分」「主要知的種族一覧」等あり、とくに巻末の「スカイラーク号航宙図」は世界でも最初の試みとして推薦できる。(68年10月号)
★ベム7号……ベム・クラブ(名古屋市千種区・岡田正哉)B5タイプ二〇頁。巻末五頁は図版とその説明。織田政雄「翼手龍」がおもな内容で、他に会員紹介、アンケート集計等、例によって古代恐龍に焦点を合せた編集で今号にはSFのベムも登場していない。(69年1月号)
★名古屋での例会「金曜会」で「クラシックSF観賞会」がスタート、そのテキスト第一巻が、岡田正哉編集による、季刊アメージング(一九二〇年代)の巻。B5判謄写四頁に季刊アメージングの表紙複写六葉を貼付。(69年4月号)
★ベム8号……ベム・クラブ(名古屋市千種区・岡田正哉)B5判コピイ十頁。表紙の金星人(「アメージング」三一年四月号より)が圧巻。岡田正哉「火星のプリンセス用語集」は、英語・日本語・エスペラント語の対照表で、「ベム・ライブラリイ(六)」とともに、この雑誌を特徴づける労作である。ベムとエスペラントを愛するファン諸氏の入会をおすすめしたい。(69年5月号)
[――註その3。[エスペラント](Esperanto エスペラント語で「希望する人」の意)人工的国際語。ポーランド人ザメンホフがインドヨーロッパ語族に基づいて考案したもので、1887年に公表された――小学館『現代国語例解辞典』より。
世界政府誕生を前提とする純真なコスモポリタニズムがSFの定番だったせいか、当時、世界統一言語のエスペラントを学ぶSFファンは少なくなかった。ぼくも、ちょこっとかじった覚えがある]
★ミュータンツ17号……ミュータンツ・クラブ(連絡所・愛知県東春日井郡・高尾宏道)A5判タイプ二十頁。(中略)岡田正哉「MUT70」は、評論というよりも編集交替の弁。「ベム」時代に示されたその意欲に期待するとともに、高尾氏にはまた創作の道を進んでもらうよう望んでおきたい。(70年5月号)
★ミュータンツ18号……ミュータンツ・クラブ(連絡所・愛知県東春日井郡・高尾宏道)A5判タイプ二二頁。今号より編集が岡田正哉に交替し、「ファンダム情報」(関東・佐々木信敏、関西・米田泰一)が登場した。岡田「影を求めて(1)オラン・ペンデク」は筆者十八番のベム解説。意表をついた好着眼と資料の重みで読ませる。(70年10月号)
★ミュータンツ20号……ミュータンツ・クラブ(連絡所・愛知県東春日井郡・高尾宏道)岡田正哉・高尾宏道の共同編集。A5判タイプ三二頁。巻頭の翻訳は、エスペラント語の書きおろしというめずらしいものだが、SFとしては初歩向きである。(71年6月号)
★ミュータンツ21・22号……中部日本SF同好会(連絡所・名古屋市中区・林敏夫)A5判タイプ各二〇頁。21号では岡田正哉「影を求めて(2)シー・サーペント」が、ベム一筋に追究する筆者らしい解説で読ませる。(71年12月号)
★ベム9号……ベム・クラブ(名古屋市千種区・岡田正哉)めずらしいスペースオペラ専門誌。三年近い沈黙を破ったこの復刊第一号は、A5判タイプオフ三六頁。岡田「大空の秘境」と小田根章「月世界一周レース」が古典SF紹介、大瀧啓裕「米利堅漫画招待席」がコミックス紹介と、前より間口をひろげている。こういった専門研究誌が、もっと数多く生まれてほしいものである。(72年4月号)
★他に金曜会機関誌のフライデイ27号が出ている。B5謄写二〇頁。大方惣太郎「正也君再び近鉄特急に乗る」が、話はありきたりだがコレクター心理を上手にとらえた好篇。さりげなく多元宇宙をもちこんだオチも悪くない。(72年7月号)
