まず、リチャード・マシスンの第二短編集の作品の落穂を拾っておきましょう。
「時代が終わるとき」は、マシスンの好きな〈地球最後の人間〉ものですが、平凡な出来で、オチだけが少々ニヤリとさせるものでした。
「受胎告知」は、長期の海外出張から帰ってきた主人公を、妻の妊娠が待ち受けていたという出だしで、しかも、妻は自分に不貞な行いはないと強硬に主張します。初出はファンタスティック誌ですが、これがプイレボーイなら、読者はより先の展開が読めないかもしれません。SFにもなりうるし、ミステリにも恋愛小説にも、もしかしたら『情事の終わり』みたいな、なんともつかない小説になる可能性さえあります。そして、掲載誌から判断できる展開になって、作品はつまらなくなります。この小説は、ある意味、『13のショック』に収められた「天衣無縫」と比較されるべき作品です。SF的なクリシェを排し、主人公を襲った怪異をいっさんに描くことで、逆に結末で見事なSFに仕上げてみせた「天衣無縫」は、どのような小説にもなりうる出だしから、SF誌において、いかにもSFといった展開の果てに凡作となった「受胎告知」の2年後に発表されました。
「リアル・スティール」(四角い墓場)は、21世紀に入って映画化されたことで、有名な作品になりました。ボクシングが禁止され、代わりにロボット同士を対決させる見世物が人気の未来社会。自身もとボクサーで「スティール」(原題です)と呼ばれた男が、いまではロボットのオーナーとなり、整備士との三人連れで、興行地へ向かう汽車に乗り込むところから始まります。必要なオイルも買えず(今回のファイトマネーさえ入れば!)、部品がいまにもはずれそうな老朽B2型ロボットです。対戦相手はB7型。五世代差というわけです。ハードウェアがヴァージョンアップしていくというのは、いまとなっては当然ですが、50年代でこの発想が書けるというのは、実は凄いこと――ロボット会社の広報によれば、新しく出るB9型はダウンしても起き上がれるようになったらしいというのが、抜群の面白さ――ではないでしょうか。SFのプロパーの人に、その点の考証をうかがってみたいものです。小説はB2型ロボットの玉砕が不可避なもののように進行しますが、会場に着くと、一転してホラ話めいた冗談すれすれの展開をみせて、一気に結末へなだれ込みます。マシスンは正面きったときよりも「服こそ人なり」やこの作品のような、真顔のユーモアの方が得意なようです。そのことは、子育てに手を焼いた夫婦が、ともに育ってくれるロボットを子どもにあてがったところ、騒動が二倍になって……というスラップスティック調の「なんでもする人形」が、凡作に終わっていることからも、分かります。余談ですが、角川文庫『リアル・スティール』に入っているこの作品、142ページの冒頭3行分は、もっと後ろに入る文章だと思うのですが、正しくはどこに入るのでしょう?
 ついでに、1950年のデビューから『13のショック』が出た61年までに書かれたもののうち、最初の三冊の短編集に収録されなかったもので、めぼしいものをあげておきましょうか。この時期は、マシスンの主たる活躍の舞台がSF誌なので、その時期のSF短編で、短編集未収録ということは、出来も芳しくないのだろうと予想は出来るのです。「象徴」「機械の兄弟」「下降」といった作品が、それに該当します。「ミス・スターダスト」は、美人コンテストの名称に「ミス・スターダスト」とつけたばかりに、宇宙人から自分たちも参加させるよう要求されるという、SFというよりはコメディでした。
「死の部屋の中で」は、ドライヴ・インに食事に入ったカップルが罠に落ちるという話で、「生命体」そっくりの出だしです。「生命体」が平凡で手垢のついたSF作法に陥っているように、「死の部屋の中で」は平凡で手垢のついたウールリッチ流のサスペンス小説でした。もっとも、こうした旅路の果てに、マシスンは「ノアの子孫」にたどり着いたのかもしれません。
「屠殺者の家」は、遅れてきたホラー作家マシスンの、数少ないウィアードテールズへの寄稿作です。人間を襲う家という、マシスンの短編には珍しい正面きった怪奇小説で、主人公の手記を、第三者の覚書がはさむという形式も含めて、古式ゆかしい怪談を書いてみせましたという以上のものではありませんでした。
 この時期で異色作と言えるのは「征服者」という一編でしょう。初出が1954年のマッコールズなので、スリックマガジンに売れた最初の短編ということになるのでしょうか。南北戦争直後、駅馬車で南部に戻るところである語り手の老人は、北部の都会から来たことが一目瞭然の青二才(としか言いようがない)と乗り合わせます。彼は老人に、行先の町で一番のガンマンは誰かと尋ねます。西部小説と見せかけて、北部人=ヤンキーのナイーヴさを諷刺するその射程は、執筆時の50年代においてグレアム・グリーンが「おとなしいアメリカ人」と評した、20世紀のアメリカ人にまで到達していました。結末の部分が少々不格好という欠点はあるものの、こうした作品や「旅芝居の火星人」が書けるところに、マシスンを他の職人作家と分かつものがあるというのが、私の考えです。




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