日本語版EQMM~HMMという雑誌と早川書房という出版社が、日本のミステリの世界にもたらした影響は、はかり知れないものがありますが、ミステリの本道――というのも、おかしな言い方ですけれど――以外の部分でも、与えた影響は大きくて、中でも屈指の重要性を持つのが、『ニューヨーカー短篇集』全3巻を頂点とする、アメリカの都会小説を紹介したことでしょう。しかも、そこには、ジョン・コリアのクライムストーリイといった、明らかにミステリの歴史のある部分をリードした作品群が含まれる上に、シャーリイ・ジャクスンやジョン・オハラ、ジョン・チーヴァーといった作家までもが、含まれているのです。
 『ニューヨーカー短篇集』が世に出てから約半世紀が経過して、新たなニューヨーカー短篇集が編まれることになりました。そして、お手本を踏襲した全3巻の短編集の最初の1巻が世に出ました。若島正を編者に起用した『ベスト・ストーリーズⅠ ぴょんぴょんウサギ球』がそれです。年代順の編成になっているとのことで、この第1巻は1925年の創刊から50年代まで、実際は、巻頭のラードナーが30年の作品ですから、30年代から50年代の作品群を収めたことになります。かつての『ニューヨーカー短編集』の作品群と、ほぼ同時期のものと言えます。
 若島正の編集方針によると、短編小説以外の読み物も収録することにしたとあって、そのもっとも分かりやすい例は、リリアン・ロスによる「ヘミングウェイの横顔――『さあ、皆さんのご意見はいかがですか?』」でしょう。そもそも、表題作であるリング・ラードナーの作品が、野球についてのエッセイで、小説とは言いがたいし、エドマンド・ウィルソンの「ホームズさん、あれは巨大な犬の足跡でした!」は、同じ筆者の有名な「誰がロジャー・アクロイドを殺そうとかまうものか」の続編です。これは、ウィルソンがシャーロック・ホームズを、コナン・ドイルをどう見ていたかが分かる、ミステリの読者としては、ヘタな小説よりはありがたいセレクションです。しかし、なんといっても、ミステリマガジンの読者なら注意がいくにちがいないのは、ロバート・ベンチリーでしょう。訳者が柴田元幸なのは、明らかに、弔い合戦。本来なら浅倉久志以外ではありえなかったはずです。「人はなぜ笑うのか」に長ったらしい副題を添えた、懐かしのユーモアスケッチでした。
 ジョン・コリアも未訳作品の中から「破風荘の怪事件」が採られていますが、これまた「手に汗握る懐かしの連載小説、一話完結」という、ふざけた副題がついていて、コリア流のクライムストーリイとは、また違った味の、良質なユーモアスケッチの一品です。メイドのベッドの脇に落ちていた夫のボタン。この唯一の手がかりをもとに、夫と妻が、可能な推論のかぎりをつくすという一編は、アタマからシッポまでニヤニヤしっぱなしでした。コリアがときとして発揮するユーモリストの一面が強く出ています。

 短編ミステリの歴史を考える上で、見逃せないのは、ジョン・チーヴァーの「シェイディ・ヒルのこそこそ泥棒」です。一人称のこの小説は、主人公の自己紹介から始まります。戦争の終結とほぼ同時に社会人となった主人公は、包装紙会社に勤めていましたが、不運といおうか災難と紙一重というか、理不尽な理由で職を失い、追いつめられる形で独立を余儀なくされ、たちまち資金繰りに行き詰まります。あいにくと、母と妻の折り合いが悪く、以来不仲となっていて、援助も期待できません。小切手が不渡りを出そうかというとき、ご近所のあまり好感を持っていない夫婦から、パーティに呼ばれます。その夜、帰宅し一度はベッドに入りますが、ふらふらとその夫婦の家に戻り、こっそり忍び込んで、ご主人の上着から財布を抜き取ります。善良で道徳的な小市民が犯罪者になった瞬間でした。罪を犯した主人公は、なんとか良心との辻褄をあわせようとし、そうすることで、それまでの生活や周囲への目のやり方が一変してしまうのです。
 1956年のこの作品は、豊かで道徳的な中産階級という、一般に信じられていた概念が、些細なことで揺らぐことを描き出していました。ミステリの世界では、マーガレット・ミラーが、そこに足を踏み入れていました。チーヴァーのこの短編は、盗みをはたらいた主人公の良心的な葛藤の向かうさまが、自己弁護であることを、そして、そのことをユーモラスに描くことで(翌日、レストランで他人の置いたチップをネコババする男に対する、主人公の視線のおかしいこと)、そうしたよろめきが、容易に起きる事態であることを、示してもいました。チーヴァーの短編では、主人公は安定した生活に戻っていきますが、犯罪を恒産としながら葛藤を見せないパーカーや、犯罪者でありながら小市民であり続けるドートマンダーを、ドナルド・E・ウェストレイクが創造するのは、目前に迫っていました。
 V・S・ブリチェットの「梯子」は、寄宿学校から休暇で戻ると、父親の元秘書が、義母として家に居座っていた娘の話でした。この結婚が短い期間で破局を迎えることを、冒頭に巧みに伝えてしまうのが見事なところで、新居の改築が遅れていて、吹き抜け同然になった二階へ梯子を上らなければならないというのが、なかなかのアイデアです。これは、そのまま殺人事件にしても、小説になるであろうアイデアですし、そうすればしたで、面白いクライムストーリイになったかもしれません。
 E・B・ホワイトの「ウルグアイの世界制覇」は、ナンセンスなユーモアが楽しいサタイアで、私好みの短編でした。これが1933年の作というのは、タイムリーにもほどがあるというか、ヴィヴィッドな反応がすぎるというものですが、この小説と、戦後のジェイムズ・サーバーの「先生のお気に入り」のふたつが、ニューヨーカーのユーモアは背後に屈託をたたえたものであることを、作品で示しています。逆にいうと、メアリイ・マッカーシー(『グループ』は面白い小説でした)の「雑草」のように、夫の無理解に悩むヒロインの内面を描く執拗さが、退屈の域に達するかのような小説でさえ、「殺人は離婚より洗練された手口である」と真顔のユーモアに重ねて「ヴィクトリア朝のひとびとは、やっぱり賢かったのだ」と、哄笑を誘うのです。これが、ドロシー・パーカーの「深夜考」になると、さながら、インテリ漫談というか、スタンドアップ・コメディの語りに近くなって、いっそ、芸であることがはっきりしている分、屈託を感じることがありません。
 このほか、シャーリイ・ジャクスンのところで名前をあげておいた「世界が闇に包まれたとき」やジョン・オハラの「いかにもいかめしく」といった小説は、中流の上といった人たちが平然と持っている残酷さと、それを社会が許容するというか、そういう残酷さの上に社会が成り立っていることを、浮かび上がらせていました。
 この短編集で、ミステリの範囲内にあると言えるのは、コリアとチーヴァーくらいでしょう。しかし、短編ミステリが黄金時代を迎えるにあたって、そのシャドウキャビネットを形成した(MWA賞の多くが、スリックマガジンから出ています)、一般のスリックマガジンのレベルを知っておくことは、必要なことだと考えます。

EQMMコンテストの受賞作リスト(最終更新:2014年11月5日)


小森収(こもり・おさむ)
1958年福岡県生まれ。大阪大学人間科学部卒業。編集者、評論家、小説家。著書に 『はじめて話すけど…』 『終の棲家は海に臨んで』『土曜日の子ども』『本の窓から』、編書に『ミステリよりおもしろいベスト・ミステリ論18』 『都筑道夫 ポケミス全解説』 等がある。


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