★ベム10号……ベム・クラブ(名古屋市千種区・岡田正哉)A5判タイプオフ八〇頁。「空中驚異物語絵入索引」と銘うった「エア・ワンダー・ストーリーズ」のインデックスで、作家の肖像、同誌1~11号の表紙、おもな挿絵なども収録している。懐旧派ファン代表格の岡田氏として、「宇宙生物分類学」「スカイラーク索引」につづく記念すべき労作といえよう。(74年5月・174 号)
★ベム11号……ベム・クラブ(名古屋市千種区・岡田正哉)B5判タイプオフ四〇頁。後半が、大正十二年「中学生」誌に訳された火星シリーズの挿絵やその雑誌の表紙・広告などの写真版復刻で楽しめる。前半はその解説ならびに遠藤幹雄「ERSについて」――この評論はむしろ当然すぎてなくもがなの気がする。ともあれ岡田氏の古典研究もいよいよ佳境に入ったようだ。(74年11月・175号)
★アルデバラン1~6……広島SF同好会(広島市・森美喜和)五年前に休止状態となった瀬戸内海SF同好会「イマジニア」の後身として誕生した。A5判コピー、1~3号各二〇頁。1号巻頭に渡辺晋「創刊の辞」、大瀧啓裕「FFMの世界」連載開始。2~3号にわたって渡辺「金牛宮幻想序曲」(上・下)。4号四二頁、岡田正哉のA・H・ヴェリル「失われた種族」紹介と、高井信「ペルシダー・その完全な逆説(抄訳)」が中心。(75年12月・177号)
――長々とした引用になってしまったけれど、岡田さんの〈ベム〉は当時、百花繚乱とばかりに咲きそろったファンジンの中でも異彩を放ち、とくに、労作とされる「スカイラーク・シリーズ用語索引」は、世界的にみても先駆的な試みで、柴野拓美さんが、世界SF大会初参加で渡米した際、アメリカのファンに「スカイラーク~」特集の〈ベム〉をプレゼントすると、引く手あまたで、絶賛をあびたそうだ。
高校時代のぼくは、名鉄特急で片道1時間弱かかる“金曜会”には年に数えるほどしか出席できなかったけれど、名古屋市内に下宿しての予備校通いの浪人時代には、頻繁に顔をだすようになり、岡田さんと話をする機会もふえた。また、梶尾真治さん、堀晃さんと“金曜会”で出会い、三馬鹿トリオ(!?)を結成することにもなる。それは、堀さんが「イカロスの翼」で〈S‐Fマガジン〉にデビューしてから、梶尾さんの「美亜に贈る真珠」が〈宇宙塵〉に掲載されるまでの1年間でもあった。
受験勉強はおざなりに、しっちゃかめっちゃかの祝祭的時間はあっという間に過ぎさり、おまけに失恋最中での受験だったが、なんとか東京の私大2校にひっかかる。名古屋を去るにあたり、古本で入手して下宿に置いていた本の中から、〈血と薔薇〉の2号と3号、それに東京創元社の『世界恐怖小説全集』の10冊を、なぜか、岡田さんに預かってもらおうと思い立つ。その件を“金曜会”で口にすると、理由もきかず、「いいですよ」とあっさり応じてくれた。そんな暴挙にでた理由を、いまはまったく憶えていないが、岡田さんに対する信頼と甘えがあったのは、たしかだと思う。
それから幾星霜、SFビジュアル誌の編集を手がけてしばらくたったころ、ふっと岡田さんのことを思い出すとすぐさま、名古屋に電話。ご無沙汰を詫びる言葉もそこそこに、原稿を依頼する。またぞろの勝手なお願いを快く引き受けていただく。内容は、岡田さんが造詣の深い“ロスト・ワールド”物、SFジャンル生成以前に書かれた“失われた文明”や“消えた種族”の小説案内を頼んだのである。
その企画から、岡田さんのセレクションと翻訳による“ロスト・ワールド”小説、野村芳夫さんのハガードの未訳作品翻訳、南山宏さんの“シェイヴァー・ミステリー”翻訳などを、ずらりとラインナップした反時代的浪漫叢書の企画を思いつき、東京創元社に売りこもうなんて魂胆を抱いたりもしたのだけれど、残念ながら果たせずじまい。
さらにまた数年後、〈本の雑誌〉でSFの出版史を書くことになり、そういえばと思い出したのが『世界恐怖小説全集』。またも突然の電話をして、正月休みの帰省のついでにお伺いしたいのですがと、得手勝手な都合で本の返却をいいだしても、例によって笑いながら待ち合わせの約束をしてくれる。
名古屋駅で地下鉄に乗り換え、教えてもらった駅から電話すると、間もなく岡田さんが姿を現わした。こうして直接お会いするのは、ほんとに久し振り。それに、お宅を訪れるのは初めてのこと。やや勾配のある道をのぼってゆくと岡田さん宅があり、先に書庫のある棟に案内される。ガラス戸をあけて上がると、幾棹かの書棚にびっしりパルプ雑誌が並んでいる。岡田さんのご自慢のコレクションだ。
〈宇宙塵〉71年7月号のリレー・エッセイ「ファン・ジャーナル(12)」で、岡田さんはコレクター心理をこう書いている。,
〈僕は、勿論オールドウェーヴ派だ。それも要するにベムと宇宙船が出てきてテキトウに跳ねまわったり、人跡絶えて無い秘境を征ったりしさえすれば、それでもう大満足という本格的(!)なオールドウェーヴ・ファンなのだ。
しかし、こういった古き良き物語、例えば、小栗虫太郎のいかにもシャッチョコ張った世界、香山滋のヌメヌメとした官能の宇宙、あるいはハミルトンのスッカラカンとした活劇やヴェリルの異郷譚など、の全盛期が過ぎてしまった事は確かだ。それに、第一これらは長の年月の間に茶色く変色した紙の上にあってこそ、その不思議な「真の」魅力がひきたつ訳だ。
だから僕の目は当然古書に向いてゆくのだが、一年に二、三回しかない名古屋の古書即売展では、そうそう思うように古いものがみつかるわけではない。そんなわけで僕の古書への欲求はより高まってゆくのだ。いや、愛着と言うべきかもしれない。愛着……ある意味では、変化を嫌う一種の退行的な精神状態かもしれないのだが、
いずれにせよ、遅々とはしているが、僕の本棚には少しづつ少しづつ、汚れ・色あせた古書が積もっていったのだ〉
それから20年余、蔵書の充実ぶりに圧倒される。
パルプ雑誌といえば、SF界では野田昌宏コレクションが有名で、仕事で何度も利用させてもらい、じっさい目にしているので言わせてもらうが、岡田さんのコレクションは決して退けを取らない。いや、コンディションを問題にするなら、こちらのほうが古本屋用語でいうミント状態の美本である。しかも、岡田さんの几帳面な性格を反映して、整然と並んでおり、壮観の一語につきる。にこやかな顔で、SF・ファンタジー・ホラー系のパルプ雑誌はコンプリート間近と、恐ろしいことをおっしゃる。
小1時間ほど“金曜会”のときのように四方山話にふけったけれど、コレクションの感動がさめやらず、なにを話したものやら。帰りぎわになって、ハイっと『世界恐怖小説全集』が入った手提げ袋を渡される。「欠本があったから、重複本を1冊入れといたでね」と、ありがたきお言葉とともに、笑顔で見送っていただいた……。
そして今年――、そのときの、いつもと同じ、あの、ちょっと、はにかんだような岡田さんの微笑みが、ぼくの大切な思い出になってしまった……。
■ 高橋良平(たかはし・りょうへい)
1951年生まれ。出版史研究家、SFおよびSF映画評論家、フリー編集者。主な仕事に『「科學小説」神髄』(野田昌宏著)『ジェームズ・キャメロンの映像力学』、『東京創元社 文庫解説総目録』(東京創元社編集部との共編)の編纂などがある。
SF|東京創元社
★ベム……ベム・クラブ(岐阜市大宮町・岡田正哉)BEMを名のるファンジンが、これで三つになった。この岐阜の「ベム」は、名称だけでなく「宇宙生物分類学」(ミュータンツ・クラブ発行)の著者が、専攻の動物学にものをいわせて、文字どおり、ベムそのものに密着させた内容を盛って行く方針なのが期待させる。創刊号の内容は、ジェイ・ウィリアムズ「こわがり屋」(翻訳)、古典的なベムの紹介(略画入り)、昆虫学の解説など。現実の昆虫の世界には、SF顔負けの面白い実例が多いようだ。(66年12月号)
[――ここで、ちょっと註をいれておくと、“BEM(ベム)”とは死語になったSF用語で、Bug Eyed Monster(大目玉の怪物)の略で、今でいえば“エイリアン”に相当する。じつをいうと、SFファンになったばかりのぼくが、兄の学友たちと作ったSF&漫画の肉筆回覧誌の誌名も〈Bem〉といった。もちろん、ぼくの命名ではありません]
★ベム2号……ベム・クラブ(岐阜市大宮町・岡田正哉)岡田正哉「系統宇宙生物分類学」(連載第一回)が面白い。同筆者による「宇宙生物分類学」(ミューテーションブックスNo.1・ミュータンツクラブ発行)の続編として、これからの展開がたのしみだ。他に、ベムをあつかった外国作品の紹介、昆虫学随想など。クラブ誌というより、個人誌の色彩を強く感じる(67年2月号)
★ベム増刊号……ベム・クラブ(岐阜市大宮町・岡田正哉)フォックス映画「恐龍百万年」に登場する怪獣の分類と批評を、専門的な立場から試みた一冊。「恐龍と人間の時代のズレ、および、大きさのバランスには一応目をつぶって、怪獣そのものだけについて論ずる」という前おきで、実際の化石や復元図と比較している。(67年3月号)
★ベム3号……ベム・クラブ(岐阜市大宮町・岡田正哉)ベム研究の専門誌として、独自の道を歩んでいる。渡辺晋の寄稿「ベムの増殖」は、等比数列の公式までもちだしてのメイ研究。連載の「ベム・ライブラリイ」今号はハミルトンの長編「OUTSIDE・THE・UNIVERSE」を紹介。さらに、とじこみ付録として、図版つき20頁の「地球の長い午後・用語索引」がついている。同作品に登場する怪奇な生物・人名その他百をこえる項目をあげての解説は、まことに壮観だ。惜しむらくは、原語の名称が入っていないことで、これらの日本語名がいずれも伊藤典夫の苦心作であることを、編者は度忘れしたらしい。いずれにせよ、こういう研究は、ファン活動の新境地として、これからも大いにすすめてほしいものである(67年6月号)
[――註その2。「Outside the Universe」は、71年1月になって翻訳された“星間パトロール”シリーズの『銀河大戦』(深町眞理子訳・ハヤカワ文庫SF)]
★ベム4号……ベム・クラブ(岐阜市大宮町・岡田正哉)前号につづいて渡辺晋「ベムと燐」ATPの自由エネルギーから霊魂不滅に至るSF的解説で、前回よりぐっと読みごたえが出た。新連載の織田政雄「恐龍ヒロイヨミ」は貴重な基礎知識。「ベム・ライブラリイ」今月の第四回は、レンズマン・シリーズにおけるE・E・スミスの宇宙生物分類法を分析した、これも貴重な労作。毎号のことだが、印刷の読みづらさが惜しまれる。いずれ「ミューテーション・ブックス」の一冊にでもまとめられるものと思うが……。(67年8月号)
★ベム5号……ベム・クラブ(岐阜市大宮町・岡田正哉)全頁編集者ひとりの筆である。「怪物からBEMへ」はめずらしい外著の紹介に事よせた随想。ベムSF紹介「BEMライブラリイ」は第五回。新連載の「宇宙生物命名規約・案」は、アカデミックなタッチで論旨を展開しており、以前の「宇宙生物分類学」に劣らぬガッチリした労作になりそうだ。このマジメさの奥にひそむユーモア感覚が、SFファンには不可欠の要素なのではないかという気がする。(67年12月号)
★ベム6号……ベム・クラブ(岐阜市大宮町・岡田正哉)前号でも触れた「スカイラーク・シリーズ用語索引」である。B5判タイプ六二頁。五〇頁を占める詳細な用語解説のほか、「重要人物愛称偽名一覧」「オスノーム称号職名一覧」「オスノーム時間区分」「主要知的種族一覧」等あり、とくに巻末の「スカイラーク号航宙図」は世界でも最初の試みとして推薦できる。(68年10月号)
★ベム7号……ベム・クラブ(名古屋市千種区・岡田正哉)B5タイプ二〇頁。巻末五頁は図版とその説明。織田政雄「翼手龍」がおもな内容で、他に会員紹介、アンケート集計等、例によって古代恐龍に焦点を合せた編集で今号にはSFのベムも登場していない。(69年1月号)
★名古屋での例会「金曜会」で「クラシックSF観賞会」がスタート、そのテキスト第一巻が、岡田正哉編集による、季刊アメージング(一九二〇年代)の巻。B5判謄写四頁に季刊アメージングの表紙複写六葉を貼付。(69年4月号)
★ベム8号……ベム・クラブ(名古屋市千種区・岡田正哉)B5判コピイ十頁。表紙の金星人(「アメージング」三一年四月号より)が圧巻。岡田正哉「火星のプリンセス用語集」は、英語・日本語・エスペラント語の対照表で、「ベム・ライブラリイ(六)」とともに、この雑誌を特徴づける労作である。ベムとエスペラントを愛するファン諸氏の入会をおすすめしたい。(69年5月号)
[――註その3。[エスペラント](Esperanto エスペラント語で「希望する人」の意)人工的国際語。ポーランド人ザメンホフがインドヨーロッパ語族に基づいて考案したもので、1887年に公表された――小学館『現代国語例解辞典』より。
世界政府誕生を前提とする純真なコスモポリタニズムがSFの定番だったせいか、当時、世界統一言語のエスペラントを学ぶSFファンは少なくなかった。ぼくも、ちょこっとかじった覚えがある]
★ミュータンツ17号……ミュータンツ・クラブ(連絡所・愛知県東春日井郡・高尾宏道)A5判タイプ二十頁。(中略)岡田正哉「MUT70」は、評論というよりも編集交替の弁。「ベム」時代に示されたその意欲に期待するとともに、高尾氏にはまた創作の道を進んでもらうよう望んでおきたい。(70年5月号)
★ミュータンツ18号……ミュータンツ・クラブ(連絡所・愛知県東春日井郡・高尾宏道)A5判タイプ二二頁。今号より編集が岡田正哉に交替し、「ファンダム情報」(関東・佐々木信敏、関西・米田泰一)が登場した。岡田「影を求めて(1)オラン・ペンデク」は筆者十八番のベム解説。意表をついた好着眼と資料の重みで読ませる。(70年10月号)
★ミュータンツ20号……ミュータンツ・クラブ(連絡所・愛知県東春日井郡・高尾宏道)岡田正哉・高尾宏道の共同編集。A5判タイプ三二頁。巻頭の翻訳は、エスペラント語の書きおろしというめずらしいものだが、SFとしては初歩向きである。(71年6月号)
★ミュータンツ21・22号……中部日本SF同好会(連絡所・名古屋市中区・林敏夫)A5判タイプ各二〇頁。21号では岡田正哉「影を求めて(2)シー・サーペント」が、ベム一筋に追究する筆者らしい解説で読ませる。(71年12月号)
★ベム9号……ベム・クラブ(名古屋市千種区・岡田正哉)めずらしいスペースオペラ専門誌。三年近い沈黙を破ったこの復刊第一号は、A5判タイプオフ三六頁。岡田「大空の秘境」と小田根章「月世界一周レース」が古典SF紹介、大瀧啓裕「米利堅漫画招待席」がコミックス紹介と、前より間口をひろげている。こういった専門研究誌が、もっと数多く生まれてほしいものである。(72年4月号)
★他に金曜会機関誌のフライデイ27号が出ている。B5謄写二〇頁。大方惣太郎「正也君再び近鉄特急に乗る」が、話はありきたりだがコレクター心理を上手にとらえた好篇。さりげなく多元宇宙をもちこんだオチも悪くない。(72年7月号)
★ベム10号……ベム・クラブ(名古屋市千種区・岡田正哉)A5判タイプオフ八〇頁。「空中驚異物語絵入索引」と銘うった「エア・ワンダー・ストーリーズ」のインデックスで、作家の肖像、同誌1~11号の表紙、おもな挿絵なども収録している。懐旧派ファン代表格の岡田氏として、「宇宙生物分類学」「スカイラーク索引」につづく記念すべき労作といえよう。(74年5月・174 号)
★ベム11号……ベム・クラブ(名古屋市千種区・岡田正哉)B5判タイプオフ四〇頁。後半が、大正十二年「中学生」誌に訳された火星シリーズの挿絵やその雑誌の表紙・広告などの写真版復刻で楽しめる。前半はその解説ならびに遠藤幹雄「ERSについて」――この評論はむしろ当然すぎてなくもがなの気がする。ともあれ岡田氏の古典研究もいよいよ佳境に入ったようだ。(74年11月・175号)
★アルデバラン1~6……広島SF同好会(広島市・森美喜和)五年前に休止状態となった瀬戸内海SF同好会「イマジニア」の後身として誕生した。A5判コピー、1~3号各二〇頁。1号巻頭に渡辺晋「創刊の辞」、大瀧啓裕「FFMの世界」連載開始。2~3号にわたって渡辺「金牛宮幻想序曲」(上・下)。4号四二頁、岡田正哉のA・H・ヴェリル「失われた種族」紹介と、高井信「ペルシダー・その完全な逆説(抄訳)」が中心。(75年12月・177号)
――長々とした引用になってしまったけれど、岡田さんの〈ベム〉は当時、百花繚乱とばかりに咲きそろったファンジンの中でも異彩を放ち、とくに、労作とされる「スカイラーク・シリーズ用語索引」は、世界的にみても先駆的な試みで、柴野拓美さんが、世界SF大会初参加で渡米した際、アメリカのファンに「スカイラーク~」特集の〈ベム〉をプレゼントすると、引く手あまたで、絶賛をあびたそうだ。
高校時代のぼくは、名鉄特急で片道1時間弱かかる“金曜会”には年に数えるほどしか出席できなかったけれど、名古屋市内に下宿しての予備校通いの浪人時代には、頻繁に顔をだすようになり、岡田さんと話をする機会もふえた。また、梶尾真治さん、堀晃さんと“金曜会”で出会い、三馬鹿トリオ(!?)を結成することにもなる。それは、堀さんが「イカロスの翼」で〈S‐Fマガジン〉にデビューしてから、梶尾さんの「美亜に贈る真珠」が〈宇宙塵〉に掲載されるまでの1年間でもあった。
受験勉強はおざなりに、しっちゃかめっちゃかの祝祭的時間はあっという間に過ぎさり、おまけに失恋最中での受験だったが、なんとか東京の私大2校にひっかかる。名古屋を去るにあたり、古本で入手して下宿に置いていた本の中から、〈血と薔薇〉の2号と3号、それに東京創元社の『世界恐怖小説全集』の10冊を、なぜか、岡田さんに預かってもらおうと思い立つ。その件を“金曜会”で口にすると、理由もきかず、「いいですよ」とあっさり応じてくれた。そんな暴挙にでた理由を、いまはまったく憶えていないが、岡田さんに対する信頼と甘えがあったのは、たしかだと思う。
それから幾星霜、SFビジュアル誌の編集を手がけてしばらくたったころ、ふっと岡田さんのことを思い出すとすぐさま、名古屋に電話。ご無沙汰を詫びる言葉もそこそこに、原稿を依頼する。またぞろの勝手なお願いを快く引き受けていただく。内容は、岡田さんが造詣の深い“ロスト・ワールド”物、SFジャンル生成以前に書かれた“失われた文明”や“消えた種族”の小説案内を頼んだのである。
その企画から、岡田さんのセレクションと翻訳による“ロスト・ワールド”小説、野村芳夫さんのハガードの未訳作品翻訳、南山宏さんの“シェイヴァー・ミステリー”翻訳などを、ずらりとラインナップした反時代的浪漫叢書の企画を思いつき、東京創元社に売りこもうなんて魂胆を抱いたりもしたのだけれど、残念ながら果たせずじまい。
さらにまた数年後、〈本の雑誌〉でSFの出版史を書くことになり、そういえばと思い出したのが『世界恐怖小説全集』。またも突然の電話をして、正月休みの帰省のついでにお伺いしたいのですがと、得手勝手な都合で本の返却をいいだしても、例によって笑いながら待ち合わせの約束をしてくれる。
名古屋駅で地下鉄に乗り換え、教えてもらった駅から電話すると、間もなく岡田さんが姿を現わした。こうして直接お会いするのは、ほんとに久し振り。それに、お宅を訪れるのは初めてのこと。やや勾配のある道をのぼってゆくと岡田さん宅があり、先に書庫のある棟に案内される。ガラス戸をあけて上がると、幾棹かの書棚にびっしりパルプ雑誌が並んでいる。岡田さんのご自慢のコレクションだ。
〈宇宙塵〉71年7月号のリレー・エッセイ「ファン・ジャーナル(12)」で、岡田さんはコレクター心理をこう書いている。,
〈僕は、勿論オールドウェーヴ派だ。それも要するにベムと宇宙船が出てきてテキトウに跳ねまわったり、人跡絶えて無い秘境を征ったりしさえすれば、それでもう大満足という本格的(!)なオールドウェーヴ・ファンなのだ。
しかし、こういった古き良き物語、例えば、小栗虫太郎のいかにもシャッチョコ張った世界、香山滋のヌメヌメとした官能の宇宙、あるいはハミルトンのスッカラカンとした活劇やヴェリルの異郷譚など、の全盛期が過ぎてしまった事は確かだ。それに、第一これらは長の年月の間に茶色く変色した紙の上にあってこそ、その不思議な「真の」魅力がひきたつ訳だ。
だから僕の目は当然古書に向いてゆくのだが、一年に二、三回しかない名古屋の古書即売展では、そうそう思うように古いものがみつかるわけではない。そんなわけで僕の古書への欲求はより高まってゆくのだ。いや、愛着と言うべきかもしれない。愛着……ある意味では、変化を嫌う一種の退行的な精神状態かもしれないのだが、
いずれにせよ、遅々とはしているが、僕の本棚には少しづつ少しづつ、汚れ・色あせた古書が積もっていったのだ〉
それから20年余、蔵書の充実ぶりに圧倒される。
パルプ雑誌といえば、SF界では野田昌宏コレクションが有名で、仕事で何度も利用させてもらい、じっさい目にしているので言わせてもらうが、岡田さんのコレクションは決して退けを取らない。いや、コンディションを問題にするなら、こちらのほうが古本屋用語でいうミント状態の美本である。しかも、岡田さんの几帳面な性格を反映して、整然と並んでおり、壮観の一語につきる。にこやかな顔で、SF・ファンタジー・ホラー系のパルプ雑誌はコンプリート間近と、恐ろしいことをおっしゃる。
小1時間ほど“金曜会”のときのように四方山話にふけったけれど、コレクションの感動がさめやらず、なにを話したものやら。帰りぎわになって、ハイっと『世界恐怖小説全集』が入った手提げ袋を渡される。「欠本があったから、重複本を1冊入れといたでね」と、ありがたきお言葉とともに、笑顔で見送っていただいた……。
そして今年――、そのときの、いつもと同じ、あの、ちょっと、はにかんだような岡田さんの微笑みが、ぼくの大切な思い出になってしまった……。
■ 高橋良平(たかはし・りょうへい)
1951年生まれ。出版史研究家、SFおよびSF映画評論家、フリー編集者。主な仕事に『「科學小説」神髄』(野田昌宏著)『ジェームズ・キャメロンの映像力学』、『東京創元社 文庫解説総目録』(東京創元社編集部との共編)の編纂などがある。
(2011年12月5日)
SF|東京創元社